AIを恐れることも、過信することも、いずれも意味がない(写真:metamorworks/PIXTA)

2016年、世界トップクラスの囲碁棋士 イ・セドル9段に、Google Deep Mind社が開発したAlpha Goが圧勝したことを覚えている人もいるだろう。

一見すると「AI(人工知能)がすごい」で片付いてしまいそうな話だが、この戦いを「消費電力」の視点で捉え、「人間の脳」と「Al」で比較した考察はあまり見かけない。

「人間の脳」20W vs.「Alpha Go」25万W

人間の脳はどれくらいの消費電力で動いているかご存知だろうか?

それは、およそ20Wだ。つまり、イ・セドル9段 vs AlphaGoの時、人類側の消費電力は20Wで戦っていたと言える。

対する、AlphaGoでは裏側でどれくらいの電力を消費していたか?

日本経済新聞(2017年7月27日付)を含め、多くのメディアで「25万W」だったと指摘されている。これを踏まえると、人間に比べ1万倍以上もの大電力を使い、AlphaGoは囲碁を打っていたことになる。

勝敗だけで見ると人類の1勝4敗だが、20W vs 25万Wという消費電力の観点で見てみると、消費電力の多さがAIを使う「負の一面」を浮き彫りにしている。

その後、Googleも、TPUという独自のプロセッサーを開発し、省電力化に邁進しているが、人間が飲食を必要とするように、AIも電力を消費していくことは免れない。そして、今後、これまで以上にAIがさまざまな場面で使われることは確実だ。となると、ビットコインのデータマイニングで使う電力が小国の使用電力量をはるかに上回るほどの量となることが大きな問題となっているように、AIの普及もこの消費電力問題に直面する可能性は高い。

このように、万能に思えるAIにも、現時点において、いくつかの限界が考えられる。その1つが、今述べた消費電力の問題だ。次に、AIの機能的な特徴と限界をハリウッド映画『キャプテン・アメリカ』の1シーンから見てみよう。

拙著『AI時代のキャリア生存戦略』でも詳しく解説しているが、AIの不得意分野の1つとして、「文脈の把握」が挙げられる。

『キャプテン・アメリカ ウィンターソルジャー』(2014年公開)に出てくるAIがそれを物語っている。

主人公の上官フューリー長官が、AI搭載の装甲車で街中を運転していると、突如敵に襲撃されるシーンがある。

車両はボロボロになりながらも走り、逃げる。

この時の長官とAIの会話は次の通りだ。

長官:エージェント ヒル(部下)に連絡してくれ。

AI:通信機能が損傷しています。

長官:じゃあ、損傷していない機能はなんだ?

AI:エアコンは完全に機能しています。

この「じゃあ、損傷していない機能はなんだ?」は、いまの状況を切り抜けるのに使える機能はないのか?という意味でAIに尋ねているが、AIは冷静にいちばんダメージを受けていないエアコンの快調さを紹介している。

AIは文脈をとらえる必要のある分野が苦手

このように,現時点における通常のAIは、文脈をとることが苦手なため、時に、人間が置かれている状況に応じた対応ができないことが発生しうる。

AIを含むキカイは、あらかじめ人間がプログラムで指示していることや、リクエストや質問に対して推論して最適なアウトプットを出すように作られているが、「文脈」まで加味してアウトプットを出せるようになるには、まだ少し時間がかかるだろう。

AmazonのAlexaやiPhoneのSiriに話しかけて「よくわかりません」という返答が返ってきた経験を持っている人も少なくないだろう。例えば、「さっき繰り返し聞いていた曲を流して」とリクエストしても、適切に応えてはくれない。文脈を取るのが苦手ということがこの原因だ。

一個人とスマホの間での出来事であればまだいい。これが店舗での接客の場合だと何が起きるのか。

店舗での接客中に「もういいです」と言われた際、「これにします」の意味なのか、怒って「もう結構です」の意味なのかは、表情や文脈をわかっていないと、店員として適切な接客はできない。

怒っている顧客に対して「ありがとうございます!」と返せば、その顧客はもう2度と来店することはないだろう。

うまく文脈を捉える必要のある分野はAIにとっては難しく、トラブルを招きかねない。

このようにAlphaGoで見た消費電力問題や、文脈を把握しづらい特徴を見てきたように、テレビや書籍で注目されるAIにも、限界がある。

ただ、だからといって安心はできない。

限界の一部は、「不可能ではないが、それを開発するには現状コストが合わない、大型化しすぎる」からという理由によるものもあり、それらはいずれ時間の問題で解決される。そうでなくても、現実に、人間をはるかに凌ぐ頭の回転(=計算能力)と24時間休まず正確に処理や判断が行えるAIがより多くの分野に進出し、今まであった職業を飲み込み、人からキカイへ置き換えられている事実には目を向けておいたほうがいいだろう。

2020年5月のマッキンゼーによるレポート「The future work in Japan」によると、2030年までに技術の進歩により既存業務のうち27%が自動化され、1660万人分の雇用がキカイに代替される可能性があると指摘している。

AI時代のいま、人間に必要なことは?

押し寄せるAIの波を理解し、何かしら動き出す必要がある。

AIの発展と普及が目覚ましい世の中で、「いま人間に必要なこと」は、何なのか?

孫子が語った「敵を知り己を知れば百戦危うからず」の言葉の通り、まずAIが何かを概要レベルでいいので理解し、自分のスキルや立ち位置を考えたあとに、いま安全なのか、を考えることがとても重要だ。

AIを恐れることも、過信することも、いずれも意味がない。

AIを恐れるあまり身動きがとれなくなるのは良くないが、だからといって、AIを身につければ良いとは限らない。

AIの知見を活かしてステップアップすることを勧めるAIの専門家の書籍は多いが、PCの習熟度や、得意/不得意がそれぞれ異なる中で、万人にとって、それが有効とは限らない。

その中で今、私たちはどうしたらいいのか?

実は、今という時代は100年後の教科書にも載るような、「第4次産業革命」という歴史的な時を生きている。


そんな激動の時代を生きている私たちに求められるのは、このうねりの中心であるAIが何かを大雑把でもいいので知り、自分が「できること/できないこと」や「得意なこと/不得意なこと」を知り、今後の自分の生き方や、自分の子供の生き方を再考することだと筆者は考えている。

ニュースや書籍から情報を得る際、健全な危機感のもと、冷静に押し寄せる波の正体を知り、自分ができることを考え、戦略的に考えることが大切だ。この姿勢が10年後、20年後の生活を大きく左右してしまうかもしれない。

そんな重要な時代に私たちは生きている。そのことを頭の片隅に置いて日々情報に触れたり、時々考えたりして頂ければ、キャリア上の生存率が少しでも高くなるに違いない。