「最後にナンパされたのいつ?」39歳女は親友の問いに言葉を失った
いつの間にかアラフォーになっていた私。
後悔はしていないけど、なにかが違う。
自分とは違う境遇の他人を見て、そう感じることが増えてきた。
キャリアや幸せな結婚を手に入れるために、捨てたのは何だっただろう。
私のこれからって、どうなっていくんだろう。
これは揺れ動き、葛藤するアラフォー女子たちの物語。
◆これまでのあらすじ
親友・園子と小さな会社を経営している聖良は、アラフォー、独身。仕事はうまくいってるし、マンションも買った。順風満帆のはず…だが、ある日突然、園子が結婚するから会社を辞めたいと言い出した。
「現実より夢を追っていた女」【後編】
名前:叶野 聖良
年齢:39歳
職業:会社経営
趣味:乗馬
『ヨヨナム』での食事もそこそこに園子と別れ、私はどうやって自宅に戻ってきたのかも思い出せないほど、動揺していた。
退職したいという園子の気持ちは固く、私の必死の説得にはまったく聞く耳を持たなかった。
「私、結婚したいの。お付き合いしている彼とは、人生最後の恋愛だと思って、一緒にいる時間を大切にしてきたの」
あの時彼女が言った言葉が繰り返し、繰り返し脳裏に蘇り、気がつくと寝室のベッドに倒れこんでいた。
園子の退職はショックだったが、それ以上に「人生最後の恋愛」というフレーズに、私は瞬間的に囚われてしまったのだ。
― 人生最後の恋愛か…。
一つ大きく息を吸って吐くと、私は園子との食事中の会話を思い返した。
「私たちの夢は、会社を大きくすることじゃなかったの?」
私の問いに園子は淡々と言った。
「会社大きくしたいなら、若い子育てなよ。私だって、いつまでも休日深夜関係なく仕事できないよ。聖良だってそうでしょ?」
「会社が大きくなれば、今よりだいぶ楽になるってば」
私は仕事でも恋愛でも迷った時は勘に任せるタイプ。一方、園子は理由がないと動かないし、動くためには調べること、考えることに手を抜かない。
「それいつ?ねえ、聖良。あなた5年後、10年後何やってるか考えたことある?」
そう、聖良は何事においても計画的なのだ。だから仕事のパートナーとしては最適だと思ってきた。
「あるよ。きっと同じように仕事をして、休みの日には馬に乗って、自分の時間を大切に生きていると思う。今と大して変わらないんじゃないかなぁ」
園子が私から離れようとしていることへの焦燥感を悟られないように、私は言葉を選んだ。
そして取り繕うように「結婚はいますぐじゃなくていいと思ってる。したくなったらすると思うわ」となんとなく言葉を付け足した。
それを聞いた園子は、小さくため息をつく。
お金があって充実していても、ある時襲ってくるアラフォーゆえの悩み…
「ねえ、聖良。いくらエステに行って、運動して、素敵なものを着て自分にお金をかけたところで、人はみんな同じように歳を取っていくの」
じっと押し黙っている私に、園子は構わず続ける。
「結婚はしたくなったらって言うけど…。じゃあ、あなた最後にナンパされたのいつ?」
― それ、今の話と何か関係あるの?
内心ムッとしながらも、私は笑いながら答えた。
「ナ、ナンパ…?いつだったっけ?」
だが、心のうちは違う。直近のナンパがいつだったか、超高速で記憶を巻き戻していた。
すると、園子が言った。
「私が覚えている限りでは、4年前の夏。ニューオータニのプールで、大阪から出張で来ていた40代の外国人男性からお酒に誘われた。それが最後」
「それが最後」という部分だけ、私の脳内でリフレインする。
「私たち、もう自分で動かなくちゃまともに恋愛できない歳なのよ」
園子はそこにとどめを刺すように言い放った。
それから、園子は自分の結婚、将来について語り始めた。
お付き合いしている彼とは、1年前友人の紹介で知り合ったという。
「コロナ禍の出会いって貴重だし、まずはお友達からって思ってたんだけど…」
相手は5つ年下の都銀勤務の男性。何回か会ってみたら話が合う上に、誠実で、こんな人なら結婚してもいいかもと思うようになったそうだ。
相手の方も園子の年齢を気にして、付き合い始めてすぐに結婚の話が出てきた。
「彼の方が少し若いし、今ならもしかしたら子どもだって授かれるかもしれない」
結婚前提ならこの恋愛は、自分の人生で最後の恋愛。そう思った途端、より一層彼のことが大切に思えてきたのだと園子は言った。
子どもを授かりたいという意思があることを知り、さすがの私も引き止めることはできなくなった。
「そっか。わかった…。おめでとう」
喉の奥からどうにか絞り出した「おめでとう」。
それと同時に「私はこのままでいいの?」といった疑問符が脳裏によぎったのだった。
◆
金曜日。
今夜は慎之介と食事の約束をしている。
園子を引き止めることを諦めた私は、今週、園子の後任になる人材を探すことに大半の時間を費やした。
園子が退職するまであと半年ほど猶予があるが、それまでに今と変わらず会社を続けていくには、引き継ぎも完璧に終える必要がある。
そんななか、「飯でもどう?」と慎之介の方から連絡をくれた時は、正直嬉しかった。
慎之介が「表参道まで行くよ」と言ってくれたので、『アントニオ南青山本店』を予約しておいた。
予約の時間は19時。
店に着くと、テーブルにはまだ慎之介の姿はなかった。コートの袖を手繰り、左手首の腕時計を探す。
カルティエのタンクソロの長針は19時をすでに5分程過ぎていた。
― 先に飲んで待ってようかな。
白ワインをグラスでオーダーし、バッグからスマホを取り出した。見ると、慎之介から着信があったようだ。
「先に店に入ったよ」
LINEすると、すぐに返信が来た。
「ごめん、リモート会議が長引いて、あと30分遅れる!先に食べてて」
― えっ?30分も??
「わかった」とだけ返信したが、だったらあと30分仕事してから出て来たのに…と思ってしまう。
グラスの白ワインを飲み干し、仕事用のメールアカウントから、新着メールをチェックする。
求人媒体の担当者からのメールに目を通し、園子が不在になった後のことを考える。
― はぁ…。結局、何やっていても私の頭の中って、仕事ばっかりなのよね。
頬杖をつき、若干の反省とともに、おかわりの白ワインを口に含む。
そして、スマホのメールをスクロールしていると、聞き慣れた声がした。
「レストランでも仕事?」
慎之介は向かいの席に腰を下ろすと、「遅れてごめんね」と笑った。
年下の恋人とのデート中も仕事が頭から離れない女に、彼が言い放った言葉とは?
慎之介は白ワインのボトルと、海の幸の前菜、ブルスケッタをオーダーする。
「久しぶりに来たけど、この店のオーセンティックな感じ、いいよね」
呑気に前菜を突きながら、あたりに目をやる慎之介。
「ところで、なんかあった?イライラしてるみたいだけど」
何かを察した彼に対し、私は堰を切ったように、今回の一部始終を打ち明けた。
園子が辞めたいと言い出したこと、自分の仕事は園子のサポートがあって成り立っていること、園子がいなくなることで将来の展望が立たなくなってしまったこと。
慎之介は時々「ふーん」「それで?」と適当な相槌を打ちながら話を聞いていた。
だが、私は話しているうちに1人でヒートアップし、うっかり口を滑らせた。
「寿退社なんて、今時そんな人いるの?」
慎之介は皿の端にカトラリーを置き、じっと私をみた。
「寿退社ってダメなの?相手のことが好きで仕事を辞めてもいいって思うなら、素敵じゃない?」
「そ、それはそうだけど…」
仕事人間である彼からの予期せぬ言葉に、答えを窮してしまう私。
「じゃあ、聞くけど。園子さんが寿退社をしなければ、聖良は心からお祝いできるの?」
慎之介は時々こうして物事の核心をついてくるのだ。
ここは「できる」と即答すべきだとはわかっている。だが、きっと慎之介のことだから、きっと私の深層心理を見破るはずだ。
「仕事を辞めるとか、何かを諦めて結婚するって、私にはわからないな…」
私はいきなり慎之介に試されているようで困ってしまった。
「聖良、何かを選び取るってことは、一方で何かを諦めるってことなんじゃないかな。別にそれは悪い意味じゃなくて。人生はパラレルワールドじゃないからね」
私は何も言わずに黙っていた。
「例えば、聖良は仕事を切り上げて僕と食事をしにここにやってきた。つまり、仕事を諦めたわけでしょ?」
慎之介はニヤニヤと笑って言った。
― 確かに慎之介の言う通りだ。
「かなわないなぁ、もう!」
私は思わず吹き出して笑った。
そして、思い出した。
付き合って2年、これまで燃え上がるような盛り上がりもなく、私たちは淡々と一緒の時間を過ごしてきた。
それでも、なんとなく居心地がよかったのは、慎之介が私の都合に合わせ、自分の時間を犠牲にしてくれていたからとも言える。
何より、私は彼のこういう茶目っ気とか、押し付けがましくない優しさが好きだったのだ。
仕事を最優先して生きてきたけど、園子がいなくなることが確定した今、仕事のやり方を立ち止まって見直す時なのかもしれない。
仕事も、プライベートもちゃんとバランスよく充実させられるように。
「というわけで、今日のメインは聖良が苦手な羊を頼むとするかな。覚えてないだろうけど、今日は僕の誕生日だしね」
そう言って、向こうのウエイターに手を挙げた。
「いいよ。メインは羊で。私はお皿の端の野菜を食べるから」
そう答えると、私はテーブルの下からバーガンディレッドの小さな紙袋を取り出し、慎之介の前に置く。
「なーんだ、ちゃんと覚えてるじゃん」
慎之介は嬉しそうに笑った。
「まあ、一応ね。私の時計とお揃いにしてみたよ」
私の中に急に恥ずかしさがこみ上げる。慎之介は早速箱を開け、腕時計を自分の手首につけて眺めた。
仕事が忙しいと、うっかり慎之介のことをおざなりにしがちだった反省を込めたプレゼント。
満足そうな彼を見て、買ってよかった、と心からそう思った。
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人生で初めて子供が欲しいと思った38歳女の決意