彼氏の二股疑惑に戸惑う女。電話で彼氏に不満を告げると…
女にとって、経験豊富な年上男性は魅力的に映る。
だが、その魅力ゆえこだわりの強いタイプが多く、女は年を重ねていくうちに気づくのだ。
― 頑張って彼に合わせるの、もうしんどい…。
年上ばかり選んできた女が、自然体でいられる相手は一体どんなタイプの男なのだろうか?
これは、アラサー独身女がこれまでの恋愛観をアップデートする物語。
◆これまでのあらすじ
多佳子は、年下の彼氏・颯がInstagramを始めていたことを知る。颯のアカウントに頻繁にコメントを残していたのは、彼と親しげにLINEをしていた“rina”だった。彼女のことを密かに警戒していた多佳子だが…。
Vol.10 どうして、あなたがここに?
『多佳子さん、試合のチケットは関係者受付でもらってね』
颯から送られてきたLINEには、まだ続きがあった。
『試合開始時間の45分くらい前から、チケットを受け取れるようになると思う!絶対に見に来てよ』
― へえ、チケットって、颯くんから直接もらえるわけじゃないんだ。まあ、試合前だもんね、会えるわけないか。
近頃メキメキと頭角を現している若きフォワードの彼は、開幕戦で初めてのスタメン出場をすることになりそうだと、数日前から鼻息を荒くしていた。
いつにも増して、チーム練習やその後の自主練にも励んでいる。
一方、私は彼とほかの女性がLINEやInstagramで親密なやり取りしている事実に、まだモヤモヤしている。その彼女が23歳の美人モデルだと知ってからは、2人はどこで知り合ったのか、一体どういう関係なのかと悪い妄想は膨らむばかりだ。
そんなスッキリしない気持ちのまま、試合当日を迎えたのだった。
高速バスの車窓からのどかな景色を眺めていると、直線的な屋根が特徴の立派なスタジアムが近づいてくる。
こんなに大きな舞台で試合に出場できる颯は、私が思っているよりもずっとすごい人なのかもしれない。感心しつつバスを降りると、広いスタジアムのまわりをキョロキョロしながら歩く。
― えーっと、関係者受付ってどこだろう?あ、このテントだ!
思いのほかこぢんまりとした受付を無事に見つけ出すことができ、安心したのもつかの間。
そこで私は、“ある女性”を目にしてしまったのだ。
スタジアムで多佳子が目にした“ある女性”とは?
A4サイズの紙に、黒のマジックで書かれた『関係者受付』の文字。
あえてそうしているのかはわからないが、うっかり素通りしてしまいそうなほど簡素なテントに、目印の紙はペラッと張りつけてあった。
テントの前には、小さな子ども連れの女性やスポーツマン風の男性数人が横2列で並んでいる。おそらく、選手の家族や友達なのだろう。
その後ろに1人で並ぶと、私はどこか気恥ずかしくなった。
― スポーツ選手の“彼女”って、みんなこんなふうに試合を見に来るんだ。
「次の方、こちらへどうぞ」
あっという間に自分の番になると、ゆるんだ頬を引き締める。
「宇佐美です。守谷選手に招待してもらいました」
「宇佐美さん…。あ、はい、こちらですね」
そう言って手渡された封筒には、左上に『守谷選手』、中央に大きく『宇佐美多佳子様』と書かれていた。
― こういうことをしてくれるんだから、私、颯くんにとって大切な存在…なんだよね?もう、余計なことを考えるのは、やめやめ!
彼からの特別扱いに嬉しくなった、次の瞬間。
私宛の封筒の下にあった、もう1つの名前が視界に入った。そこには『中川里奈様』と書かれていたのだった。
― 『里奈』って…。まさか、あの“rina”?嘘でしょ…!
目を凝らして見ると招待主のところには、颯の名前が確かに記されている。
あまりにも驚いた私がその場でフリーズしていると、隣の列からいかにも慣れたふうに名乗る声が聞こえてきた。
「守谷選手から…中川ですー」
あの“rina”が隣にいる。
思わずパッと横を向くと、Instagramで見たことのある彼女の姿があった。
オフシーズン明けのまだ寒い2月だというのに、ショートパンツからほっそりとした生足が伸びている。
― ちょ、ちょっとスタイル良すぎじゃない?顔も小さいし、まつ毛長っ!それに、目鼻立ちのはっきりしたキレイな横顔…さすがモデル…。
不覚にもrinaの美しさに釘付けになっていると、視線に気づいた彼女がこちらを向く。
その瞬間、私たちはバチッと目が合ってしまった。
だが、rinaは何てことない様子で自然に微笑むと、小首をかしげて私に会釈までしてきたのだ。
― 颯くんが招待したんだよね…?でも、どうして彼女を?ていうか、rinaは私のこと知らないはずなのに…。
ハッと我に返った私は条件反射のように頭を下げると、手に持ったチケット入りの封筒をrinaに見られないように隠したのだった。
そのまま視線を落とすと、腕時計が試合開始10分前を指している。
私はぼう然とする暇もなく、急いでスタジアムの入り口にある手荷物検査場へと向かった。
そこへ、先に行ったとばかり思っていたrinaが、誰かと電話しながら少し遅れてやって来る。
颯は、ほかの女性も試合に招待していた。その事実に多佳子は…
― ああ、しまったー!急がなくちゃ。
サッカースタジアム内には、600ml以上のペットボトルの持ち込みが禁止されている。
それをうっかり忘れていた私が、荷物の整理にもたついていると、隣のレーンにいるrinaからこんな会話が聞こえてきた。
「うん、そうなの!颯に招待してもらって、今から試合見てくるんだ。えー、いい感じなのかなあ?」
スマホを耳に当てたまま、手荷物検査をスムーズに通過するrinaは、迷う素振りもなくツカツカと招待席へ向かう。
― 今、颯って呼び捨てだった!?しかも、いい感じって何?
何から何まで慣れた感じの彼女は、招待されて試合を見るのが初めてではないのだろう。
対する私は、自分の席を確認して、慌てて腰を下ろす。ちょうどキックオフしたところだった。
少し離れた席には、rinaの姿。サラサラとした明るい茶色の髪が、風になびいている。
そこから先の私は、すっかり上の空だった。初めてスタメンで試合に出場した颯のことよりも、彼女の存在ばかりが気になってしまう。
開幕戦は、0対1で颯のチームは敗北を喫した。
◆
その日の夜。
自宅へ戻ると、颯から電話がかかってきた。
「多佳子さんさあ、どうして最後に挨拶に行ったとき、ずっと下向いてたの?」
試合が終わると、選手たちは東西南北それぞれの客席に向かって一礼しながらピッチを歩く。
私がいる招待席の前にも、もちろんやって来た。
そのなかに颯を見つけると、一瞬、目が合ったような気がした。けれど私ではなくて、rinaのことを見ているのではないかと思ってしまい、うつむいてしまったのだ。
試合に負けた後の颯は機嫌が悪く、黙っている私を問いただすように話し続ける。
「ねえ、何で試合のあと、連絡くれなかったの?どうして、すぐ帰ったの?」
「何だか連絡する気持ちになれなくて…。だって、颯くんが…」
私が言葉に詰まると、キツい一言が飛んできた。
「俺が何?言いたいことがあるなら、ハッキリ言ってよ。全然意味わからない、はあ…」
「そんな言い方しないでよ!私だって、こんなこと言いたくないけど…颯くん、ほかの女の子も試合に招待してたよね?どういうこと?」
私の尖った声に驚いたのか、電話越しの颯が息を飲んだのがわかった。
「ああ、あれは先輩と仲が良い子で、俺とは何でもないよ。この前、多佳子さんにも紹介した中原さんのことが好きみたいだよ。って、何で多佳子さんがそれ知ってるの?」
「ふーん、そうなんだ。でも、彼女は…多分、颯くんのことが好きだと思うよ」
なぜならその日のrinaは、スタジアムのピッチを背景した自撮りの写真と『今日も颯、カッコよかった!また応援に行くね♡』という意味深な投稿をしていたのだ。
逐一こなれていて堂々としたrinaに対して、私はコソコソしたり自信なくうつむいたりしてしまう。ある意味、私も試合に負けた敗者のような気持ちだった。
これまで不満だったことを我慢していたからか、とげとげしい言葉が止まらない。
「私、颯くんのインスタ見つけちゃって。彼女と仲良さそうにしてるの、知ってるんだよ?それに、そもそも中原さんのことが好きな子のことを、どうして颯くんが試合に招待するの?」
この言葉に、ふたたび息を飲む颯。
次に彼の口から出てきた言葉は、これからの2人の関係を揺るがせるのに十分なものだった。
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