PK戦の前に選手たちに気合いを注入するシメオネ。しかし、2年前と同じく戴冠には手が届かなかった。(C)Getty Images

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 深夜のサン・シーロ周辺は、試合終了から数時間がたってもまだざわついていた。
 
 あたりにはパニーノを売るスタンドがずらりと並んでいる。今日の売り上げを数えるのが楽しみで仕方ないという顔のパニーノ屋の親父が、せっせと後片付けをしていた。
 
 その前の地面に、涙で頬を濡らしたアトレティコ・マドリーのサポーターが肩を落として座っている。呆然とした彼らを包むのは、ライバルの歓喜の歌声だ。
 
 そんな一角に建てられた仮設会見場の中で、もうひとつの物語がはじまろうとしていた。
 
 ディエゴ・シメオネが会見場にやってきたのは、日付が変わるころ。表情は想像していたよりも柔らかい。隣にいたふたりの広報の方が、ずっと険しい顔をしていた。
 
 シメオネの言葉は世間を驚かせた。
 
「今後どうするのか、じっくり考えたい。言えるのはそれだけだ」
 
 アトレティコを去ることを検討しているとも捉えられる、いや、この敗戦の後ではそうとしか考えられない言葉だった。
 
 番記者たちは発言について何度も聞き返した。決勝の試合内容なんてもうどうでもいい、そんな雰囲気だった。
 
「ぜひイタリアへ」
 
 無垢なイタリア人記者からはそんな質問(勧誘だ)も飛び出した。シメオネは自らの進退を問うそれらの質問に、同じ言葉を繰り返すだけだった。
 
「これから考える」と。
 
 5月28日、アトレティコはチャンピオンズ・リーグ決勝で敗れた。
 
 2014年に続き、最も負けたくない相手レアル・マドリーに。
 
 敗戦直後のシメオネの心情は、仮設会見場の壁を隔てたすぐそこ、油と新聞紙で散らばったアスファルトに座り呆然としていたサポーターと同じものだったはずだ。
 
 あるクラブ幹部はこの発言の後、「試合後の熱い感情のままに出た発言でしかない」と語り、サポーターとメディアの不安をかき消そうとした。
 
 シメオネは「サッカーにはリベンジなどない」と試合前に語っていたけれど、彼ほどこの試合に勝ちたいと思っていた人はいなかったはずだ。
 
 最高の舞台で、最大の宿敵を倒す――。この2年、彼はそのためにすべてを尽くしてきたからだ。
 シメオネとクラブの契約は2020年まで残っている。本当にショックのあまりに出た発言なのかもしれない。来シーズンへ向けての大型補強をプッシュするための、クラブ幹部へ向けた戦略的発言かもしれない。『エル・パイス』紙によると、すでに1月から今夏の補強計画を進めているという。
 
 アトレティコを愛する者はそうであってほしいと願い、今では3度目の挑戦に気持ちを切り替えている。
 
 2014年は届かなかった。今回もだ。しかし今回の決勝、内容ではアトレティコが圧倒的に上回っていた。決着はPK戦。着実に、戴冠に近づいている。
 
 しかし、シメオネ抜きに、3度目のチャンスは考えられないだろう。結局のところ、近年のアトレティコの躍進は、すべてこの男ありきだったからだ。
 
 毎年、活躍した主力が他クラブへ引き抜かれていった。ラダメル・ファルカオも、ジエゴ・コスタも、アルダ・トゥランも。シメオネはそれをどうにか補充してはさらに鍛えあげ、再びチームを押し上げてきた。
 
 チームにはサイクルというものがある。ある一定の黄金期を終えたチームに待っているは、緩やかな衰退だ。バルセロナも一時期それに直面し、スペイン代表もそうだった。
 
 しかし、アトレティコは違う。
 
 ガビが見せた決勝でのパフォーマンスは圧巻で、彼がスペイン代表にかすりもしないというこの国の中盤の充実をあらためて示した。