御神体・那智の滝にロープをかけた男「外道クライマー」

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2012年7月。
世界遺産・那智の滝で登山をした3人組が逮捕された。
『外道クライマー』は、グループ最年少の宮城公博が、事件の一部始終とその後を綴った本だ。


日本最大の瀑布


那智の滝の落差は133メートル。その80メートル地点にしがみついている男がいた。
世界トップレベルの登山家、大西良治と佐藤裕介。
2人に話を持ちかけた作者、宮城公博。

すぐ横からは水の爆音。それに混じって拡声器ごしの声が響く。
「何やってんだ!」「逮捕しろ!」
警官や神社関係者が集まっていた。ひときわ迫力がある白い衣の老人は、熊野那智大社の宮司だ。
先行していた佐藤が悔しそうに手を振った。
「駄目だ、登れないっ!」
最強のクライマーをもってしても、全く手をかける場所がない。反り返った完璧な一枚岩だ。

下調べの段階では夜に侵入するはずだった。
だが、闇に浮かぶ滝のあまりの神々しさが、3人を本気にさせた。
いつものようにルートを決めて、堂々と昼間にアタックしよう。それが御神体に対する、我々なりの礼儀だ。

夜間に何度も挑戦していたら、登頂できたかもしれない。
結果的に那智の滝は、その威光で人に踏みつけられることを拒んだ。

「登りたいと思わないほうがおかしい」


3人は、クライマー、登山家よりも、沢登り愛好家「沢ヤ」と名乗るのを好んだ。
薮、虫、濁流にまみれて未踏ルートの開拓を生きがいにする、登山家の中でも異端の「社会不適合者」。
ルートが決まっている登山は「スポーツであっても自分たちの求める探検ではない」と否定する。

そんな連中の前に、日本最大の滝が未踏のまま残されている。
「登りたいと思わないほうがおかしい」
聖域を汚したいとか、そんな考えは1ミリもない。
ホンモノの登山家があの滝を見たら、
「登りたい」
以外の言葉は出ないはずだ。

頭を丸めて謝罪に来た3人に、老宮司は凄まじい怒りをぶつけた後、いかに自分が滝を大切にしているか、いかに滝が貴重かをやさしく説いた。
これがこたえた。
「沢ヤ」なるわけのわからない連中に、正面から向き合ってくれたのだ。
登山技術で完敗。人間的にも完敗。
作者は勤めていた福祉施設をクビになった。

前科持ちになり、信頼を失い、これからどう生きればいいのか。

「俺は沢ヤだ。どうしようもなく沢ヤだ。どれだけ誘惑があろうとも、たとえ目の前で美人女優がM字開脚をして誘ってきたとしても、沢ヤなら沢に行くのだ。それが沢ヤだ。 まぁ、本当にそんな誘われ方したら、一発ヤった後に沢だ。」

さっそく地図を広げた。
ミャンマーやタイには、無名で標高は低いが、だからこそ見逃されてきた山々がある。
どれだけ高く有名な山に登るかではなく、未踏の場所に、誰もやらない方法で挑む。
それが作者の考える「センスある登山」だ。

カッコいいヒマラヤとは違う「B級登山」


ジャングルを45日かけて踏破し、そのまま奥の渓谷を目指す。
過酷な計画を立てた。パートナーとして、5歳下のカメラマン・高柳も一緒に行くことになった。

旅の途中の宿では、スマホゲームのためにコンセントの取り合い。
地元の日本通とは「けいおん!」話で盛り上がる。
こんな生活もありかもしれないな、と思ってしまう居心地の良さを捨てて、2人はジャングルに入る。

何が混じっているかわからない水を飲み、腰まである薮をかきわけて進む「薮漕ぎ」を何日も何日も続けた。
凶悪なトゲやアリに襲われ、わずかな休息時間にはスコールが降り注ぎ、テントの中まで水浸しになる。

疲労のせいか、はじめは弟のようだった高柳も、うっとうしく感じるようになった。
跳び下りるのにためらう場所では
「パイセン、ビビってんすか?」と茶化す。
過酷な場所では、
「予定より早いですが、心が折れました」。

しかし、高柳が衰弱しているのも確かだ。
旅が進むほど弱音を吐くことが多くなり、ついにこんな言葉が出た。
「栄養失調で足が上がらない」
歩けるだけの食事とサプリメントはとれているはずだ。だが精神的に押しつぶされている。
作者は行動食の飴を食べつくしていた高柳に、自分の飴を20個あげた。

リーダーとして、選択しなければならない。
友の命を危険にさらす旅は、やめるべきなのか。
命を危険にさらす旅だから、続ける価値があるのか。
(南 光裕)