破綻企業に共通する傾向とは?(撮影:今井康一)

自覚症状がないまま進行し、気づくと命にかかわる状態に至らしめている「サイレントキラー」。日本企業には、それが発動するメカニズムに陥りやすい文化的な「癖」が見られると、カネボウなどの再建に携わってきた小城武彦氏は語る。
小城氏は東京大学大学院の博士課程で行った実証研究を通じて、この仮説の検証を行っており、その詳細は著書『衰退の法則』にまとめられている。かつての産業再生機構でタッグを組んだ冨山和彦氏と、破綻企業に共通する傾向とその解決策について語り合った。


冨山:企業の栄枯盛衰を見ながら、現場の深いところで戦ってきた人間として言わせてもらうと、戦略論の99.9%はまったく役に立たない。企業小説も表層的です。「なぜ」を4〜5回繰り返して、企業が陥る病の神髄に近づいている本はめったにない。

その点、小城さんの『衰退の法則』は科学的なアプローチで、そうした本質に触れている数少ない本だと思う。経営者や将来的に企業経営にかかわりたい人は必ず読んだほうがいい。

小城:ありがとうございます。

冨山:特に面白かったのが文化心理学の部分かな。これは経営学にも十分に応用できるよね。

内向きになる文化的傾向

小城:そうなのです。この分野はもっと知られてよいと思います。本の中でも引用しましたが、カナダのアルバータ大学の増田貴彦先生が興味深い実験を行っています。中心に笑顔の人物がいて、その周りの人々が笑顔であるパターンと、冴えない表情であるパターンの2つの絵を見せて、中心の人物の感情を推測させるのです。北米人の被験者はどちらの絵も中心人物は「ご機嫌だ」と答えますが、東アジア人は周囲との間合いを見るので、周囲の人が笑っていない絵は「微妙だ」と解釈する。


2番君の今の気持ちは?(出所:増田貴彦氏の許諾により掲載)

冨山:日本企業の底流には、周囲との調和を重んじる集団個性がある――それは日本企業が陥る病理の傾向にも通じる分析といえますね。

小城:はい。特に北米人と東アジア人は、自己についての考え方(自己観)が違うといわれているのです。北米人は「相互独立的自己観」が強く、個人はほかと切り離され、独立に存続する主体だと考える。自分自身の誇るべき特徴を見いだし、外へ表現し、その特徴の存在を自ら確証することが一人前の証しだと。

一方、東アジア人は「相互協調的自己観」が強く、意味のある社会的関係に所属し、相応の位置を占め、ほかの人々と協調的な関係を持続できることを一人前とする傾向があり、こうした自己観の差異がさまざまな心理・行動傾向の違いに表れ、文化心理学では豊富な実証が蓄積されています。日本企業が内向きになる背景には、こうした文化的な傾向があるのでしょうね。

どのように衰退惹起サイクルが起こるのか

小城:たとえば、非オーナー系企業が陥る衰退のパターンを見ると、経営陣の意思決定プロセスが予定調和的で、ガチンコの議論を好まない。ミドルはそれに資する妥協的な社内調整に励みます。いわゆる「忖度」と社内調整を行い、派閥に所属し、出すぎなくて気が利く人が出世する。偉くなる人は力のある人が一本釣りするのですが、そうやって出来上がった経営陣は、社内政治には強い一方で、残念ながら経営リテラシーや実務能力が低い。この衰退惹起(じゃっき)サイクルがぐるぐると回るのです。


冨山:自己適応してしまうわけだ。

小城:しかも個々人にはまったく悪気はなく、一生懸命にサイクルを回していく。そして環境変化が起きると、この構造がサイレントキラーとなってしまう。みんな内向きで、危機感も経営リテラシーもなく、事業構造改革ができない。誰かが反対すれば、意思決定すらできなくなる。環境変化に応じてハンドルを切ることができない呪縛が組織全体を覆ってしまっている。

冨山:その一方で、環境が安定しているときは、それと同じ構造のおかげで繁栄した企業も多いのでは。

小城:そのとおり。政治力が強い人には人間的な魅力もあります。進むべき道がまっすぐに見えているときは、そういう人が掛け声をかけて、みんなが一斉に突き進むことで、業績が伸びたりするのです。

冨山:僕がアメリカに留学した1991年ごろは、相互協調的なところが日本企業の強さの理由とされていましたね。集団共同作業が生産活動の軸で、かつ、質的変化を伴わず量的成長だけを追う時代は、相互協調的な傾向と相性がよく、日本の製造業が世界を席巻した。一方、相互独立的なアメリカ人の生産現場はまとまらず、アメリカの自動車産業が衰えたのだ、と。


冨山和彦(とやま かずひこ)/経営共創基盤(IGPI)、代表取締役CEO 1960年生まれ、東京大学法学部卒業、スタンフォード大学経営学修士(MBA)、司法試験合格。ボストンコンサルティンググループ、コーポレイトディレクション代表取締役を経て、2003年に産業再生機構設立時に参画し、COOに就任。解散後、IGPIを設立。パナソニック社外取締役、東京電力ホールディングス社外取締役、経済同友会副代表幹事。財務省財政制度等審議会委員、内閣府税制調査会特別委員、内閣官房まち・ひと・しごと創生会議有識者、内閣府総合科学技術・イノベーション会議基本計画専門調査会委員、金融庁スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議委員、経済産業省産業構造審議会新産業構造部会委員などを務める(撮影:今井康一)

ところが、グローバル化とデジタル革命が起こってアメリカは復活し、ジャパン・アズ・ナンバーワンが吹っ飛んだ。カネボウなど、その波をもろにかぶった企業でしょう。

次に起こった罠は、バブル崩壊後に、すり合わせ論や日本の製造業の強さの源泉といった議論がはやったこと。相互協調が大事だという思想的な潮流になったことが、古い日本的経営を延命させたと、僕は思うのです。中途半端に肯定して、古い戦い方で対抗し、サイレントキラーという構造的欠陥から目を背けた。

とはいえ、個々の事業部単位や機能単位に限って見れば、日本型の衰退惹起サイクルはいまだに有効なのかもしれません。

小城:確かに現場はこの構造で回り続ける部分があるとしても、経営判断がそれと同じではまずいですよね。

こうしたパターンに陥っているなと、思い当たる会社はありますか。

冨山:かつてのソニーがそうだと思う。独立的自己観の塊のような経営者が率いるアップルにやられてしまった。ソニーはどちらかといえば北米的イメージの企業だったけど、一皮むくと、極めて相互協調的自己観の集団だったことが明らかになりました。

電機産業は、デジタル化とグローバル化のダブルパンチを食らい、サイレントキラー・シンドロームが最も起こりやすかったため、ほぼ全滅状態になってしまった。たぶん、質的環境変化は産業ごとに順繰りに訪れるものなのでしょう。連続な変化が起きれば、みんな必ずこの問題に直面するはずです。今後、深刻化しそうなのが機械、自動車、重電など。特に、自動車産業がサイレントキラーにやられると、日本のGDPに与える影響が大きいので心配ですね。

不連続な変化に気づける企業、気づけない企業

小城:問題が生じるタイミングは業種ごとに異なるので、早く変化に気づくことが大切になりますよね。

冨山:洪水の際にも、浸水するまでまずいとは思わないものです。予兆を感じた時点で質的転換が必要ですが、経営者は過去の成功体験があるので、何とかなると思ってしまう。実際に、本当に転換すべきタイミングを過ぎても、5年くらいは持ちこたえますから。

小城:サラリーマン経営者は任期を終えれば、逃げ切れますしね。

冨山:パナソニックなどは必死に変わろうとしていますが、これはマルチビジネスであることも大きいと思う。一部ビジネスで完膚なきまでやられているので、ほかの事業も絶対に安泰だとは、経営者が思わなくなる。

少なくとも、パナソニック、日立、三菱電機などはそうした危機感を持っている。いちばん鈍かったのが東芝で、その温度差が現象として現れたような気がします。

小城:深刻な影響が出る前に、どうやったら変革のハンドルを切れるケイパビリティ(全体として持つ組織能力)を身に付けられるかが、次の課題ですね。冨山さんがかかわられたコーポレートガバナンス・コードに「独立社外取締役」の項目がありますが、これが1つの鍵になると思っています。要するに、空気をあえて読まない人を入れ、予定調和を壊す工夫をする。

冨山:そのときには、数量的なディシプリンがある程度、効いたほうがいいので、ROEなどで圧力をかける。もう1つは、小城さんの専門領域だと思いますが、人材面からのディシプリンが働かないと、みんな本気で変わろうとはしません。

プレッシャーをかけて、予定調和を打ち破れ!


小城武彦(おぎ たけひこ)/日本人材機構代表取締役社長 1961年生まれ。1984年東京大学卒業、通商産業省(現・経済産業省)入省。1991年プリンストン大学ウッドローウィルソン大学院修了(国際関係論専攻)。1997年カルチュア・コンビニエンス・クラブ入社、代表取締役常務などを経て、2004年産業再生機構入社、カネボウ代表執行役社長(出向)。2007年丸善(現・丸善CHIホールディングス)代表取締役社長を経て、2015年より現職。2016年に東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。博士(経済学)。西武ホールディングスとミスミグループ本社の社外取締役、金融庁参与を兼務(撮影:今井康一)

冨山:最近気づいたのですが、愛社精神や仲間意識が旺盛なザ・ジャパニーズ・カンパニーで、かつマルチビジネスの場合、全社が傾く前に一部の事業が衰え始めることが多い。ポートフォリオを入れ替えてその事業を売却する手もあるけれども、事業モデルを転換して生き返ることもある。後者を志向するときに有効なのが、「本気で売却するぞ」という動きに出ること。

小城:相互協調的自己観が破壊されるのではないかという、危機感を抱かせるのですね。

冨山:社内の人にとって、帰属している共同体とは文化、価値観、世界観、評価方法がまったく異質の企業に売り飛ばされるのは、悪夢中の悪夢。そうなるくらいならROEが10%を超えるところまでは、歯を食いしばってでも変革を遂げようとする。ただし、口先だけでなく、本気だと示すために、売却準備の行動も実際にとらなくてはならないけどね。

小城:外部機関によるヒアリングなどが始まれば、これはまずいと思うわけかぁ。となると、冨山さんのような人が社外取締役に座って、自社の経営陣ならやりかねないと思わせることが必要ですね。

冨山:そうそう。社長を動かして、猛烈な勢いでやりかねないと思わせる。あとは毎月、この事業は売却だと1年かけて言い続ける。分社化でもしようものなら、「売却の準備らしい」といったうわさが立ち、みんなも必死になります。

小城:日本的で興味深いですね。そうやって懸命に取り組んでいくうちに、ふと気づくと、極めていい会社になっているとか。

冨山:ただ、経営人材の質量がそろっていない場合、そういう強硬策はただのイジメになってしまう。相互協調的な部分や共感性を否定するのではなく、それを持ち合わせながらも、ボードとしては相互協調的な自己観と対峙する。ボードはそもそも境界線上にいるわけですから、その立場を反映して、「皆さんは相互協調的自己観から放り出されますよ」と圧力をかけるというわけ。

こうした圧力で動く構造は、日本の歴史とも重なる面がある。白村江の戦いで負けて大騒ぎになり、律令国家の建設が進んで「日本」国が誕生したように、日本的改革はその繰り返し。このメンタリティはそう簡単には変わらない。だとすれば、変わらないことを前提とし、サイレントキラー抑制のために、この特性を逆手にとらないといけません。

小城:衰退惹起サイクルが回ると、社内ではなかなか止められません。面白いことに、みんな自社の業績が下がっていることを十分に認識していて、内心では「やばい」と思っている。けれども、誰も下降を止めようとしない。外部の血を入れないと、サイクルは壊せない。そこで社外取締役が大事になるのですが、社長の友達など、相互協調的な人が起用されることもまだまだ多いと感じます。

冨山:相互独立型で実行できる人材にしたほうがいいですね。特にグローバル競争の場合、アメリカの労働市場で優秀な人材をとろうとすると、相互独立的自己観タイプの出現率が高いので、組織の思考サイドの基本構造としては、両方の自己観を共存できる組織体にしておかないといけない。

おそらく東アジアの中でも、日本が最も相互協調的で、中国はそこまででもない。ヨーロッパはアメリカと日本の中間くらい。つまり、組織の平均値は真ん中にしないと、よい人材を維持できず、グローバルでは戦えない。

グローバル時代の肝は人的兵站

冨山:複線的な文化性を持てないなら、フル・グローバリゼーション・モデルは下手にやらないほうがいい。昔の帝国陸海軍のように兵站(ロジスティクス)が伸びきって、ひどい目に遭いますから。グローバルに展開したのに、経営できる人材がいない。企業を買収しても優秀な人材が辞めてしまい、本社から送り込める人材もいない。平時の人事体系は、日本の相互協調的に合った体系になっているので、いい人材が採れないし、育たない。

小城:グローバル展開のときは、文化心理学を理解しておくことは大切だと思いますね。海外に出ると何が起こりそうかを、少なくともマネジメントは把握しておかなくてはなりません。

冨山:日本企業にはよくない成功体験があります。高度成長期からバブル崩壊まで、日本企業はモノにモノを言わせるやり方で国際化してきたのです。つまり、いいものを安く作って輸出するモデルで、いい人材がいなくても、現地に販社を出して、優秀なセールスレップを雇えば、商品を売ってくれた。モノが圧倒的だったのです。しかし今は、世界中で開発し、販売する時代です。適切な経営者が各地域を見なくてはなりません。

相互独立的タイプのプレーヤーを相手にするには、組織文化において異次元の進化を遂げないと。それを促すのは、社外取締役の役割だと思う。ボードに違う遺伝子を入れて、その後で執行サイドに違う遺伝子を入れる。「急がば回れ」がいちばんの早道でしょう。

(構成:渡部典子)