現行国産車では採用されていない

「こんまり」こと近藤麻理恵さんが整理整頓において「ときめき(Spark Joy)」をキーワードにしていることは知られていますが、クルマ好きにとって“ガルウイングドア”は飛び切りのときめきを生んでくれる装備ではないでしょうか。

 ガルウイングドアは狭い場所でも開閉しやすく、開けた姿にもときめきがありますから、もっと普及してもいいように思えますが、現行モデルではテスラ・モデルXのリヤドア(ファルコンウイングドア)がガルウイングドアの亜流といえるくらいで、ほぼ採用例は見当たりません。

 スポーツカーでいえば、メルセデスのSLS AMGが採用していたことも記憶に新しいところでしょうか。国産車になると、1992年に生まれたオートザム(マツダ)AZ-1まで遡る必要があります。

 上に向かって開くタイプのドア全般を「ガルウイング」と呼ぶ傾向もありますが、正確にはルーフ中央付近にヒンジがあってL字型のドアを持つのがガルウイングといいます。

 ランボルギーニが採用しているヒンジがフロントフェンダー側にあるタイプは「シザーズドア」といいます。

 またフェラーリやマクラーレンに見られるドアが斜め上に向かって開くタイプは「バタフライドア」といいます。国産車ではトヨタ・セラがバタフライドアに分類されます。

 こうした上に開くドアに共通するメリットは、ドアを全開にしたときでも横にはみ出す量が少ないこと、そのため開口部を広くでき乗降しやすいことがあります。

 こうしたメリットはファミリーカーでも有効に思えます。とくに最近のクルマは車幅が広がる傾向にありますから、駐車場などで横方向の余裕が足りないと思うこともしばしば。上に開くのであれば乗り降りしやすいこと請け合いです。前述したようにテスラがリアドアとはいえSUVモデルにファルコンウイングドアを採用しているのは、そうしたメリットのためでしょう。

 とはいえ、ガルウイングドアはほとんど見かけなくなりました。便利にも思えるにも関わらず普及しない理由は何でしょうか。

ドアの上へのはみだしが日常生活の妨げに……

 まずひとつには横にはみ出す量はわずかでも、ドアを開くときに上のスペースが必要という点が挙げられます。車高の低いスポーツカー、スーパーカーでは気にならなくても全高が1500mmを超えてくるとドアを開けるのに上部スペースを確保しておく必要が出てきます。ゴンドラタイプの駐車場などでは、実質的にクルマの乗降ができないケースが出てくるかもしれません。

 また、高さ方向にボディの大きなクルマになるとガルウイングドアであっても開閉時の張り出し量が多くなってしまい、狭い場所でも開きやすいというメリットが、スポーツカーのガルウイングドアほどにはなくなってしまうことも考えられます。

 そして、普及を妨げるのにもっとも重要なのは閉めるときに力がいることです。ガルウイングドアは、開いた状態で保持するためにしっかりとしたダンパーがついています。ドアを閉めるときにはドアを支えるだけのダンパーに打ち勝つ力で引く必要があるのです。AZ-1での経験でいえば、乗り込む際に片手でドアハンドルをつかんでおいて、座り込みときの体重移動を利用して閉める必要がありました。もちろん、テスラのように開閉をフル電動化すれば解決することですが……。

 いずれにしても狭い場所でもドアを全開にできて乗り降りしやすいというニーズに対してはスライドドアというソリューションが普及し、スライドドアの電動化やリモコン操作、足によるハンズフリー操作などが当たり前の装備になっている現代において、少なくともファミリーカーにおいて、あえてガルウイングドアを採用するメリットはないといえましょう。

 そもそもスポーツカーにおけるガルウイングドアというのは、通常のヒンジドアでは乗り込みしづらいほどサイドシルを高くしてボディ剛性を上げたことへの対応という意味があります。メルセデス・ベンツSLS AMGにしても、AZ-1であっても、それは共通した部分です。サイドシルを高く設計しないで済むようなクルマではガルウイングドアを採用する意義がないといえるのかもしれません。