なぜ、日本人の間で適応障害が急増しているのでしょうか(写真:Ushico / PIXTA)

過重労働、転勤、異動、パワハラ──。

背景にあるストレスはさまざまですが、いま適応障害は急増しています。
その数は、なんと100万人以上。適応障害は今や誰にも起こりうる、ごく当たり前の病気といえます。しかしその中でも、ストレスへの反応の仕方において、適応障害になりやすいタイプとそうでないタイプがいるようです。

本稿では、30年にわたる臨床経験をもつ心療内科医である森下克也氏の著書『もしかして、適応障害? 会社で“壊れそう"と思ったら』の一部を再編集し、ストレスへの反応タイプ別に適応障害のなりやすさを解説します。

そもそも適応障害ってどんなもの?

あなたの身の回りを見渡してみてください。最近、体調の悪そうな人、顔色のすぐれない人、仕事の壁にぶち当たっている人、上司とうまくいっていない人など、1人や2人はいるのではないでしょうか? もしかしたら、あなた自身がそうかもしれません。

人は誰でも、いやなことがあれば落ち込みます。それは正常な反応です。けれども、それも度が過ぎれば病気になりますし、治療が必要となります。

適応障害とは、正常なストレス反応からくる誰にでも起こりうる心身の変化です。特殊な精神疾患ではありません。まず、そのことをしっかり認識してください。

しかし、誰にでも起こるといっても、決して軽症のものばかりではありません。長期化すれば悪化し、うつ病や神経症といった他の精神疾患に移行します。事実、全国統計では、いったん適応障害と診断されても、5年後には40%の人がうつ病に診断名を変更されています。さらに悪化すれば、自殺にさえ至ります。

では、適応障害の予防、ないし悪化防止のためにはどうすればいいのでしょうか。それには、あなた自身の内面をより正確に把握することが大切です。適応障害を構成する大きな要素として「内部要因」があります。

「内部要因」とは、ストレスにどのように反応するかという心のあり方です。また、過重労働やパワハラなど、外部にあるストレスの原因をストレッサーといいます。あなたがストレッサーに直面したとき、脳内で、最初に行われることは、いつ、どこで、誰が、どうした、といった事実関係の認識です。主に前頭葉が担っており、ここではさほど個人差は生じません。

しかし、その認識に、あなたなりの意味を付与する次の段階、認知の構築となると、前頭葉に加え、感情を司る大脳辺縁系、記憶中枢など、複数の脳の領域が介入して、そのアウトプットは人により千差万別となります。

適応障害にかかりやすい人

その多様な認知のあり方には、個人により一定の傾向があり、客観型と主観型に分けることができます。客観型は、事実関係を理路整然と捉え、感情よりも理性優位で、解決への道筋を比較的容易に立てることができます。

一方、主観型は、「つらい」「いやだ」など、感情を主体に受け止め、また、解決策を模索する以前に「どうしよう」「困った」など悩みの堂々巡りに陥りなかなか解決に至りません。

さらに、客観型、主観型のそれぞれに、外向型と内向型が存在し、4つ組み合わせが生まれます。

客観・外向型は、視野が広いタイプで、ストレス対処の選択肢を複数持つことができます。

客観・内向型は、物事を捉える視野が狭く、自己の理想や責任感に没入します。生真面目で完璧主義、実直に仕事をこなしますが、許容範囲を超えると途端に対処の仕方がわからなくなる傾向があります。(執着性格、タイプA)

主観・外向型は、ストレッサーを楽天的に受け止めるタイプで、そもそも深く思い悩むことがなく、ストレスをため込みません。世渡り上手なタイプです。

主観・内向型は、必要以上に深刻にストレッサーを受け止め、ネガティブ思考に陥るタイプです。劣等感や低い自己評価にさいなまれ、自分で自分の首を絞める形で病状を悪化させていきます。適応障害にもっとも多いタイプです。(循環性格、回避性性格、など)

認知の再構築は、性格傾向そのものです。性格学では、これをさらに細かな特徴に基づいて分類しますが、中でも、適応障害にかかりやすいものとして、執着性格、タイプA、循環性格、回避性性格、などが挙げられます。

適応障害は、これらの性格と「外部要因」であるストレッサーとの相互反応です。興味深いのは、性格傾向によって、適応障害の症状の表れ方に一定の傾向が見られることです。それでは、性格によってどのようなストレス反応となるのか、どう対処すればいいかについて、日本人に多い、循環気質を例として見ていきましょう。

人間関係のストレスに弱い循環気質

Cさんは36歳の女性、工作機械メーカーの人事部に所属しています。社交的で、誰とでも打ち解けることができる明るい性格です。世話好きで、心を病んだ社員の面談に積極的に当たるのもCさんで、上司からの評価も上々です。

そんな彼女の悩みは、気分と体調にムラのあることでした。朝、寝起きが悪く、どうにも仕事に行きたくない日があります。そんな日は身体が重く、本当はずっと寝ていたいのに、迷惑はかけられないからと、身体に鞭打って出かけます。

表面上は活発に振る舞っていても内心はヘトヘトで、トイレで思わず涙することさえあります。そうかと思うと、昨日までの憂うつが嘘のように、気分が爽快で身体も軽く、活発に仕事をこなし、心から会話や仕事を楽しめるときもあります。

Cさんが心身の不調を来すようになったのは、異動により新しい上司が赴任してきてからでした。それまでの温和な上司と違って、体育会系のこの上司は、歯に衣着せぬ物の言い方で、部下にミスがあれば容赦なく指摘し、時には罵倒さえします。Cさんに対しても、「今のままではだめだ」「考え方が甘いんだよ」などと遠慮なく言ってきます。

それを聞かされているうちに、Cさんは、今までやってきたことのすべてを否定されたような気持ちになってきました。納得できず、何度となく話し合いを持ちましたが、上司に反省の色はありません。同僚や先輩は「気にしなければいいのよ」と言って慰めてくれますが、どうしても受け入れることができません。

とうとうCさんは、ハラスメントだとして経営陣に訴えました。経営陣は耳を傾けてくれ、調査が行われました。しかし、上司の言動は叱咤激励であり、ハラスメントには当たらないとの判断でした。

なぜなら、それは誰に対しても行われている言動であり、ことさらCさんがターゲットになっているわけでないうえ、ほかの社員からのクレームもないからというものでした。ショックを受けたCさんは、これを境に、不眠、抑うつ、意欲低下、食欲不振を発症し、会社に行こうとすると吐き気や頭痛に襲われ、出勤できなくなってしまいました。

Cさんは、体調や精神状態が、とくに誘因もなく浮き沈みする循環気質です。循環気質は日本人に多いとされ、全人口の2割を占めます。基本的には快活、社交的で、仕事に対しても意欲的ですが、それは長続きせず、突然やる気が失せて仕事の効率を悪化させてしまいます。一定のパフォーマンスを維持することができないのです。


循環気質の意欲の源泉は、他者からの評価です。決して、自信満々なのではありません。周囲、とくに会社においては、上司や同僚から認められたい気持ちが強く、また、その延長として、過大な自己評価をします。本音では自分に自信がなく、他者からの評価によりアイデンティティーを確認しようとつねに試みていますが、それはそうしないと安心できないからです。

ポジティブな評価が続けば、それをエネルギーとしてさらに意欲的に仕事に取り組むことができますが、ネガティブな評価は受け入れることができません。受け入れてしまうと、自己崩壊につながるからです。

些細な言動ですぐにカッとなり、上司からの忠告を素直に聞けずに落ち込んでしまい、仕事に支障が出て、その結果、さらにネガティブな評価を下され落ち込むという負のループに陥ります。

循環気質の人はすぐにガス欠してしまう

Cさんの場合、新しい上司の態度は、一般的には許容範囲のレベルのものであったと思われます。しかし、その性格傾向ゆえに耐えきれず、徐々に体調を崩していきました。

循環気質タイプの人は、強度のストレス状況下において、火事場の馬鹿力のように一時的にエネルギーを放出し仕事に集中しますが、すぐにガス欠して動けなくなってしまいます。ほどなく、放出するエネルギーがなくなり、まったく仕事ができなくなってしまいます。追い込まれた不安と恐怖、慢性的な緊張により、心身をコントロールできなくなってしまうのです。