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●一歩一歩、獰猛に進み続けるブルー・オリジン
その名は「ニュー・グレン」――。

米国の宇宙開発企業ブルー・オリジンは9月12日、突如として、「ニュー・グレン」と名付けた新型ロケットを発表した。

同社が新型ロケットの開発を検討していることは以前から知られてはいたが、どのような姿形で、どれだけの性能をもつのかなど、詳細はわかっていなかった。そして今回初めて明らかになったその姿に、多くの人々が度肝を抜かれた。なぜなら、あまりにも巨大だったからである。

その大きさは現在運用されている世界中のあらゆるロケットを凌駕し、かつて人類を月へ送り込んだ史上最大のロケットのひとつ「サターンV」にも肩を並べるほど。はたしてブルー・オリジンは、この超巨大ロケットでいったい何を打ち上げ、何をしようと考えているのだろうか。

○謎多きブルー・オリジン

ブルー・オリジンは2000年9月、インターネット通販大手のAmazon.comを設立したことで知られるジェフ・ベゾス氏によって立ち上げられた。

ネット通販を手がけた次に宇宙開発、というのは脈絡がないようにも思えるが、一度成功した起業家が、次に宇宙事業に乗り出すのは珍しいことではなく、とくに米国では1990年代あたりから、そうした宇宙ベンチャーがいくつも出てきている。なかでも最も有名で、今のところ成功しているのはスペースXである。同社を立ち上げたイーロン・マスク氏は、ネット決済サービスPayPalの前身、X.comの設立者として知られる。ちなみにスペースXの設立は2002年で、ブルー・オリジンのほうが2年早い。

ベゾス氏はブルー・オリジンを立ち上げた目的を「人類が宇宙に進出し、活動の場とするため」だと語る。人が宇宙に進出しようとした際、現代では宇宙へ物を輸送するための手段であるロケットが、非常に高価であることが最大の障壁となっている。そこで同社は、飛行機のように同じ機体を何度も使い回せる再使用ロケットで、運用コストを低減することに挑んだ。

ただ、何かとメディアを賑わせる言動で積極的にアピールするスペースXと違い、ブルー・オリジンはここ最近まで秘密主義を貫き、たとえば新しいロケットを開発してもその詳細はしばらく明かさず、打ち上げのインターネット配信が行われるようになったのもここ最近からで、その実態は長らく不明だった。

しかし、同社のモットーである「Gradatim Ferociter」(ラテン語で「一歩一歩、獰猛に」)の言葉どおり、好んで選んだ陰のなかでも、しっかりと歩みを続けていた。

ブルー・オリジンはまず、ワシントン州に設計開発の拠点を、またテキサス州の西にあるベゾス氏所有の広大な牧場にエンジンやロケットの試験場を構え、地球周回軌道には乗らない(サブオービタル)有人宇宙船とロケットの開発に着手した。最初はジェット・エンジンを装備した実験機を開発し、飛行試験を行い、続いて「ゴダード」というロケット・エンジンを装備した実験機を造り、2006年と2007年に飛行試験を行ったことが知られている。

そして、続いてより大型のサブオービタル宇宙船「ニュー・シェパード」を開発し、2015年から試験飛行を始めた。2016年9月現在、同じ機体が3回の再使用による計4回の飛行に成功しており、数年以内に本格的な運用を始め、宇宙観光や微小重力実験をビジネス展開したいとしている。

それと並行して、地球周回軌道に乗る宇宙船「スペース・ヴィークル」と、それを打ち上げる再使用型ロケット「オービタル・ローンチ・ヴィークル」の開発を始めたことも明らかにされたが、その詳細はやはり謎に包まれていた。

○表舞台へ躍り出たブルー・オリジン

そんな謎の多いブルー・オリジンが、突如として表舞台へ躍り出たのは2014年9月のことだった。この年のはじめに端を発したウクライナ問題で米国とロシアの関係が悪化し、ロシア製のロケット・エンジン「RD-180」を使う米国の主力ロケットの打ち上げができなくなる可能性が出てきた。そこでその代替となる新しいエンジンを米国内で開発しようという動きが始まり、そのときに名乗りを上げたのがブルー・オリジンだったのである。

「BE-4」と名付けられたこのエンジンは、これまでロシアと中国でしか実用化されたことのない、複雑ながら極めて高性能が期待できる技術を採用している。小型ロケットしか造っていなかったはずの同社が、なぜこれほどの高性能エンジンを開発できるだけの技術をもっていたのかと、多くの人々が驚いた。

そして2015年9月には、フロリダ州ケイプ・カナヴェラル空軍ステーションにある第36発射台を借用し、ロケットを打ち上げると発表。さらにBE-4を使った自社製の新しい大型ロケットの開発構想も明らかにし、その工場も同地に建設すると発表した。

この新しい大型ロケットが、かつてオービタル・ローンチ・ヴィークルと呼ばれていた機体であることは明らかだったが、しかし例によって例の如し、その詳細は不明だった。そして約1年を経て、ようやく公開されたのである。

○直径7m、全長95mの超大型ロケット

ニュー・グレンのグレンとは、米国で初めて軌道飛行を成し遂げた宇宙飛行士ジョン・グレンに由来している。ちなみにニュー・シェパードのシェパードも、米国初の宇宙飛行士であるアラン・シェパードに由来している。さらにその前の試験機ゴダードは、米国のロケットの父とも呼ばれる科学者のロバート・ゴダードに由来しているなど、米国の宇宙開発史における偉人の名前を付けることが同社の流儀のようである。

ニュー・グレンには2段式と3段式の2種類があり、2段式は主に商業衛星や有人宇宙船の打ち上げに、3段式は地球よりさらに遠くの宇宙空間、たとえば月や火星などへ探査機や人を打ち上げるために使うとしている。打ち上げ開始は2010年代の終わりまで、つまり2019年あたりを予定しているという。

なんといっても目を惹くのはその大きさである。機体の直径は7mで、2段式の全長約82m、3段式は約95mもあるという。現在世界で運用されているロケットの中で最も大きな「デルタIV」や、スペースXが開発中の超大型ロケット「ファルコン・ヘヴィ」をゆうに超え、かつてアポロ計画で使われた史上最大のロケットのひとつである「サターンV」(直径10m、全長110m)に迫るほどである。

打ち上げ能力は明らかにされていないが、ロケットの大きさから考えると、2段式の場合では地球低軌道に70トンは運べるだろう。3段式の場合は、地球を脱出し惑星間空間へ向かう軌道へ数十トンの宇宙船や探査機を投入できるかもしれない。これは並の人工衛星や宇宙船を打ち上げるだけにしては明らかに能力過多であり、はたしてこれほどの巨大ロケットで、一体何を、どこへ打ち上げるのだろうか。

残念ながらその肝心の部分も、今の段階では明らかにされていない。しかしベゾス氏は「私たちが掲げる、何百万もの人々が宇宙で暮らし、仕事をする時代を実現するために、ニュー・グレンは非常に重要なステップとなります」と語っていることからも、大型の静止衛星の複数同時打ち上げはもちろんのこと、おそらくは大型の宇宙ステーションを建造したり、あるいはそこへ宇宙船によって大量の人と物資を打ち上げたりといったことに使おうと考えているものとみられる。

ちなみにスペースXは、最大の目的に「火星への人類移住」を掲げているが、ベゾス氏は過去のインタビューで「火星には興味はない」と語っており、少なくともブルー・オリジン自身が火星を積極的に狙うことはないようである。

●新開発の高性能ロケット・エンジンを装備、ロケットは再使用可能
○新開発の高性能ロケット・エンジン「BE-4」

ニュー・グレンは1段目と2段目にはBE-4を、第3段にはニュー・シェパードで使っている液体酸素と液体水素を推進剤とする「BE-3」エンジンを1基装備する。

BE-4は、前述のように、輸入できなくなる可能性が出てきたロシア製のRD-180エンジンを代替するため、同等の性能をもつエンジンを米国内で造ろうという動きのなかで、突如として表舞台に出てきたエンジンである。しかし、実はそれ以前の2011年から、ブルー・オリジンの中で開発は始まっていた。

BE-4は液体酸素と液化天然ガスを推進剤(燃料と酸化剤)として使用している。液化天然ガスはケロシンなどほかの燃料と異なり、ヘリウムによるタンクの加圧が不要で、なおかつ低コストであるため開発や運用が行いやすい。また、爆発などの危険性が低いため運用性や安全性が高く、さらにススが発生しないためエンジンの再使用もしやすい。ただ、理論的にはともかく、実際には性能が出にくいようで、これまでに実用化に成功した国はない。

そしてBE-4はさらに、「酸化剤リッチ二段燃焼サイクル」と呼ばれる、きわめて高度な技術をも採用している。「二段燃焼サイクル」というのは、液体ロケット・エンジンを動かすための、いくつかある仕組みのうちのひとつで、推進剤をいっさい無駄にすることなく使えるため、性能の良いエンジンにできるという長所がある。しかしその反面、エンジンの構造が複雑になり、また各所にかかる圧力や温度の条件が厳しく、またどこかで不調が起きると途端に爆発する可能性もあり、さらにエンジン始動のタイミングの制御も難しいなど、製造や運用が難しいという短所もある。

もうひとつの「酸化剤リッチ」というのは、エンジンのポンプを動かすためのガスに、酸化剤(酸素)が多く含まれているということを指している。このガスは推進剤を燃やして作り出すが、エンジンが耐えられる熱には限界があるため、酸化剤を多めに足して、わざと不完全燃焼のガスを作り出すことで、温度を下げている。しかし、酸素はただでさえ反応性が強い上に、ガスを作り出す際に加熱されることで、さらに反応性はより高くなり、金属を簡単に腐食させてしまう。それからエンジンの部品を守るためには、特殊なコーティングを施すなどの、高い冶金技術が必要となる。

米国がロシアからRD-180を輸入していた背景には、1990年代当時の米国にとって、これほど複雑なエンジンの生産を行うには、多くの資金と時間、人材が必要だったことから、それならば輸入したほうが手っ取り早いと判断されたということがある。しかし近年になり、技術の進歩により、ようやく米国でもRD-180並のエンジンを造ることができるようになった。

ただ、ブルー・オリジンのような設立から20年足らずの企業が、なぜこれほど難しいエンジンを造れるだけの技術をもっているのは謎に包まれている。ロシアから技術や人の流れがあるとも言われるが、まったくわかっていない。

ニュー・グレンにはこのBE-4を、第1段に7基装着、第2段には高真空用に改修したものを1基装着する。また、ユナイテッド・ローンチ・アライアンスが開発する米国の次期基幹ロケット「ヴァルカン」の第1段エンジンとしての採用がほぼ決まっている(詳しくは拙稿『米国の次期基幹ロケット「ヴァルカン」が目指す「長寿と繁栄」 (2) アマゾンからやってきたロケット・エンジン』を参照)。

つまりヴァルカンとニュー・グレンで、相当な数のエンジンが使用され続けることになるため、エンジンの量産によりコストダウンや信頼性向上が見込める。

BE-4は現在、各部品単体での試験を行っている段階にあるという。開発は順調なようで、2016年中にもフル・スケール(部品をすべて組んだ完成品の状態)での試験を開始するとしている。

○ロケットは再使用

前述のように、液化天然ガスはススが発生しないため、再使用に向いている。実際にBE-4は再使用を念頭において開発されており、ニュー・グレンも第1段機体の再使用ができるという。

ロケットの第1段機体の再使用というと、スペースXが「ファルコン9」ロケットで狙っていることでも知られる。ファルコン9は上空で切り離した第1段を、エンジンを逆噴射するなどして陸上や海上に降ろすという方式だが、ニュー・グレンも同じ方法を取るようである(ちなみに同じBE-4を使用するヴァルカンもエンジンのみの再使用を検討している)。

ファルコン9はこれまでに6機のロケット回収に成功しているが、再使用はまだ行われていない。一方、ブルー・オリジンはすでに、同一機体のニュー・シェパードによる4回の着陸と、3回の再使用に成功している。しかし、ニュー・シェパードはファルコン9よりも小型の機体で、また衛星を打ち上げるだけの能力もないため、単純に比較はできない。ましてやニュー・グレンは、ニュー・シェパードはもちろん、ファルコン9よりもさらに巨大なロケットなため、成功までには何度かの失敗を覚悟する必要があるだろう。

ニュー・グレンの打ち上げコスト、あるいは価格がいくらになるのかは不明だが、スペースXと同時に、ブルー・オリジンもロケットの再使用を狙っているということは、それだけ再使用による旨みがある、あるいは見込めるということだろう。再使用はたしかにコストダウンにはなるものの、推進剤や着陸脚などを追加する必要があるため、1機あたりの打ち上げ能力は落ちる。そのため、再使用にどれほどの価値があるのか、欧州やロシア、日本のロケット会社などはまだ値踏みしている状態にある。

しかし、小型の機体とはいえ、実際にロケットの再使用をなんども成功させているブルー・オリジンが、人工衛星を打ち上げられる、それも超大型ロケットでも再使用を行おうとしていることから、世界の次世代ロケットの潮流が一気に再使用化へと傾くかもしれない。

○さらなる超大型ロケット、そしてスペースXの逆襲

ニュー・グレンが完成するかどうかは、まずBE-4の開発が順調に進むかどうかにかかっている。前述のようにBE-4は複雑で高度な技術を要するエンジンであり、年単位での遅れは十分にありうる。

またロケットが完成し、運用が始まっても、需要がなければ無用の長物に終わってしまう。ニュー・グレンは商業衛星の打ち上げにも使えるとしているが、それはブルー・オリジンがどれだけ商業打ち上げの受注を取ってくることができるかにかかっている。本当に人類の宇宙進出を実現するのであれば、同社が自ら需要を創り出す必要もある。

しかし、ブルー・オリジンはニュー・グレンよりもさらに大きな「ニュー・アームストロング」を開発する構想があるという(ちなみにこの名前はもちろん、人類で初めて月を歩いたニール・アームストロングに由来)。あくまでまだ構想段階であり、想像図などは出ていないが、ニュー・グレンよりも巨大となれば史上最大のロケットであることは間違いなく、いったいどのような姿になるのか、そしていったい何を打ち上げるのかは想像もできない。はたしてブルー・オリジンは、次にどのような驚くべき発表をするのだろうか。

一方、何かとライバル扱いされるスペースXも負けてはいない。スペースXは現在、ファルコン9を3機束ねた超大型ロケット「ファルコン・ヘヴィ」の開発を進めているが、ニュー・グレンはそれよりも大きい。

しかしスペースXは、人類の火星入植のための大型の宇宙船「Mars Colonial Transporter」(直訳すると「火星移民船」)と、それを打ち上げる超大型ロケット(Big Fucking Rocket)の開発を進めており、そのための強力なロケット・エンジンの試験も始まろうとしている。

これほど強力なロケットがいくつも登場し、さらに現実的な価格で使えるようになれば、宇宙利用は大きく進むことになろう。通信衛星などの商業衛星の打ち上げ数の増加に始まり、まったく新しい宇宙利用の展開や、宇宙旅行の実現といった可能性も見えてくる。また、火星や木星などへ大型の探査機を送り込んだり、さらに遠くの星々へも手が届きやすくなり、宇宙科学・探査にとっても大いに役に立つ。

そして、ブルー・オリジンが掲げる人類の宇宙進出や、スペースXが目論む人類の火星移住の実現も、決して不可能ではないだろう。

【参考】
・Blue Origin | BE-4
 
・Blue Origin | Our Approach to Technology
 
・Bezos reveals design of powerful orbital-class launcher - Spaceflight Now
 
・Blue Origin introduce the New Glenn orbital LV | NASASpaceFlight.com
 
・Blue Origin introduces ‘New Glenn’ Reusable Orbital Launch Vehicle - Spaceflight101
 

(鳥嶋真也)