米国人が戦々恐々としているネット中立性の撤廃とは何が問題なのか(写真:master1305/PIXTA)

「この規制が撤廃されたら大変なことになる」――。今、米国ではフェイスブックを開くと、こんな投稿をしている人を多く見掛ける。「この規制」とは、「ネットワークの中立性(Network Neutrality)」のことである。

「ネット中立性」とは、インターネットの通信を誰にとっても開かれた、公平でオープンなものに保とうという原則。逆にいえば、どのコンテンツも平等に扱うという規制で、前バラク・オバマ政権時の2015年に、明確に定められた。

FCC新委員長が撤廃方針を発表

ドナルド・トランプ政権になって以降、この規制の撤廃が取りざたされてきたが、ついに事態が動いた。トランプ大統領に指名された連邦通信委員会(FCC)のアジット・パイ新委員長が、11月24日に規制の撤廃に向けた方針を発表したのである。

パブリックコメント期間を経て12月14日に採決される予定だが、共和党派が多数を占めるFCC委員による投票で同提案が選ばれる見通しが大なのである。これによって、通信会社が特定のコンテンツの配信速度を遅くしたり、早くしたりすることが可能になる。

ネットの中立性は、わかりにくい問題だ。インターネットの仕組み自体が、われわれ一般の消費者にとってよく見えないからだ。

だが、規制に撤廃されると、米国のネットユーザーにも影響が及ぶ可能性が大きい。たとえば、あるオンラインゲームの動きは遅いのに、別のゲームは速いとか、これまで見てきた映像のストリーミングサービスの利用料金が上がった、といったことが実際に起こるかもしれないのだ。

高速道路を通行させるのに、金持ちの車は優先して高速車線に導き、貧乏人の車は低速車線しか走れない。金持ちは、高い料金を払うことができるので優遇されるが、そんなカネのない車は混み合った車線で渋滞に巻き込まれる――。ネット中立性の撤廃で起こるかもしれない問題を簡単に例えてみるとこんな感じだろう。

つまり、ネット回線の利用者であるインターネットのコンテンツ会社やサービス会社に対して、通信会社は高速を保ちたければ「高いカネを払え」と要求するといったことが起こるかもしれない。料金による違いでなくとも、競合会社のコンテンツや政治的に受け入れられないサイトの通信速度を意図的に遅くするといった差別化も起こりうる。

2015年の規制では、インターネット・サービス・プロバイダ(ISP)と呼ばれる通信会社が、「コモン・キャリア」というカテゴリーに分類されたことが大きな特徴だ。コモン・キャリアとは、公共的な意味を持つインフラと同意である。ガス、水道、電気などが誰にとっても基本料金が同じで利用者を平等に扱っている、それと同じ規制を通信会社に課したのである。古くは、鉄道や船を対象に用いられた用語だ。

規制が撤廃されると実際どうなるのか

ところが、FCCのパイ新委員長は就任以来、「1930年代の考え方を、現在のブロードバンドに適用するのは間違い」と述べ、ネット中立性規制のせいで、通信会社は十分な設備投資を行うことができなかったと説明してきた。また、規制撤廃はするが、「ゼロ規制にするのではなく、規制をライトタッチにするだけ」とも言う。

共和党は小さい政府を目指し、政府による規制を最小限化しようとするプロビジネス派だ。加えて、オバマ大統領時代の規制を何かと潰しにかかっているトランプ政権下では、撤廃となれば大きな手柄だ。

そればかりか、パイ委員長はFCCに移籍する前は通信会社大手ベライゾンの弁護士を務めていた。規制撤廃が古巣への大きなプレゼントになることは間違いない。ベライゾン、AT&T、コムキャスト、コックス、チャーター、センチュリーリンクなどの通信会社は、今回の撤廃案を、もろ手を上げて歓迎している。

ネットの中立性が保護されなくなれば、先述したようなえこひいきや、料金高騰が予想されるだけでなく、スタートアップが成功するイノベーションの環境も危うくなる。資金がなければ、ネット回線を十分に利用できなくなるからだ。

これまでは資金に乏しいスタートアップでも、アイデアと開発力で何百万人もの利用者を集めるサービスを打ち立てることが可能だった。だが、中立性がなくなれば、ビジネスの既成権力が環境を牛耳って参入障壁が高くなり、そんな奇跡は起こりにくくなるだろう。

パイ委員長は、「オープンなインターネットを支持する」と主張するものの、その保証はない。すでに同委員長下では、通信会社の抜け道的なサービスがいろいろまかり通っている。

たとえば、ある通信会社に契約していれば、同社が運営する自社のストリーミングサービス視聴は利用データに含まないなどがそれにあたる。競合会社を妨害はしないが、自社サービスは優遇する「ゼロレーティング」と呼ばれるやり方だ。

ネット企業はそろって大反発

撤廃案に対しては、回線利用者側であるグーグル、アマゾン、フェイスブック、マイクロソフト、ネットフリックスなどがそろって反対の立場を表明している。たとえば、グーグルは「現状の規制はうまくまわっている」と声明で発表。フェイスブックのエリン・イーガン副社長も、「本日FCCが発表した新案にたいへん落胆している。撤廃案は、これまで誰にとってもオープンだったネットの中立性の原則を脅かす」との声明を出した。

英BBCによると、米国の中小企業約1000社も共同でFCCに対してオープンレターを発表し、「米国のスタートアップのエコシステムが成功するか否かは、ブロードバンドの速度にかかっている」と訴えた。「ネット中立性がなければ、既存の事業者が(スタートアップの中で)誰が勝者になって誰が敗者になるか、コントロールできるようになってしまう」。

また、言論の自由を求めるNPOであるアメリカ自由人権協会(ACLU)も、この動きは言論の自由を妨げる問題であるうえ、消費者のネット上の行動をモニターするプライバシー侵害の懸念もあるとしている。

ネットの確立自体にかかわってきた学者やテクノロジー関係者には、ネットを平等でオープンな理想の場に守りたいとする声が当然高い。ネットからそんな中立性が奪われるのか。審判は12月14日に下る。日本にとっては「関係ない話」かもしれない。しかし、日本でも通信速度をめぐる通信業者とコンテンツ配信側の議論はこれまでもなかったわけではない。いずれ日本でもこうした議論が起こりかねないことを考えると、米国の動きを注視しておくべきだろう。