JRAの年度表彰となる『2021年度JRA賞』が1月11日に発表された。

 その顔ぶれを見る限り、各賞とも順当に選出されたように思える。だが、1頭の馬の評価において、競馬関係者をはじめ、ファンの間でも大きな議論を呼んだ。

 それは、ダート競馬の本場であるアメリカの、それもトップオブトップのGIブリーダーズカップディスタフ(アメリカ・ダート1800m)で、日本調教馬として史上初めて勝利を飾ったマルシュロレーヌ(牝6歳)に対して、特別賞を含めて何らタイトルが与えられなかったことだ。


ブリーダーズカップディスタフを制したマルシュロレーヌ

 JRA賞には各部門賞の他に、特別な功績を残した馬に対して送られる特別賞、あるいは特別敢闘賞と呼ばれるイレギュラーな賞が設けられている。近年では、クロノジェネシス(2020年)やモーリス(2016年)などが選出されている。

 各部門賞は新聞、放送など各メディアに所属する296名の記者投票で決められるのに対して、特別賞の選定については、各記者クラブの幹事記者ら8名で構成されるJRA賞選定委員会での合議、そして8名中6名の賛成を経て、JRAに推薦される。

 要するに今回のマルシュロレーヌは、選定委員会において6票の賛成票を集めることができなかった。この結果について、関係者やファンの間で批判的な声が上がった。

 また、あるメディアがその選定委員会の声を反映して、「『ダート部分でもう少しテーオーケインズに肉薄していれば』『日本競馬の歴史としてはすごいことだが、ライトファンの認知度を考えると、歴代の受賞馬との比較では少し弱い』といった意見があり、(中略)今回『マルシュロレーヌの受賞は見送られることになった』」と報道。

 それを受けて、「選定委員会は何もわかっていない」といった声まで上がって、マルシュロレーヌが表彰されなかった議論は一層白熱した。

 かくいう筆者も、マルシュロレーヌの偉業に対して"手ぶら"は無粋と感じた。ライトファンの認知度が低いというなら、特別賞の受賞という箔をつけることによって、ライトファンにも偉業の価値が認識しやすくなるのではないか。

 しかし、選定委員会のメンバーは競馬に深く関わってきた各種マスコミの代表者である。真剣に検討したことは明らかで、自らの感情に任せて反射的に反応してしまったことを恥じた。そこで、今年の選定委員会のひとりに直撃。マルシュロレーヌが未表彰に終わった理由について、改めて聞いてみた。

 すると、開口一番「まずは言葉足らずのコメントが独り歩きしてしまって、多方面に多大なる誤解を生んでしまったことを心苦しく思います」とコメント。その選定委員にあっては、反響の大きさからくる心労をかなり抱えていると感じた。

 その様子からして、苦渋の結論であることも伝わってきて、突っ込んだ話を聞くのはどうかと思ったが、彼は選考過程について詳細に語ってくれた。

「まず大前提として、マルシュロレーヌのBCディスタフ優勝は大きな偉業です。当然のことながら、そこは選定委員会のメンバー全員が認識していました」

 ただし、特別賞の選出についてはいくばくかの注文がついたという。

「ここから先は自らも思ったことですが、まず大きかったのが、過去の受賞馬との比較です。自分は過去の選定には直接関わっていませんが、2016年のモーリスや2020年のクロノジェネシスは年間を通して実績を残しており、年度代表馬に匹敵する活躍でした。

 それに比べて、マルシュロレーヌはBCディスタフ一戦の成績が飛び抜けたもの。瞬間最大風速的にはものすごいことですが、誤解を恐れずに言えば、年間で積み上げてきた実績はどうなのか。チャンピオンズCを圧勝したテーオーケインズがいなければ、マルシュロレーヌが最優秀ダートホースに選ばれていたのかどうか。そこで、自分は首を縦には振れませんでした」

 ここで、彼は問題が大きくなった発言についても言及した。

「この過去の受賞馬との比較で、マルシュロレーヌの年間を通じての実績と認知度が低め、という点において『ライトファンへの認知度』という表現になってしまいました。BCディスタフそのものの認知度がライトファンに薄いという意図では、決してありませんでした。こちらの説明不足もあって、そうした表現で伝わってしまったことは猛省しています」

 無論、選定委員会はマルシュロレーヌの偉業を軽視することなく、「特別賞に相応しい」と言いきれるだけの理由も探したという。だが、深く吟味し、検討すればするほど、逆に消極的な要素が次々に出てきてしまったそうだ。

「いくつか例を挙げると、『日本馬が海外GIを勝つことが当たり前とは言わないが、昔よりもそうした光景は頻繁に見られるようになった。日本競馬の進化、進歩を考えれば、議論を行なって、その流れは見るべきだが、即特別賞までは考えなくてもいいのでは』『(2006年にオーストラリア最大のGIメルボルンCを制した)デルタブルースにしても、何も賞はもらっていないですし......』といったものです。

 そもそも自分は選定委員会に臨むにあたって、どちらかというと(特別賞授与の)"見送り派"ではありました。とはいえ、議論のなかで意見を変える気持ちを持ちつつ、ある程度の柔軟さを保って、フワッとした状態を残しながら出席することを心掛けました。そのうえで、ダイナミックに話が動くことがなかったので、自分は(特別賞授与に対する)賛成に手を挙げませんでした。

 おそらく他に賛成しなかった委員のみなさんも、『何が何でも反対』というわけではなく、それこそ"賛成45%vs反対55%"ぐらいの心境で、それがたまたま反対の票数として集まったのだと感じています。発言する際に誰もが『日本馬としてアメリカのダートGIを勝ったことはすごいけど......』と前置きしてから発言していたのが、ある意味、今回の選考における象徴と言えます。

 何にしても、選定委員の誰もが最初からマルシュロレーヌの特別賞授与にノーを叩きつけたわけではなく、『どちらかというと見送り』という判断だったことをご理解していただきたいです」

 JRA賞が発表されて以降、各SNSやインターネットメディアなどを中心に批判の声が上がっているが、そうした意見に対しても十分に逡巡しての「"ノー"でした」と、彼は続ける。

「もちろん、賞を授与することでマルシュロレーヌの偉業が広く周知されるべき、という考えもありましたし、その考えも正しいと思います。でも個人的には、表彰し、評価を引き上げるのはどうなのかな、と。やはり、自分が判断基準とした過去の受賞馬の例とは少し違うのではないか、と考えました。最終的に"ノー"と決断したことに対する批判は甘んじて受けます」

 そうは言っても、「特別賞に選定しなかったことが、マルシュロレーヌの偉業を無視していることではない」と彼は再度強調する。

「何度も強く言いたいのは、BCディスタフを勝ったマルシュロレーヌはすごい。超すごいんです。自分も自らの記事で触れましたし、育成や生産者などの関係者のみなさんから、そういった話を直接かつ継続的に取材している数少ない人間だという自負はあります。

 それだけに、報道の影響もありますが、各部門賞、特別賞を受賞しなかったことが"評価していない"と曲解されてしまっているのは、選定委員としてではなく、イチ記者としてちょっと悲しい部分があります。

 批判はごもっともですが、それ以上にこうして賛成しなかった理由をつらつら挙げていますと、マルシュロレーヌが成し遂げたBCディスタフ優勝を貶めている気になって、胸が締めつけられる感じになります。今はとにかく、(2月末に開催される)サウジカップデーでも頑張ってくれ! と願うばかりです」

 今回のことについては、賛否意見が分かれるところだろう。しかし、十分に検討し、批判を承知のうえで下した選定委員の決断にも敬意を表したい。

 いずれにせよ、マルシュロレーヌが歴史的な偉業を成し遂げたこと。その事実が変わることはない。