藤木直人、伊藤友里がパーソナリティをつとめ、アスリートやスポーツに情熱を注ぐ人たちの挑戦、勝利にかける熱いビートに肉迫するTOKYO FMの番組「TOYOTA Athlete Beat」。4月21日(土)の放送では、2000年シドニーオリンピック女子マラソン金メダリスト“Qちゃん”こと高橋尚子さんが登場。シドニー大会を振り返ってもらったところ、意外なエピソードを明かしてくれました。

高橋尚子さん(中央)と、パーソナリティの藤木直人(左)と、伊藤友里



◆サングラスを取った理由

藤木:高橋さんと言えば、シドニーオリンピックのレース中30km付近でサングラスを投げた瞬間にスパートをかけたと報道されていましたが、真相は違うんですか?

高橋:そうですね(笑)。マラソン中継の解説で「サングラスを取ってスパートの合図か!?」ってとてもかっこいいコメントをしていただいたので、そう思われがちなんですけど、実は全然違うんです。そのときつけていたサングラスは海外の人を対象に作られたものだったので、こめかみのあたりが締めつけられて……サングラスを取りたいとずっと思っていたんです。

藤木:痛かった!?

高橋:30km以降は瞬時の判断が大事になってくるので、「クリアにしておきたい」というのがありました。試合前日、小出監督からはレース内容について何も指示がなかったんですけど、「自分は20kmと30km地点にはいるから」って、そこだけ約束したんですよね。20km地点にはいたんですけど、30km地点ではいなくて。

藤木:小出監督を見つけられなかったんじゃなくて、いなかったんですか?

高橋:20km地点での(私の)姿を見て、“あ、いけるな”と思ったらしく、約束をすっ飛ばしてビールを飲んでゴール地点に行ってしまったらしいんですよ(笑)。

藤木&伊藤:(笑)。

◆ラストスパートの秘密

高橋:でも、走っている私は(それを)知らないので、サングラス越しにキョロキョロ目を動かしながら監督を探すんですね。ただ、あのサングラスは2万円ぐらいする高価なものだったので、そこには捨てたくなかったんです。

藤木:回収したかったと。

高橋:道の反対側の歩道に父親がいるのを見つけたので、父親めがけて投げようと思ったんです。でも、そのまま投げちゃうと隣にいるシモン選手に当たって走路妨害になってしまうので、ちょっと前に出て投げたんです。気になってサングラスの行方を見たら、真ん中にいる中継バイクに当たって跳ね返って戻ってきたんですよ……それが、すごくショックで(笑)。でも、その瞬間にシモン選手が離れているのが左目で確認できて。それで、“あれ? 今がスパートかな?”って瞬時に判断して後付けスパートだったんです。なので、あの1〜2秒の短い瞬間にいろんなことを考えましたね。

藤木:そんなドラマが詰まっていたわけですね(笑)。

高橋:ラストスパートって難しくて、自分が楽でも相手も楽だったらスパートをかけても相手は付いてきます。スパートするのはすごく力を使うので、“一回で仕留めたい!”っていう鉄則があるんですね。そのためには、相手がちょっと沈んでいるときにスパートしたほういいんです。なので、相手を観察するんですけど、同じ方向を向いて走っているのであまり見ることができない。

藤木:じっくりは見られないですよね。

高橋:足音を聞いて、大きくなってきたら前の推進力が下に失われているから疲れているとか、汗が多くなってきたら疲れているとか。分かりやすいのは、呼吸が激しくなったのを(瞬時に)判断して相手が沈んでいるときにスパートするんですけど。いつ確認しても、(相手は)すごく楽そうなんですよね。

藤木:ポーカーフェイスで、見せないんですね。

高橋:自分が元気なときって相手の変化に対応できるんですけど、サングラスを投げて前に出たときに、シモン選手の反応が遅かったのを察知することができたので、“今だ!”と。タイミングがいい形で探れました。

藤木:そんなことってあるんですね〜。

高橋:今思えば、(小出監督が)ビールを飲んでおいてくれて良かったなって(笑)。

◆サングラスの行方

藤木:ちなみにサングラスは返ってきたんですか?

高橋:「そのサングラスは娘のだから」って、父親が係員の人に声をかけたらしいんです。そしたら、係員の人から「僕のメガネと交換してくれない?」って言われたみたいで(笑)。だけど、「どうしても嫌」ということを伝えて父親の元に戻ってきました。「これを思い出として、(サングラスを)もらえないか?」と父が言うので、プレゼントしました。

藤木:レースの後に高橋さんが言った「とっても楽しい42.195kmでした」という言葉もびっくりしました。

高橋:苦しかったのは最後の200mでしたね。41kmくらいからちょっとずつ苦しくなってきて、最後、会場に入ったときは8万人もの観客から大声援で応援されて。“この声援は私のために贈ってくれているんだ!”と、すごく嬉しい気持ちに浸っていて、パッと電光掲示板を見たら真後ろに迫っているシモン選手をみつけて、“これは声援じゃなくて悲鳴だ!”と我に返って、最後の200mを頑張ろうと思うんですけど、走り方がカックンカックンみたいになって……最後の200mがきつかっただけで、あとは意外と“このままずっと走り続けたい!”と思うくらい気持ち良かったです。

◆走ることの魅力とは?

藤木:走ること、マラソンの魅力はどういうものですか?

高橋:100人いたら100通りの楽しみ方があるのがマラソンだと思うんです。現役時代はタイムや順位、大会、充実感、達成感っていうものを目指してやってきました。ある意味、人間の新たな可能性を開拓してきた感じがして楽しかったです。立場が変わって、現役を退いてからは自分と向き合う時間が取れる。今、走っている時間は、悩み事やアイデア作りだったり、自分と真摯に向き合う時間になって。ランナーズハイじゃないですけど、ポジティブな気持ちになるので、いいアイデアが浮かびやすいですし、(自分と)向き合える時間が楽しいです。ダイエットを目標にしたり、終わった後のビールを楽しみにしたり、あとは私自身、他のランナーの方からも教えてもらうことがたくさんあって。

藤木:長距離に対する日本人の気質とのマッチングというか、みんな駅伝やマラソンを観るのも好きですよね。

高橋:普通のスポーツだと勝ち負けがありますよね。でも、マラソンの場合、もちろんトップ争いのほうでは勝った、負けたはありますけど、走った人全員が勝者、ヒーローになれるわけです。ゴールにたどり着いたってだけで、みんなから「すごい!」って讃えてもらえる。それで、“やって良かったな”とか、嬉しい気持ちになれるのがこのスポーツの特徴なのかなと思います。

藤木:市民ランナーも「自己記録を短縮したい」など、ついついタイムを追うようになってしまうと、辛くなってくる部分もありそうだなって思うんですけど。

高橋:まさにその通りなんですよ。走り始めて、完走したことに喜んだ人が、新たな目標で上を向いていったときに、壁に当たってやめてしまったり、怪我をしてやめてしまったりという人も多いんです。そのためにも、知らなきゃいけないことがたくさんあります。走ることだけではなくて、ケアの仕方や体操の仕方、走り方というのをしっかりと伝えられる人がいて、そういった知識を持ってやっていくと、もっと長く自分の思いに添った走りができると思います。そのあたりが、まだ足りていない気はしますね。

<番組概要>
番組名:TOYOTA Athlete Beat
放送日時:毎週土曜 10:00〜10:50
パーソナリティ:藤木直人、伊藤友里
番組Webサイト:http://www.tfm.co.jp/beat/