モバイクの自転車。スマートフォンさえあれば簡単に利用でき、料金も安い(出典:Mobike)

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いまや中国の大都市では「シェア自転車」が普通の光景になっている。だが、そうしたサービスが始まったのは、昨年からだ。なぜ1年あまりで中国各地に広がったのか。爆発的な普及の背景には、中国人の「切迫感」が影響しているという。中国でビジネスを手がける筆者が、そのすさまじさをリポートする――。

最近、中国の都市部を訪れた人は、そこら中で似たデザインの自転車が走っていることに驚くかもしれない。自転車シェアリングが爆発的に普及しているからだ。代表的なサービスは「ofo」(オッフォ)と「Mobike」(モバイク)。オッフォはネット通販大手・アリババ傘下、モバイクは中国最大のSNS「微信(ウィーチャット)」を手がけるテンセント傘下の企業である。

モバイクは、30分以内なら1元(約17円、2017年11月現在)で自転車に乗れるサービスで、好きな場所に返却(乗り捨て)できる。北京、上海など大きな市ごとにサービス展開しているが、行き先は市内だけでなく、例えば深センであれば中心部から約80km離れたドンガンまで行けるので、使い勝手がいい。利用方法も簡単で、スマートフォンでモバイクのアプリを起動すると、自転車のある場所がGPSで地図上に表示される。乗りたい自転車がある場所に行き、自転車に付いているQRコードを読み取るとスマートロックが解除される仕組みだ。あらかじめスマホ決済と連携しているため、支払いは自動的に行われる。

驚くのは、モバイクが普及したその圧倒的なスピードだ。上海でサービスを開始したのが2016年4月。それから約1年後の2017年7月には、中国国内の自転車台数が1600万台に達し、1億人以上が使用している。本連載「中国最新IT・AI事情」第1回では、中国の迅速なAI実験を紹介した。2回目となる今回は、モバイク急成長を例に、シェアリング業界において圧倒的な成長が可能であり、かつ“必然”だった理由をひもといていきたい。

■モバイクの急成長は、ある女性の一言から始まった

私の中国の友人はアルミ部品の開発商社を経営しており、それまでは電機業界を中心に商売をしていただけだった。だが今年6月に、突然モバイク用のアルミ部品を作らないかという引き合いがあり、そのわずか1カ月後に受注が決まり、今年下半期でみるみる売り上げが膨れ上がった。モバイクの急成長に伴ってビジネスが成功した典型例といえよう。

モバイクは初乗り1元という安さと、2次元バーコードで決済できる便利さで爆発的に普及した。創業のきっかけは、ある30代の中国人女性記者が、かねてより思い描いていた自転車シェアリングのアイデアを、エンジニアの友人に話したことだった。彼女のアイデアはすぐに多くの人の興味を引き、まもなく配車サービス「Uber」の上海事業の責任者だった人間を経営陣に迎えたことで、事業として急成長した。

その後ベンチャーキャピタルの投資を受け、深センや北京を中心に急激に普及。2017年に入ってからはテンセントから6億ドル(約70億円)の出資を受けた。テンセントが出資した目的は、モバイクを通じて、人の動線などのビッグデータを収集することではないかと考えられている。

もう一つの大手自転車シェアリング・オッフォは、北京大学のサイクリングチームから生まれたサービスだ。こちらもベンチャーキャピタルから投資を受けたあと、2017年にアリババの出資を受けた。

モバイクとオッフォの成長スピードには圧倒されるばかりだが、その経緯をつぶさに追って行くと、「アイデアをすぐに形にしなければ」という “切迫感”があることに気づく。

 

■「先を越されたら負け」という切迫感

中国では市場が大きく、かつ良いアイデアはすぐに誰かが実行に移す。だから、仮に良いアイデアを持っていたしても、誰かにまねされて先を越されれば意味がない。「私もそれ、考えていたのに!」と後から訴えても、誰も耳を貸してはくれないのだ。

これまでのビジネスでは、「やる前にまず考える」というのが当たり前だった。例えばファッション業界に参入する場合、どんな服を/どんな人に/どうやって届けるか、ということを市場調査で把握し、実験を繰り返した上でできるだけ失敗しないようにやる。それが成功への近道だった。

ところが、モバイクのようなシェアリングサービスや、スマホアプリで提供されるネット系サービスでは、市場のシェアは急速に伸ばせば伸ばすほど良い。日本で言えば、メルカリなどのフリマアプリや、LINEなどのチャットアプリがまさにその代表例だ。シェアが伸びれば伸びるほど、ユーザーは自然と「他の人が使っているから使いたい(使わざるをえない)」と思うようになる。他に使っている人が多ければ多いほど、ユーザー自身が便利になるサービスだからだ。

そういったサービスにおいては、たとえ未完成のものでもさっさと市場に出し、いち早くシェアを伸ばす必要がある。“時間をかけて考える”というこれまでの正解が、シェアリングサービスでは間違いになってしまうのだ。だからモバイクやオッフォは「短期間で成長した」というよりは、「短期間で成長せざるを得なかった」と言った方が正しい。

中国で起業する人はみな、このロジックを痛いほど理解している。だから、何か新しいビジネスを思いついたら選択肢は2つしかない。「今すぐやる」か、「諦める」かのどちらかしかないのだ。

■投資でもうけようとする中国人

モバイクが急成長したのは、中国のビジネス界や社会全体に「投資でもうける感覚」が強いことも背景にある。中国では起業が一般化しており、会社をつくるときや新しいビジネスを始めるときには、その家族や友人・知人が初期投資をしてくれることが多い。これは善意でやっているというよりは、その会社をともに大きくして、そのリターンを得ようという“WIN−WIN”の意識によるものだ。

日本では、「お金をもうける=コストを抑えて売り上げを伸ばす」という感覚が一般的だ。もちろん中国にもその考えはあるが、「新しいアイデアで会社を興す→資産としての会社を成長させる→会社を売却してもうける」という、シリコンバレー流の「資本主義の原点」ともいえる考え方が、急速に浸透しているのを感じる。

これはどういうことか。イチからベンチャーを起こすのは数百万円もあれば十分だ。その資金は家族や友人・知人などから集める。その後、会社が大きくなり、たとえば毎年1億円の利益が出るようになれば、その会社には何十億円分もの価値がつく。創業者だけでなく、創業時に出資した人たちは、元手の何十倍何百倍もの価値を手に入れることができる。利益に応じて配当も支払われるだろうし、上場すれば株式を高値で売却することもできる。創業者であれば会社ごと売却してもいいだろう。これがベンチャー投資でもうけるという基本的なロジックだ。

日本人は「会社を売買する」という感覚にあまりなじみがない上、創業から何十年もたった老舗企業に価値を見いだす人が多いため、例えばホンハイにシャープが買収されるというのは、まるで国を乗っ取られたかのような敗北感が漂うが、中国人のマインドとしては、会社を売るというのは、資本主義の原則に従っているだけで、決して悪いことではない。

多くの中国人がシリコンバレーから帰国してビジネスを行っていることや、上記のロジックに沿ったベンチャーキャピタルのようなリスクマネーが急速に増えたことが、「(ベンチャーに)投資する=お金もうけ」という考えに拍車をかけている。モバイクにベンチャーキャピタルからの投資が集中したのは、そういったシンプルな理由も背景にある。

■「情報=金」という感覚

上場企業で株を売買するときも、どの会社の株が上がるか、下がるかという読みがもうけを決める。それがベンチャー投資の場合、成功すると何十倍・何百倍の利益となるが、失敗すればゼロになるので、企業に関する情報の重要度は計り知れない。

ゆえに、いかに良い情報をたくさん集めるかというところが、ベンチャー投資における鍵になる。例えば、中国では民生ロボットを開発するベンチャー企業が続出しており、それと同時に民生ロボットに特化して販売を行う会社も出てきている。表向きはただの販売店だが、深センで起業している友人に聞くと、どういうロボットが売れるのかを自らの店舗情報から読み取り、販売しているロボットの開発企業か、同じようなロボットをつくっている企業へ投資していくために経営しているのではないかとのことだ。

投資に必要な情報の行き着く先が、ビッグデータだ。中国でスマホ決済を手がける企業には、何億人という単位で、どういう行動を取り、何を購入しているかという個人情報が集まっている。人々の動態がわかれば、どういうサービスや企業が大きくなるかが予測できるため、ビックデータを持っている企業は投資に強い。モバイクを買収したテンセント、オッフォを買収したアリババがまさにそういった企業であり、こうして次々とベンチャー企業に投資して業態を拡大していくのだ。このような大手IT企業による投資・買収が、今中国ビジネスで起こっている一番大きな流れだろう。

■一方で見直されている「匠(たくみ)の精神」

私が中国に住んでいた10年ほど前までは、多くの中国人が日本製品に対しある種の敬意を抱いていた。しかし今年、私が何度か中国を訪れたときに日本製品を褒めてくれたのは、60歳を超えたタクシー運転手だけだった。それも、昔話としてだ。

Uberのようなシェアリングタクシーが急速に普及する中、そのタクシー運転手は昔と変わらないオンボロ車で、10年前と同程度の料金で乗客を乗せていた。中国における新旧の世界のコントラストが明瞭に現れているようで、果たして10年後の日本はどちらの姿なのかと思いをはせると、不安を感じる。

ただ、日本には日本の強さがあるのも確かだ。中国は「スピード第一」な一方で、それだけではだめだという風潮も出てきている。その代表が「工匠(ゴンジァン)精神」だ。日本語でいう「匠の精神」のことで、日本の伝統的なものづくりも中国で見直されてきているという。そのことを知り私は、日本に残る「匠の精神」や、一つのことに粘り強く取り組む姿勢のなかに、ものづくりに限らずITやAI分野においても、日本が世界のなかで生きていく道があるのかもしれないと希望を抱いている。

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菅原伸昭(すがはら・のぶあき)
iROHA 共同代表取締役及びオイラーインターナショナル共同代表。1969年生まれ。91年京都大学卒業、日商岩井入社。96年 中国語学短期留学の後、キーエンス入社、1999年台湾現法設立、2001年 中国現法設立、責任者として中国事業拡大に貢献。その後アメリカ法人責任者を経て帰国後、2014年よりTHK 執行役員 事業戦略責任者。2017年より産業用のAIを開発するベンチャー企業を設立、現在に至る。(連絡先:nobu.sugahara@iroha2017.com)

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(iROHA 共同代表取締役/オイラーインターナショナル共同代表 菅原 伸昭)