黒人差別だ俗悪だ低俗だ…手塚治虫は世間の声とどう戦ったか

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『紙の砦』『時計仕掛けのりんご』『罪と罰』『リボンの騎士1』が月間Kindleセールで99円だ。
『紙の砦』は、手塚治虫自身をモデルとした短編作品を集めた一冊。


「がちゃぼい一代記」の主人公は、二十歳の手塚治虫。
昭和二十年、彼の前に現れるのは、浮浪者のようにしか見えないマンガの神様だ。
マンガの神様が手塚治虫に「おまえを一人前のマンガ家にしたる」と言ってつきまとう。
寄せのポスターや、薬の広告など、どんどんイラストの仕事を斡旋する。
「マンガ家第一条「仕事は欲ばってとれ」ということや。どんなマンガでもかけるようになっとくのや」
出版社をまわり、マンガ家になる。
が、「かわいいこどものために悪いマンガ家をこの世からマッ殺しましょう」
めちゃくちゃに批判され石を投げられる。
「おれはもうマンガ家はいやだ……」と嘆く。
あきらめ、医者になろうとし、それも挫折し、やはりマンガ家になり……。
手塚治虫の半生を猛スピードで描く。
虫プロの映画発表会でのドタバタや、お偉方に黒人描写を批難されるシーンもある。
そして、すごいシーンがある。
「おまえがつくった主人公たちがおまえを祝って乾杯してくれるそうだ」
夜の街の道を、手塚治虫とキャラクターたちが歌いながら歩いて行く1ページは、手塚治虫ファンにとって夢のような至福の光景だ。

「紙の砦」
昭和十九年、出版統制令で、マンガなんて出せなかった時代。
空襲警報が鳴って、防空壕にみんなが逃げ込むなか、
「あと一ページかいてから」とペンを走らせる大寒鉄郎(手塚治虫をモデルにした主人公)。
マンガへの情熱と戦争を描いた短編。
「戦争が終わったら自由にマンガかけるようになるだろうね ぼくはマンガ家になるよ!」

「すきっ腹のブルース」
手塚は、大寒鉄郎を主人公にした短編三部作を計画していた。
その第二部がこれ。
“昭和二十年 長い戦争が終わって人々はサイテイのくらしをしておりました”
「腹いっぱい食べたい」という欲望の中、マンガ家になっていく主人公を描いた短編。

「トキワ荘物語」
「いらっしゃいまし 私の名は……トキワ……ええ……生まれは昭和二十八年ですの……」
トキワ荘を話者にして、暮らし始めた手塚治虫たちマンガ家を描くマンガ。

他「という手紙がきた」「動物つれづれ草」「どついたれ」、全7編を収録。

手塚治虫自身を主人公にした短編の多くは、わざわざ「未完」と記されている。
自分はまだ生きている、だからこのお話はまだ終らないんだ、という意志表示だ。
すべてがお話になり、それはいつまでも続く。
収録された短編から、手塚の思いが伝わってくる。
手塚治虫は批難の声に敢然と立ち向かったのではなく、ただマンガを描きたくて描きたくて描いてきた。
自分を貫いたのだ。

月間Kindleセール99円『紙の砦』『時計仕掛けのりんご』『罪と罰』『リボンの騎士1』オススメです。(米光一成)