かつて自分が住んでいた部屋には、いまどんな人が住んでるのか。長嶋有『三の隣は五号室』

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事故物件情報を共有するサイト「大島てる」は、いまやワールドワイドな不動産情報サイトとなっている。
賃貸物件に住むということは、自分の前にもだれかがその部屋に住み、自分が去ったあともだれかがその部屋に住む、ということだ。
前の住人ともあとの住人とも、自分では直接の交渉がない。
だから、都市伝説系のホラーでは「前の住人」の行状が問題となる。

しかしこの話題は、ホラーだけでは収まりきれない広がりを持っているのだった。
全10話で構成された長嶋有の連作小説『三の隣は五号室』を読んで、かつて自分が住んでいた部屋にはいま、どんな人が住んでるんだろう、などと考えて、思わず「Googleストリートビュー」でチェックしてしまった。


『三の隣は五号室』の舞台となっているのは「第一藤岡荘」だ。
そこの住人である10数名の人物が、この小説のキャラクター。

でも『めぞん一刻』ではない


第1話「変な間取り」だけでも、9組11人の住人が登場する。

三輪密人(みつと)。神戸からの単身赴任者・四元(よつもと)志郎。五十嵐五郎。
公団住宅が完成するまでの仮住まいをしている六原睦郎(むつはらむつろう)・豊子夫妻。
七瀬奈々。大学生の八屋リエ。社宅から引っ越してきた二瓶敏雄・文子夫妻。
九重久美子。オーナーのドラ息子・藤岡一平。

集合住宅が舞台で、住人たちの名前が数字にちなんでいる、ということになれば、当然、高橋留美子の漫画『めぞん一刻』を思いだすことだろう。五代裕作、四谷さん、一ノ瀬一家、六本木朱美、二階堂望……。


しかし『めぞん一刻』『三の隣は五号室』とでは、空間と時間が逆になっている。

『めぞん一刻』では、登場人物たちはアパート「一刻館」の各室に分かれて住んでいた。彼らが共有していたのは、1980年代半ばの数年間という時間である。

いっぽう『三の隣は五号室』では、登場人物たちは全員「第一藤岡荘」の5号室に住んでいる。
5号室に10人以上で住んでいたのではない。それではぎゅうぎゅうづめだ。
そうではなく、1966年から2016年までの半世紀にわたって5号室に住んでいた代々の住人たち、それが本書の登場人物なわけですよ。

だから、これらの登場人物たちが、互いに交渉しあったりすることはない。
すべてを知っている語り手に導かれて、読者だけが、5号室の歴代住人の日常を覗くことが許されるのだ。

凝った構成


第1話で登場するのは以上の登場人物だが、そのあと、小説が進行するにつれて、さらにあと少し、登場人物が加わる。
11以上の数字がどのように人名と化すかは読んでのお楽しみ。

第一藤岡荘の5号室は、和室ふた間にキッチン、トイレ、バスルームからなっているが、その配置がちょっと変わっていて、だから第1話の題は「変な間取り」ということ。

以下、キッチンのシンクについて歴代の登場人物がどのようにリアクションしてきたか、どんな来客があったか、部屋のTVではなにを見ていたか、といった、そのことにひとつのテーマごとに、各話は歴史縦断的に構成されている。
時間は半世紀のあいだを自由に前後し、戻り、スキップする。

時間の流れに身を任せて進んでいけばいい通常の小説とは、ずいぶん違った注意力を要求される。ちなみに友人は年表を作りながら読んだと言っていた。

また本書は、「本」としてもちょっと変わっている。
表紙を開くと、小説のタイトルページがなくて、いきなり第1話から始まっている。
そして第1話が終わったあとおもむろに、
  三の隣りは五号室    長嶋有    中央公論新社
と、やっと化粧扉のページになる。

映画やTVドラマ、また漫画の雑誌連載ではおなじみの「コールドオープン」というやつ。第1話全体が小説の「アヴァンタイトル」として機能しているというわけだ。
化粧扉の裏面は、5号室の間取り図となってて、その隣のページが本書の目次となっている。

ちなみに装幀は大島依提亜、装画は田幡浩一で、カヴァーもなかなかいいが、カヴァーをはずした裸本の状態がたいへん美しいので、はずした状態で見せびらかすように電車の中で読んでしまった。


そこで思い出したもうひとつの集合住宅奇想小説


集合住宅というのは、壁ひとつ隔てていろんな人が勝手に住んでいるうえに、時間的に見ても、想像もつかない人が自分のつぎに同じ敷地のなかに住むことになる。

『三の隣は五号室』は、そのなかの一室というひとつの空間に密着して、半世紀の時間に焦点を当てた。
『三の隣は五号室』を読んで、今度は逆に、ひとつの時間を共有した複数の部屋のなかで同時になにが行われているか、ということを一目で見渡せるようにした作品を思い出した。
筒井康隆の掌篇小説「上下左右」(1977)だ。


4階建の団地ひと棟を縦に割り、ワンフロア5室(4階のみ4室)、計19室のなかの音声を可視化したものだ。
4階に1室だけ4DKがあり、あとは2DKだという。

この見開き2ページが1コマとなって、時間順にその見開きが5回続く。
いわば5コマ漫画のような構成になってるが、とにかく1コマに相当するのが小さな字でびっしり組まれた19室ぶんの情報なので、ふつうの小説10ページを読むよりずっと時間がかかる。

TVつけっぱなしの家があれば、1階の夫が4階に間男してる部屋もある。
夫婦喧嘩したり、電気を消して性行為に及んだり(写真では3階中央のアミカケされた部屋)、坊さんが読経してるかと思えば、過激派学生がヤバいものを作っている部屋も。
騒音問題で対立しあっている部屋もあるし、厳しい口調で子どもにピアノの練習を強要している音大出の奥さん(しがないサラリーマンと結婚したことを後悔している)も、また怪しいセールスマンに踏み込まれた奥さんもいる。

右上欄外、
〈三階、右から二つめの部屋はあなたの部屋です。あなたのせりふを入れてください〉
とあり、読者参加型の小説だ。

この作品は『バブリング創世記』(徳間書店)に収録されたが、小さい活字でびっちりと組まなければならないせいか、文庫化されたときには省かれてしまった。


いまこの作品をもっとも気軽に読む方法は、図書館で『筒井康隆全集』(新潮社)の第19巻を読むことだろう。
まずは『三の隣は五号室』を読み終わってからね。
(千野帽子)