部活選べない!競技を「掛け持ち」したサッカー選手たち
そろそろ入学式である。学校といえばもちろん部活だ。運動部もいいけど、文化部もいい…ああ、どうやって選べっていうの?
日本では一つのことを極めることがいいと言われるが、他の国に行けばトップレベルのスポーツを掛け持ちしているような人もいたりする。
今回はサッカーをプロとしてプレーしたにもかかわらず、他のスポーツでも一流になったというマルチアスリートを特集してみた。
色々なスポーツを掛け持ちしてみるのも、いいかもよ?なお、時代を遡りすぎると掛け持ちは各国普通にあるため、比較的新しいものに限定しているよ。
レフ・ヤシン(アイスホッケー)

最も有名なのはこの人であろう、ソビエト連邦の伝説的なゴールキーパーである「黒蜘蛛」ことレフ・ヤシン。
歴代最高の守護神は、キャリアの初期に並行して行っていたアイスホッケーでもそうだったのだ。ディナモ・モスクワのアイスホッケーチームでプレーし、1953年には国内カップ戦の王者にもなっている。
ヘンリク・ラーション(フロアボール)

スウェーデンの英雄的ストライカーであるラーションも、あまり知られていないが他のスポーツでトップレベルにあった経験がある人物だ。
1989年、18歳の時彼はセミプロ選手だった。そこで並行して行っていたのはフロアボールで、国内のリーグを戦っていた。引退後の2008年にも一時的に復帰している。
クライヴ・アレン(アメリカンフットボール)


アーセナルやトッテナム・ホットスパー、マンチェスター・シティ、ウェストハムなどでプレーした元イングランド代表FWクライヴ・アレン。
1995年に引退した彼は、その2年後にNFLヨーロッパのロンドン・モナークスに加入。短い間ではあるが、アメリカンフットボールでキャリアを送っていた。
なお、アメリカにはアメフトと並行していた選手は多く、古くはアルド・ドネッリがNFLでプレーしながらアメリカ代表としてサッカーのワールドカップ1934に出場していたりする。
また、コロンバス・クルーなどでプレーしたデヴィン・バークリーは引退後にオハイオ州立大学でアメフトに転身するという珍しいキャリアを送っている。
クヌト・アンデルス・フォステルヴォルト(自転車)

ノルウェーの名門モルデで8年間に渡ってプレーした守備選手は、怪我のために31歳でサッカー選手としての生活を終えた。
しかし、彼はその後何と自転車選手に華麗な転身を遂げる。2005年にはノルウェーのタイムトライアル選手権でハスホフト、アルベセンに次ぐ3位に入賞。2007年にはボアッソン・ハーゲンに次ぐ2位となった。
また自転車世界選手権タイムトライアルにも出場経験があり、グランツールやクラシックには出ていないものの国内屈指のサイクリストであった。
ブルース・アリーナ(ラクロス)

アメリカ代表監督を務めているブルース・アリーナ氏は、かつてゴールキーパーとしてプレー。選手として代表に選ばれていたこともあったが、サッカー以外にラクロスでもトップレベルだった。
1974、1978年にはアメリカ代表選手として世界ラクロス選手権に出場し、それぞれ1位、2位となっている。
ケヴィン・モラン(ゲーリックフットボール)

マンチェスター・ユナイテッドで長くプレーしていたアイルランド代表選手として知られるが、もともとはゲーリックフットボールのトッププレイヤーだった。
1976年に20歳でプロデビューし、国内リーグを2連覇。しかし1977年にサッカーに専念することを宣言。マンチェスター・ユナイテッドへと加入した。
現在は代理人と解説者として活動しており、スティーヴ・フィナンやジョン・オシェイなどをサポートした。
レオン・マッケンジー&カーティス・ウッドハウス(ボクシング)

元欧州王者の息子であり、ボクシング一家に育ったレオン。彼はサッカー選手としてキャリアをスタートし、クリスタル・パレスやピーターバラ、ノリッジ、コヴェントリーなどでプレーしたが、鬱病に苦しみ2013年に引退した。
その後、彼は父や叔父らが成功していたボクシングに転身。やはり血筋は争えず、遅すぎるデビューから2連勝し、9試合8勝1分けで国際スーパーミドルウェイトマスターベルトも巻いた。
ただ、昨年11月の英国スーパーミドル級タイトルマッチで初めての敗北を喫し、試合後に引退を表明している。

カーティスはシェフィールド・ユナイテッドやバーミンガム・シティ、ハル・シティなどでプレーしたMF。イングランドU-21代表でもプレーしていた選手だったが、その一方でストリートファイトや犯罪行為に明け暮れていたギャングでもあったという。
2006年に26歳でプロボクサーに転身。デビューから10連勝を飾るなど好スタートを切り、英国ライトウェルター級のタイトルも獲得するなど活躍を見せた。
しかしそれと同時に彼はサッカーも並行してプレーし、何度か引退を表明したが結局選手としてもずっとクラブに所属していた。
2012年からはサッカーのほうで指導者となり、現在はアマチュアチームのブリドリントン・タウンの監督を務めている。
ビセンテ・リザラズ(ブラジリアン柔術)

かつてフランス代表の絶対的な左サイドバックであったリザラズ。2006年にバイエルン・ミュンヘンで現役を引退した後、様々なスポーツにトライした。
日本ではスケルトンが有名だが、彼がむしろ取り組んでいるのはブラジリアン柔術とサーフィンだ。2009年にはシニアの年代別部門で欧州チャンピオンになっている。
他にも解説者としてサッカーでの仕事を続けており、メディアでもその名前はよく見られる。
ファビアン・バルテズ(カーレース)


サッカー界に車好きは数多い。しかし自ら運転してレースに出場し、タイトルまで取ってしまう人は珍しいといえよう。
かつて世界屈指のGKとして知られたバルテズは引退後ドライバーとしてのキャリアをスタートし、ポルシェ・カレラ・カップやスパイダーカップで研鑽を積んだ。その後フランスGT選手権で優勝も。
2014年からはル・マンシリーズにも参加しており、伝統の24時間レースにも出場。2014年には全体29位、2016年は全体12位で完走している。2016年からはあのオリヴィエ・パニスと共に自身のチームを立ち上げ、オーナーの一人でもある。
エリーズ・ペリー(クリケット)

女子にも凄い選手がいるよ!
1990年生まれの彼女は、オーストラリアでクリケットとサッカーの両方で代表選手として活動したマルチアスリートであり、しかも美女。下着モデルまでこなし、しかも名門シドニー大学出身というインテリ。
一時はカルト的人気を誇り、彼女の歌が作られたこともある。手作り感あふれるMVがなかなかいい。
なお、彼女は昨年クリケットの方でイングランドに移籍したため、サッカー選手としての活動は開店休業中である。
