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「#MeToo」の参考にもなると思います!

最近、世界的な広がりを見せているハッシュタグ「#MeToo」の運動。これは勇気ある告発に私もつづくという意志表示の証で、埋もれてきたハラスメントや虐待を勇気を持って告発していくという誓いのタグだそうです。

昨今の大相撲デンモクボコボコ事件なども、これ自体は明らかな傷害であり刑事事件なのですが、「#MeToo」の精神と通ずるところがある動きのように感じます。古く、閉鎖的な角界のなかで公然と行なわれてきたハラスメントに相当する因習を、勇気を持って正しにいく。組織からの圧力に屈せず立ち向かう。そういった戦いと見ることもできるだろうと。

そうした戦いにあたり、貴乃花親方の振る舞いというのは非常に参考になるものでした。貴乃花親方自身が歴史上でも十指に入る大横綱であるという「強さ」が根底にあったとは言え、協会・マスコミあらゆるところから刺客が押し寄せるなか、敢然と立ち向かった姿勢。その揺るぎなさ。これからまさに勇気を持とうとする人にも大いに参考になるものと思います。ぜひ「私も」の際には、ご活用いただければと思います。

速やかに第三者に知らせる

何よりも大切なことは、組織や人間関係の外に問題を持ち出すことです。内部処理ではどうしても「事なかれ」になりがち。その「事なかれ」とは、組織にとっての事なかれであり、それはほとんどの場合において「被害者にガマンを強いる」という意味です。

たとえば仕事ができる上役のセクハラであれば、被害者である女子社員のほうに「お前もそれで取り入ろうとしていたんだろう」などという二次被害のような難癖までつくでしょう。そして、組織の論理で非難され、組織に反目したとして逆に詰められる。そして握りつぶされる。

しかし、それは組織の中だけで通じる話。一旦、問題が外に持ち出されれば、無関係な世間には組織の圧力は通じません。どれだけ仕事ができようが、どれだけイイ人であろうが、問題だけを見て判断される。「つらい」と思ったら即通報。自分が「つらい」なら、その時点で戦いの合図です。被害届を出せば、警察も話くらい聞きにくるでしょう。警察がきただけでも敵は震えるものです。

↓「いきなり警察」でOK!あるいは「いきなり弁護士」でもOK!だって、その人らはプロの第三者だから!


「人事部」とかは全然頼りにならないので無駄!

だって、人事部にとって社内の揉め事は「面倒事」だもの!

人事部とは「性能がよくて雑に使っても壊れない部品を安く調達する」ための仕事です!

文句言ってくる時点で人事部的には不良品なのです!

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問題を明るみにしたあとは余計なことを言わない

問題を明るみにしたあと、必ず自分への反撃がやってきます。それは面白半分の野次もあり、敵からの情報操作もあります。ときには過去の発言をほじくられて人格攻撃を受けることもあるでしょう。「右翼!」「宗教!」「女装カレンダー!」「ストール!」と。

しかし、肝心なのは「問題」であり、それを否定できる状況でなければ、敵はやがて滅びに至ります。反撃にいちいち再反撃する意味はありません。むしろ、反撃への再反撃にボロがあれば、敵は喜んでそこを突いてくる。そして「コイツにもボロがある」ことだけを連呼するようになります。それでは肝心の「問題」が薄れてしまう。

結局、世間というのは大半において、深いところまで経緯を追いかけたりはしないのです。上っ面の一番印象の強いところだけをなぞり、あらぬ方向に事態を転がしていきます。それを避けるにはまず自分が動かないこと。強く、確かな主張を明るみに出し、それだけを繰り返すこと。言うべきことは「こういうことがあった」「絶対に許せない」「その反撃はウソです」だけで十二分です。

↓たとえ『ヤバい』と言われても、外野の野次に余計な反応はしないが吉!


反応したら面白くなっちゃうかもしれないからね!

そして、そっちが主戦場になったり!

身内ヅラする者に気を許さない

当人が動かず、粛々と第三者の手続きが進んでいくとき、次に狙われるのは周辺です。特に「身内ヅラ」しているところにこそ危険はあります。懇意にしている寺の坊主に近況報告をすれば、必ず寺の坊主はそのメールを漏らします。不特定多数の人と会えば、必ずその音声や動画が漏れます。そして、その情報をもとにボロを探す輩が出ます。「身内ヅラ」に気を抜いてはいけない。

また、身内ヅラしているところから、余計な援護などが飛び出し、状況が悪くなるケースもあります。「本当はデンモクだけど、ちょっと盛ってアイスピックと言っちゃう関係者」とか、「被害者と話してもいないのに話したかのような素振りでペラペラしゃべるモンゴル人」とか。

戦いは孤独なものです。だから、立つのは怖い。だから、身内ヅラにもすがりたくなる。しかし、「身内と身内ヅラ」は別物です。身内とは、その戦いに自分の人生をともに賭けてくれる人までです。何かあったとき「あー、負けたなー」と思って立ち去るだけで済む人は、戦いの計算に入れてはいけない。育ててくれた親、青春を共にした友だち、パートナー、子ども、愛でつながった人が頼り。中途半端に身近な人よりはむしろまるっきりの第三者のほうが頼りになります。

↓坊主がメールをダダ漏れさせるこんな世の中じゃ、教会の神父に懺悔してもダダ漏れしそうな気がする!


うかつにメールも送れない!

教え子がデンモクで殴られていても止めてくれない校長とか、頼りになりそうでならない輩が多い!

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無駄に姿を見せない

戦っている最中だってメシは食うでしょう。映画も見るでしょう。談笑もするでしょう。落ち込んでいるからといって24時間それがつづくわけではなく、元気そうだからといって傷ついていないわけではない。加害者と会ったときに、愛想笑いが漏れることもあるかもしれません。

しかし、その断片を都合よく切り取る輩というのはいます。「殴られた翌日も元気に笑っていたじゃないか」とか断片的な写真を持ち出されたり。それを避けるには、必要がないときは身を隠すのが一番。もちろん出社しなければいけないとか事情もあるかもしれませんが、そのときは感情を押し殺し、用件以外は語らず、無表情・無感動に徹する。

笑っても、怒っても、ロクなことはありません。笑えば「被害感情がなさそう」に見え、怒れば「お前も態度が悪い」と同列にみなされる。写真を撮ろうと狙っている連中がたくさんいるのなら、窓に段ボールを貼るくらいしたほうがいいでしょう。寝転がって映画見ながらポッキー食べてる写真でも撮られたら、めっちゃ元気そうに見えますからね。そうでもしないとやってられないくらい辛いのだ…などとは理解してくれませんから。

↓自己を制御できるならときどき姿を見せてもOK!


どんな感情なのかまったく読み取れない完璧な制御!

怒りとも悲しみとも言えない「無」!

やり取りは文書で

必要なやり取りは文書がいいでしょう。もちろん動画や音声でも「言った・言わない」は避けられますが、動画や音声というのは決して絶対のものではありません。感情的になることもあります。そして、これは意外とみんな気づいていないことですが、自分の想いを正しく言葉で表現するのは難しいことなのです。

絵を描くのと同じようなこと。こう描きたいとイメージしているものと、実際のできあがりは結構違います。言葉だってそうです。まとまりきらなかったり、ウソをついてしまったり、意外とあてにならない。インタビューなどでも、書き起こしたものを本人に見せれば「いや、こうじゃないな…」というところがたくさんあるはずです。

その点、文書であれば送る前に何度も読むことができます。そして、自分の想いに届いた文章になったら送ればいい。言った・言わないも避けられますし、第三者に確認させることも容易です。動画や音声は全部チェックしないと文脈が確認できませんが、文書なら相当量のものでも短時間で確認できます。文書にボロが出るくらいなら、ほかのところはもっとボロボロでしょうし。

↓「警察」なのか「検察」なのかも、最初から文書でやり取りをしていれば確実だった!


「世の中には警察というものと」
「検察というものがあり」
「捜査と言うと警察のような気がするが」
「検察のほうでももう一回調べがあり」
「起訴するかどうかという意味では」
「検察の判断が大事だったりするので」
「もしかしてあなたがイメージしているのは」
「検察のほうじゃないかと思うのです」
「くわしくは景子さんに聞いてもらうとして」
「要はどこまでいったら協力するのか」
「具体的に文書でお答えいただきたく」
「コレだというものを黒のペンで丸で囲み」
「それ以外のものは二重線で消して」
「ご返送いただければと思います」
「以下、選択肢となります」
「警察の捜査が終わったら応じる(書類送検)」
「検察の捜査が終わったら応じる(起訴など)」
「公判が終わったら応じる(裁判のこと)」
「その他(具体的にご記載ください)」
「ご回答期限:●月▲日消印有効」

会話だけで話を進められても困る!

人間って、自分で言ったことも、よく覚えてないから!

なんか全体的に敵を増やしそうなやり方に思えるかもしれません。しかし、そもそも敵がいるから戦いは始まるのです。敵が増える行動は、味方が増える行動でもある。どうせ組織の中には敵しかいないのなら、組織の外から五分五分で味方と敵を取り込んだほうが、状況はマシになるのです。まずは表に出ること。これからは「表に出ろ!」で戦いが始まるのではなく、「表に出る!」で始まる…そんな世の中になると健全なように思うのです。

「敵に十分な報告をしなかった罪で敵に撃たれる」のは戦略的覚悟!