株の不公正取引が増加している(撮影:尾形文繁)

有価証券の取引に関する課徴金勧告と刑事告発の総件数は前年度に比べて3割も増加。不公正取引に対する勧告件数に至っては過去最多を更新――。証券取引等監視委員会が公表した2016年度の活動状況からは、個人投資家を「貯蓄から投資へ」から遠ざけかねない、証券取引の"不都合な真実"が浮き彫りとなった。

インサイダー取引が増加

証券監視委によると、2016年度の勧告・告発の総件数は63件と、前年度の49件から大幅に増加した。総件数を大きく引き上げたのは、不公正取引に関する課徴金勧告だ。2015年度は35件だったものが、2016年度は51件と急増。2009年度の43件を抜き、過去最多を更新した。


51件のうち、インサイダー取引に関するものが43件だった。こちらも2009年度の38件を抜いて、過去最多の件数となった。構成要件としては、業務提携に関するものが33.3%、公開買い付けなどに関するものが22.2%と続いた。



ROE重視で業務提携による資本異動が活発に

その背景にあると証券監視委が見ているのは、ROE(自己資本利益率)重視の企業経営が広がる中、そうした流れを悪用する動きが拡大しているという事情だ。

ROEとは、株主が出資した自己資本をどれだけ効率的に利用し、利益を上げることができたかを示す指標。2000年代に入って外国人投資家をはじめとする株主の発言力が増す中で、ROEを重視する姿勢を打ち出す企業が増加してきた。

さらに、2014年8月には経済産業省が「伊藤レポート」を公表。「グローバルな投資家との対話では8%を上回るROEを最低ラインとし、より高い水準を目指すべき」との提案がなされた。また、2015年3月に金融庁と東京証券取引所が「コーポレートガバナンス・コード」を取りまとめ、上場企業に対して収益力や資本効率の改善などを求めた結果、4割以上の上場企業がROEの向上を経営指標に掲げるようになった。

ROEを高めるには、分子である純利益を増加させるか、分母である自己資本を減らす必要がある。地道に売り上げを増やしたり、各種費用の削減を積み重ねたりして、純利益を増やすという方法が王道だが、成熟産業ではそれも簡単ではない。その場合、業務提携や株式公開買い付けで事業分野を拡大したり、自己株を買い付け、消却することで自己資本を減らしたりするほうが手っ取り早い。

ただ、業務提携や公開買い付けを行おうとすると、複雑な手続きを経る必要があるため、関与する人数がどうしても多くなってしまう。また、提携や買い付けの合意から公表までの期間も長くなりがちだ。その分、インサイダー情報を悪用して利益を上げようとする関係者は多くなる傾向がある。

特に公開買い付けや第三者割当増資の場合、買い付け(割当)価格にはプレミアムが乗せられるのが一般的。その後は買い付け(割当)価格にサヤ寄せする形で株価が上昇することが多い。つまり、不公正な取引をすることにインセンティブが働きやすい。

悪用事例は今後も増加?

たとえば、今年2月に証券監視委が勧告したモルフォ(東証マザーズ上場)に関する事案は、従業員持ち株会がインサイダー取引に関与した初のケースで、違反行為者は10人に上った。同社は2015年12月に自動車部品大手のデンソーと資本業務提携を結ぶと公表したが、事前にその情報を知っていた役員1人と社員2人がモルフォ株を買い付けた。さらに、別の6人の社員が提携の事実を知りながら、持ち株会への拠出金の増額や新規入会を行った。

上場企業の従業員が個別の投資判断には基づかず、一定の計画に沿って継続的に自社株を購入する場合は、インサイダー取引の規制からは除外される。ただ、今回のケースは「個別の投資判断に基づかず」という要件を欠いていたため、適用除外の対象とはならなかった。

かねてROE重視の経営に関しては、将来の成長に必要なはずの費用まで削減したり、自社株買いを実施するために転換社債を発行したりする企業が増えているなどの弊害が指摘されてきた。むろん、インサイダー取引については悪用する側に非があるわけだが、足元の悪用事例の増加は官民挙げてのROE重視の姿勢がもたらした副産物と見ることもできそうだ。