「ゴジラ」に「バカヤロー解散」の影響『ゴジラ傳 怪獣ゴジラの文藝学』

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庵野秀明総監督の『シン・ゴジラ』公開と前後して、志水義夫・東海大学文学部日本文学科教授の『ゴジラ傳 怪獣ゴジラの文藝学』(新典社選書79)が刊行された。


神話学的・国学的アプローチで『ゴジラ』を分析


志水義夫さんは東海大学文学部北欧文学科(日本でも珍しい北欧語・北欧文学の専攻学科)で北欧神話歌謡『エッダ』や英雄一族の物語(サーガ)、フィンランドの神話叙事詩『カレワラ』を学び、大学院文学研究科では日本文学に転身、しかし近年では『澁川春海と谷重遠 双星煌論』(新典社)のような江戸時代前期・中期の学問状況(谷重遠=谷秦山[じんざん])や、『ウルトラマン』・『涼宮ハルヒの憂鬱』・『魔法少女まどか☆マギカ』・『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』などの特撮・アニメーション(著者の用語では〈メディア文藝〉に属する)についても研究している。
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h2 class="maru"「トリビア」? 脱線? いや含蓄だ/h2
本書の読みどころは、前半100ページ超にわたってゴジラ登場作、本多猪四郎(いしろう)監督の『ゴジラ』(1954)の各場面が背負っている「意味」を、細部にわたって分析しているところ。
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敗戦から9年(連合軍の占領が終わって2年半)というタイミング、日本や外国の先行映画との関係、場面に登場する建物や小道具や乗り物などの歴史的・技術的背景、軍事的・地政学的・民俗学的な含意など、とにかく詳しい。

まったく知らなかったことももちろん多いが、ゴジラが平河町の電波塔を襲う場面(TV中継がされている)へのコメントで、1954年当時TV放送をしていたのがNHKと日本テレビしかなかった、というような、知ってはいるけれども映画『ゴジラ』について考えるときにはつい忘れきってしまいがちな細かい情報まで、しっかり拾っている。

こうなると、各場面への細かいコメントは、「トリビア」でもあるし脱線でもあるが、なにより「含蓄」と化している。

国会の災害対策委員会の議員が討議する場面で、大山議員(恩田清二郎)に女性議員(菅井きん)が喰ってかかる場面のコメントがおもしろい。

〈「莫迦者ォ! なにをいうか」(女性議員)
  莫迦とはなんだ、莫迦とは!」(大山議員)
というやりとりは、 前年の「バカヤロー解散」事件をふまえてのくすぐり──笑いをとる演出──でしょう〉

そうか、吉田茂首相(吉田健一の父)の〈バカヤロー解散〉の影響が『ゴジラ』に!

またゴジラが上陸したとき、山根博士(志村喬)が
〈わたしは山根です。山根博士です〉
という名乗りかたがヘン、というツッコミ。

〈たとえば「わたしは松下です。松下社長です」と社長が自ら言うでしょうか?〔…〕
 ただし、軍隊では「ケロロ軍曹参りましたであります!(敬礼)」というように自称に身分を接続していうことがあります〉

山根博士とケロロ軍曹との思いがけない組み合わせに若干噴き出してしまった。
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なお、著者は現代音楽にも詳しいようで、『ゴジラ』の音楽、とくにその諸動機(モティーフ)についてかなりの字数を割いて記述している。その言及は、伊福部昭の音楽全般(映画音楽だけでなく、演奏会用のいわゆる「本業」)にも及ぶ。現代音楽ではおなじみの〈トーンクラスター〉なんていう用語がさらっと出てくるのも嬉しい。
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h2 class="maru"荒魂vs.和魂/h2
ミクロな分析を見せた前半から一転、本書の後半では、『シン・ゴジラ』以前の一連の国産ゴジラ映画に、神話研究的・国学的にアプローチしている(『シン・ゴジラ』については、3月に書かれたあとがきに予告的に言及された)。

『ゴジラ傳』によれば、ゴジラには核利用・放射能への警鐘という表面上の意味とはべつに、第2次世界大戦で散っていった英霊としての意味を負わせる読みが早くから存在した。
それだけでなく、御霊(ごりょう。政争での敗北者が怨霊となって祟るもの)やa href="http://www.excite.co.jp/News/reviewbook/20150427/E1430025652124.html”>折口信夫
のいう〈マレビト〉(稀人)といった概念からゴジラを読み解くことも可能だという。


本書では、ゴジラというものを、日本の文化に根差した荒(御)魂(あらみたま)という概念から分析している。

荒魂か……聞いたことがある。
あれですよね、神道で言う荒魂(あらみたま)vs.和魂(にぎみたま)の対概念のいっぽう。

日本の神は自然神として表現されることが多いが、和魂のほうは、豊穣と平和をもたらす太陽や慈雨に感じるものらしい。
他方、荒魂はそのワイルドな荒ぶる側面を言う。

神は地震や火災、異常気象や疫病をもたらし、人々を不安と争いへと導くことがある。空襲や原子爆弾、原子力発電所の事故も、日本人の心性では荒魂的に解釈されちゃいそう。

そういえば泉鏡花のエッセイ