「家売るオンナ」苦戦する夏ドラマの中でヒットの法則

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「家売るオンナ」
(日本テレビ 水曜よる10時/脚本:大石静 演出:猪股隆一ほか 出演:北川景子 工藤阿須加 仲村トオルほか)


「ゴー!」
ポケモンGOに合わせたのか。主人公の決め台詞は「ゴー!」そして風がビューっと! 大変勢いがいい。
ゴー! でビュー! の主人公は【テーコー不動産株式会社新宿営業所売買仲介営業課】のチーフ三軒家万智(北川景子)。
彼女が活躍するお仕事ドラマは、オリンピック一色の今夏、平均視聴率11.45%とトップ(2番目は「仰げば尊し」の10.8%)で大健闘している。

無表情で機械的にしゃべるお仕事マシンのようなオンナ・三軒家は、即行動が信条で、他人にも厳しく「ゴー!」「ゴー!」とあおり立てながら、任務を遂行していく。彼女の仕事はタイトルどおり、「家」を売ること。高額な家やマンションを口八丁手八丁で客に売りつける。かなりの手練の持ち主で三軒家の手にかかった物件は、ちょっと問題があっても確実に売れる。
三軒家は口当たりのいいことを言ってお客をいい気分にさせ家を売る。そして最後、三軒家は「落ちた」と心の中で満足げにつぶやく。そう、すべて方便なのだ。

例えば、8月10日放送の5話では、校閲を仕事にする女性(山田真歩)とフリージャーナリストの女性(ともさかりえ)が同じマンションを取り合った末、どっちも見送ると言い出した時、三軒家はアリとキリギリスの例えを使って、どっちにもいい顔をする。

校閲の仕事をアリに例え、なかなか人に顧みられることがないが、かけがえがないしすばらしいと出版社に押し掛けて絶賛、校閲嬢の背中を押す。
フリージャーナリストはキリギリス(コオロギ)に例え、コオロギのようにいまこの瞬間を謳歌している。誇り高く使命を果たし、人生を謳歌していると絶賛、支払いが苦しくなった売ればいいとまで言い、見事にその気にさせてしまう。
こうして、同じマンションの2部屋を売ってしまうのだ。
そこに至るまでに、工藤阿須加演じる後輩による手柄の横取りをスリリングに見せたり、校閲とフリージャーナリスト、どっちも独身女性(不動産屋の用語で“女単”)であることの社会派な視点を盛り込んだり、不動産屋のどじっこ女性社員(イモトアヤコ)のおもしろコーナーがあったり、イケメン(千葉雄大)もいたり、至れり尽くせり、細部に渡って行き届いている。

1〜4話についてざっとおさらいしておくと、
1話 理想が高すぎてなかなか新居を選べない医者夫妻
2話 20年引きこもっていた中年男性
3話 片付けられないオンナとミニマリストの男
4話 カリスマ料理研究家
この人たちに各々ピッタリの物件が紹介された。1話完結でどの話から観はじめても入りやすい。

全編通して、なにかとゴー! という猛烈ヒロインによって、いまいち停滞している不動産屋の面々が目覚めていく様子を描き、主人公が凄惨な殺人があった格安事故物件にひとり住んでいて、過去はホームレスだったというミステリアスな部分も散らつかせる。工藤阿須加演じる後輩は三軒家の秘密を知れば知るほど彼女のことが気になっていき、これが恋に発展するのかしないのかも楽しみのひとつ。暢気な上司の仲村トオルもヒロインとキスしてしまい、気になる存在だ。

主人公の秘密と任務遂行の様子をベースに、細かいエピソードをまぶす、この盤石な脚本は大石静。押しも押されぬベテラン作家は前クールでは「コントレール 罪と恋」(NHK BS プレミアム)という夫を殺した男との禁断の重めのラブストーリーを書いていて、「家売るオンナ」と同じ作家とは思えないレンジの広さを見せつける。

「家売るオンナ」で大石静は、昨今のドラマの勝ちパターンを見事に取り入れている。
仕事を完遂するためには善も悪も問わない。
ややダークな面をもつ主人公の言動が痛快。
1話完結。
主人公のバックボーンに何か秘密を感じさせる。

・・・といったパターンは同じく水曜ドラマ「家政婦のミタ」(2011年/遊川和彦)で大ヒットをぶちかました。その後、男版では「リーガル・ハイ」(2012年/古沢良太脚本/フジテレビ)、オンナ版では「ドクターX〜外科医・大門美知子」(2012年/中園ミホ脚本/テレビ朝日)などが後を続く。
朝ドラも大河ドラマも書いている大石静ほどの作家が、ヒットの法則に従うこともない気がするけれど、ヒットの法則をパーフェクトなまでに取り入れた上で、オリジナルのドラマを紡ぐにも技が必要で、それができたのは大石だからこそかもしれない。
斬新なオリジナルにこだわるよりも、徹底的にヒットの法則をベースにしながら、ドラマを描く、職業作家の矜持を大石静に学んだ気がする。

折り返しに入った6話は、事故物件、愛人のためのマンション購入、マンションの隣人がへんな人・・・という問題に、三軒家をはじめとしてテーコー不動産の面々が立ち向かう。ゴー!
(木俣冬)