映画『轢き逃げ −最高の最悪な日−』
小林涼子 インタビュー

水谷豊が、脚本も手掛けた、監督第2作『轢き逃げ −最高の最悪な日−』。自身の結婚式の打ち合わせに急ぐ青年と、その友人が乗り合わせた車が轢き逃げ事件を起こす。逃げる加害者と被害者遺族、事件を追う警察など7人のドラマを描く本作で、轢き逃げ事件の加害者の婚約者・早苗役を演じた、小林涼子に話を聞いた(取材・文/藤沢ともこ)。

──出演はオーディションではなく、水谷監督からのオファーだとお聞きしてます。

小林:水谷さんとお会いしたことがないので、最初は「嘘だ」と思いました。こんな良い役のお話をいただけたのはすごく不思議に思い、最初は本当に信じられませんでした。衣裳合わせの時に初めて直接お話しさせていただき、それまで嘘だと思っていました(笑)。

──実際に水谷監督にお会いして、いかがでしたか?

小林:役者さんとしても先輩なので緊張しましたが、とてもチャーミングで優しい方。毎日、みんなにハグをして、「おはよう!今日も頑張ろうね!」と言って下さる、とても温かくてアメリカンな感じでした。「監督が偉い」という感じではなく、チームとして考えて下さって、何か問題が起きてもチームで解決する、団結力がある現場を作られる監督でした。

──今回、水谷監督は出演もされてますが、間近で見ていかがでしたか?

小林:不思議ですよね……スタートと言った2秒後に、もう普通に役者さんになる……でまた、カット。やっぱり最後まで慣れなかったです。完成作を観せていただいた時に、自分が観ていないシーンでお芝居されている監督は、普段私が観ていた監督とは全然違くて、監督だけど監督じゃない、みたいな、不思議な感覚でした。

──最初に脚本を読まれた感想は?

小林:最初の数ページで轢き逃げが起きたので、「逃げたー捕まったー終わった」と思ったんですけど、そこから展開される人間ドラマが本当に面白くて。これを水谷さんが書かれたんだ……とドキドキしながら読ませて頂きました。監督の頭の中はどうなってるんでしょうね。

──役作りについて教えて下さい。

小林:早苗ちゃんはお嬢様で、こんな服を着ているかな、こんな場所にいるかな、など考えました。実際監督とお会いして、「お嬢様だけど、固いお嬢様になって欲しくない。ユーモアがあってチャーミングなお嬢様になって欲しい。帰国子女の浮足感というか、若干日本ぽくなくても、そこがチャーミングに見えるような手振り身振りを心掛けて欲しい」と最初に頂いて。私も台本を読ませて頂いた時に、チャーミングな人だなと思っていたので、バッチリ合ったような気がしました。

──“チャーミングな人”と聞いてイメージされた女優さんなどいらっしゃいますか?

小林:女優さんではなく、私の英語の先生をイメージしました。70歳で、40年程アメリカに住まわれていた、日本人ですが中身は外国人なんです(笑)。とてもチャーミングで、すごく若々しいけれど、若作りではない。「気を付けてね」「休めるときは休んでね」とか、言い方も上からでなく、私と年齢差があるのに対等の目線で話してくれる。でも、無理をする感じではなくて。その姿が印象的だったので……いつもノースリーブで肩にケープを掛けて、紅茶片手に、「ね、そうでしょ?」と言ってるみたいな。早苗ちゃんが大人になったらこんな方かもしれないと思える人が傍にいたので、その方を若くした感じにしようと思いました。嫌味がなくて、だからと言って毒気がないわけじゃなく、ちゃんと毒舌も言っちゃう、しなやかな感じをイメージしました。そうなるとやっぱり外国に住まわれていたというのは監督の方向性と合いますし、だから嫌味がないんだな、という気もしました。

──一歩間違えると、すごく嫌味な感じになってしまう社長令嬢役……しかも、婚約者が轢き逃げ事件を起こし、逃げ続け、彼女にはずっと隠している、という難しい役どころです。

小林:台本を読んで知ってますけど(笑)、知らない気持ちでいようと思って。とても影響受けやすい方なので、自分が出ていないシーンは出来るだけ見に行かないようにしました。

──監督とセッションしていく中で生まれたシーンはありますか?

小林:(婚約者の秀一とレストランで)食事中にワイングラスを割るところで、グラスが割れる前に私はオペラを歌っているんです。でも、台本には書いてなくて、15分前に決まりました。「オペラ歌おうか」と監督から言われた時に、「ん?オペラ?」と思って(笑)。歌えるか聞かれたこともないし、そもそもあんまり聴かないから分かない……じゃあ、ちょっとオペラを聴いておこう……と、15分位聴いて、15分後にセリフ合わせしていく中で、オペラを歌っている自分がいて(笑)。ちょっと客観視すると面白いですけど、超シリアスなシーン。監督の提案で、私の想像を一番飛び超えていった瞬間でした。新婚旅行どうしよう、楽しいね……と、彼女にとっては最高の瞬間だからオペラなんです。でも、それは秀一には届いていないというのがより切なくなるから、彼女は本当に盛り上がって欲しい、と急遽付け足された部分でオペラを歌って、すごく恥ずかしくて。大丈夫かな……オペラになってないオペラを歌っちゃたぞ、みたいな気持ちだったんですけど、終わったら監督が、「ブラボー!」と言ってくれたので、救われました。

──15分前の提案でオペラとは!

小林:面白いですよね。そうやって監督も色んなことを考えて、作品が少しでも良くなるようにと思って下さる。そういう現場に居れたのはとても幸せです。

──婚約者・秀一役の中山麻聖さんとは事前に打ち合わせされましたか?

小林:実は高校の先輩で。久々にお会いして、高校時代はお互い認識する程度だったんですけど、それでもやっぱり同じ時間に同じ学校に通っていたというのは、とても繋がりを感じたりして、大きな相談事をしなくても、なんとなく合うような空気感みたいなものはあったので、そこは救われました。(秀一の親友)輝くん(役の石田法嗣)も初めてではなく、以前に旦那さん役をやってもらったことがあるので、前の旦那と今の旦那という、なかなか美味しいポジションだったんです(笑)。でも、2人があまりにも仲が良いので、ちょっと羨ましくなっちゃう時もありました。2人でどこどこに行ったとか、「何で呼ばないの〜私を〜!」みたいな(笑)

──現場はみなさん仲良く過ごされたんですね。

小林:(前田刑事役の)毎熊さん含め若い4人は、結構わちゃわちゃと楽しくやらせて頂きました。

──神戸ロケ中のエピソードを教えて下さい。

小林:神戸の街を舞台にしているので、早苗が好きな店や秀一さんと過ごした場所、女友達と行った場所……そういう時間を刻みたいなと思って、いっぱい歩きました。好きなケーキ屋さんを見つけて、何度か行くうちにパティシエの方とインスタ友達になりました!街を知ることによって、彼女だったらこういう場所を選ぶかなとか、秀一さんとデート行くかなとか考えながら出かけられる時間があったことも幸いですし、そうやって彼女の時間を見つけられたことで、より身近に感じられた部分もありますし、単純に楽しく美味しかったというのも(笑)。

──結婚式のシーンはいかがでした?

小林:衣裳合わせの時に水谷さんが付箋がいっぱい付いたウェディングドレスの雑誌を持ってきて、一生懸命「これかな、これかな」と見て下さって。男の人からしたらウェディングドレスは女性の満足と言われるでしょうし、周りの結婚した友達は、ドレスは女の子が決める割合が大きかったので、そんなに真剣にあのドレスを見て下さると思わなくてびっくりしました。ものすごい綺麗なドレスで、お金持ちの女の子が着そうな本当に高そうな良いドレスを着せて頂いて。実際自分が結婚するなら着たいなと思うくらい可愛いドレスでした。

──では本編で着ているドレスは水谷監督チョイス?

小林:実際に着て、どれが一番似合うか見て下さいました。私もそれが一番可愛かったと思います。結婚式の撮影は、しっかり1日かけて撮影しました。友人代表の挨拶、キャンドルサービス……こんな贅沢な結婚式が出来るなんて、もう本物はしなくていいかな、と思いました(笑)。良い結婚式をさせてもらえたので、友人にも泣いてもらえたし、本来の結婚式だと未知だから恐いですけど、今回は安心して結婚式に挑めました(笑)。もう結婚式に悔いはないぞ、もうベテランだぞと思いました(笑)。

──檀ふみさんとの共演シーンは如何でしたか?

小林:その日の撮影は緊張していて。神戸の最後の日で、ものすごく緊張しましたが暖かく見守って下さって。私がふわふわしてどうしようとそわそわそわしているのを、「大丈夫だよ」と支えて下さって。本当に優しい、役のイメージ通りの懐の深い方で、手を重ねてもらえた時には本当に……。気持ちは、「檀さ〜ん!」と叫びたくなるくらいに心のよりどころにさせて貰いながら撮影させて貰って。監督もとっても丁寧に、見え方、撮る角度によって「ここのシーンはこっちに手を置いた方がいいね」など細かく見て下さって、本当にみんなが色んな角度から早苗と、早苗の決断をどうしたらより伝わるかを考えてくれてて、私は恵まれていたなと思います。終わったら、岸部さんもいらっしゃって、「見てたよ〜」って(笑)。「いや〜見ないで〜恥ずかしいわ〜」と思いましたが、みなさんが足を運んで下さってたりして和気あいあいと。みなさん「よかったよ〜」と言って下さって、「本当かな?大丈夫かな?」と。でもそうやって言って下さった事はほんとにホッとしましたし、恵まれてますよね。

──とても考えさせられる作品だと思います。

小林:(タイトルの)「最高で最悪の日」になるのは早苗ちゃんなので、最悪の日になった後が大事で……最悪の日を迎えてしまった彼女が、どうやって今後生きてくのかな、と。今すぐイエスともノーとも言えない、ハッピーかアンハッピーか判らないけど、そのグレーの状態になれたこと自体も良かったと思うし、「人生はそうだよな」「すぐ白黒付くもんじゃないもんな」と思って。自分自身の性格がもともと白黒大好きな方なんですが、「グレーもありだな」と。今すぐ結論を出さなくてもいい、今すぐ何か結論が出ることじゃないものもある。このグレーの時間は大事な時間なんじゃないかな、と思えるようになりました。

──最後にメッセージをお願いします。

小林:ただ「轢いて逃げたこと」が物語の主軸ではない作品です。現代社会は、どんなに自分が持っていても他人が羨ましい、どんなに自分が良くても他人が羨ましいなと思うことが多いと思うんです。その時の嫉妬との向き合い方、嫉妬を糧にできるのか、みたいな部分も含めて、今この5月、焦ったり不安になったり、とっても不安定な時期に観て欲しい映画だと思います。新しい令和という時代に。

映画『轢き逃げ −最高の最悪な日−』は5月10日(金)全国ロードショー

公式HP:http://www.hikinige-movie.com/

(C)2019映画「轢き逃げ」製作委員会

取材・文/藤沢ともこ

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