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あなたは帰り道の電車で居眠りをしていないだろうか。それは夜間の睡眠の質を下げ、体を疲労させる最悪の行為だ。睡眠の専門家である三島和夫氏は、「つらくても『帰りは席が空いても座らない』などと決めたほうがいい」とアドバイスする――。

※本稿は、伊藤和弘・佐田節子著、三島和夫監修、『疲れをとるなら帰りの電車で寝るのをやめなさい』(日経BP社)を一部再編集したものです。
 

昼下がりに電車に乗ると、多くの人が席で居眠りしている姿が目に入る。みなさん、お疲れなのである。

仕事が忙しくて、ろくに眠る時間もないビジネスパーソンの間では、「通勤時間を睡眠にあてています」と言う人も少なからずいる。例えば、家で5時間しか眠れなくても、片道30分ずつ眠れば1日6時間眠れる計算になる、というわけだ。しかし、睡眠時間というものは単純に足し算してもいいのだろうか?

もしそれが可能なら、「夕方に3時間寝た後、深夜に仕事をして、早朝に再び3時間」みたいな分断型はどうなのだろう?

国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所の三島和夫さんに聞いてみた。

■疲れを取るには「浅い眠り」が必要だった

「睡眠は1日合計で何時間取ればいい、というものではありません」と、三島さんは眉をひそめる。

「体にはサーカディアンリズムと呼ばれる周期があり、血圧であれホルモンであれ自律神経であれ、24時間周期のメカニズムで動いています。例えば1日に3回ずつ睡眠を取るというのは、体にとっては(24時間÷3=)8時間の周期で生活することになる。1回の睡眠が3時間で合計9時間を確保したとしても、体の周期とまったく合わない生活が体にいいわけないでしょう」

三島さんはさらに意外な事実を教えてくれた。

「大切なのは、最初に深い徐波(じょは)睡眠が出て後半は浅くなっていく、メジャースリープ(まとまった睡眠)全体の構造を崩さないことです。短時間睡眠でも“深い眠り”は取れますが、問題は“浅い眠り”が取れないことなんです」

脳や体の疲れを取るには、「徐波睡眠」という深い睡眠だけではなく、睡眠の後半になって出てくる「浅(せん)睡眠」も必要なのだ。

徐波睡眠は眠ってから3時間以内に出る状態で、あとは時間とともに眠りが浅くなっていく。3〜4時間しか眠らない寝不足の人でも、実は前半部分の徐波睡眠だけはしっかり取れている。しかしそれでは不十分だから寝不足と呼ばれるのである。

睡眠は脳だけでなく、筋肉や内臓にも必要だ。こちらはある程度眠らないと休めないため、浅い眠りを含めたまとまった睡眠時間が欠かせない。年齢によって必要な睡眠時間は異なるが、おおむね6〜7時間、夜にしっかり眠ることで、血圧が下がり、糖代謝なども改善する。

実際、睡眠時間を削ると、わずか1日でも、筋肉や肝臓が血液中のブドウ糖を取り込むのに必要なインスリンの働きが弱まることが知られている。

「疫学的にも、短時間睡眠を長く続けると、糖尿病や高血圧といった生活習慣病にかかりやすくなることが分かっています」と三島さんは語る。

■どうしても眠いときは仕事中に短い仮眠を

とはいえ、世界的に見てもジャパニーズ・ビジネスパーソンの生活は甘くない。仕事に追われて、十分な睡眠時間を確保できない人も多いだろう。そんなときは「1日1回の睡眠」にこだわっていられない。

「十分なメジャースリープが取れず、日中眠くて仕方がないときは、業務効率の低下や事故を避けるためにも昼寝したほうがいいでしょうね」と言う三島さんに、上手な昼寝のとり方を聞いた。

1. できるだけリラックスした姿勢で

筋肉を弛緩(しかん)させ、心臓の負担を少なくするには「横になる」のが理想的。交感神経が優位な状態から副交感神経が優位な状態への移行も促進される。

とはいえ、オフィスで横になれない場合などは、なるべく上半身を倒し、リラックスした姿勢を心がけるといいそうだ。

2. 時間は30分以内に

眠りに入ってから30分以上たつと、深い徐波睡眠に入ってしまうことが多い。起きてすぐに活動しなければならない場合、「深い睡眠」は禁物だ。目が覚めてもボンヤリして、なかなか仕事に集中できない。「眠くてたまらないときは、10分や20分眠るだけで眠気が取れます」という。

一番の問題は昼にハンパな徐波睡眠を取ってしまうと、夜の徐波睡眠が大幅に減ることだ。「間食を食べすぎて夕飯が食べられなくなった状態」みたいなもので、結果的に夜に十分な徐波睡眠が取れなくなってしまうのだ。

3. 直前にコーヒーを飲む

昼寝によって眠気の解消を図る際には、昼寝の前にコーヒーを飲むと、起きた後の頭がスッキリしやすい。コーヒーに含まれるカフェインには、睡眠誘発物質であるアデノシンをブロックする効果がある。しかし、「カフェインの効果が表れるのは、口に入ってから20〜30分後」と三島さん。つまり、昼寝の直前に飲んでおくと、寝過ぎを防ぎ、ちょうどいいタイミングで目が覚めるというわけだ。

■帰りの電車で眠るのは「最悪」だった

昼寝は時間帯も大切だという。同じ20分眠る場合でも、時間帯が早ければ早いほど、夜のメジャースリープへの影響が少なく、徐波睡眠を減らさないことが分かっている。三島さんによると、「特に午前中の仮眠なら夜の睡眠にほとんど影響しない」という。つまり、昼寝よりも“朝寝”がいい。朝の出社時の通勤電車は睡眠不足を補うにはもってこいの場所ということになる。

一方、帰りの通勤電車で眠るのは最悪だ。

「帰りの電車で眠ってしまうと、家に帰ってから寝付きにくくなるし、徐波睡眠も減って眠の質が非常に悪くなります。いくら眠くてもガマンして、帰宅してから早めにベッドに入るようにしたほうが、睡眠の質が上がって疲れも取れます。この習慣は強く意識したほうがいでしょう。『帰りは席が空いても座らない』と決めることなどもお勧めです。ちょっとつらいでしょうが(笑)」

なお、昼寝をしたほうがいいのは単なる睡眠不足の人たちだけだ。眠りたくても眠れない不眠症に悩んでいるなら、いくら眠くても昼寝は厳禁だ。昼間にちょこちょこ眠って、せっかくの眠気を解消してしまうと、ますます夜に眠れなくなってしまう。
 

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三島 和夫(みしま・かずお)
国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所 精神生理研究部長
1963年生まれ。秋田大学医学部卒業。同医学部精神科学講座助教授、米スタンフォード大学医学部睡眠研究センター客員准教授などを経て、2006年より現職。日本睡眠学会理事。著書に『不眠の悩みを解消する本』、『8時間睡眠のウソ。』、『朝型勤務がダメな理由』など。

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(国立精神・神経医療研究センター部長 三島 和夫 写真=iStock.com)