結局、ラーメン以上の大衆食はないと思う。注文したら早く出てくるし、おいしいし、安い。我々の強き味方です。

一方で、ラーメン界は興味深きチャンレンジをしているらしい。ラーメンブームの火付け役「麺屋武蔵」高田馬場店が2月25〜28日の期間限定で提供する『獺祭酒芳(さけかおる)河豚ら〜麺』(2000円)が、凄いのです。まずは、画像をご覧ください。


このラーメンには、いくつかの特色がある模様。最も大きなウリは、日本酒のトップブランド「獺祭」とのコラボレーションでしょうか。

山口県の名産品をラーメンに


獺祭の中でも全体の2%しか生産されない「獺祭 磨き二割三分 遠心分離」。酒を搾る際、通常は酒袋に入れ圧力をかける方法をとりますが、この商品では遠心分離機によって酒を搾っている。結果、こういう酒粕が誕生します。


これをパクっと口にしました。……おわっ。香りは芳醇だし、シャーベットみたい!
「酒袋に入れたもろみに圧力をかけ、搾り出すのが普通の酒粕のとり方。でも良いお酒の場合は袋内で潰しておき、圧力ではなく重力で搾り出すんです。だからいい酒粕って乾いてなくフレッシュな状態なんですが、常に潰して外に置いておくと酸化するじゃないですか? あと、袋の香りが移らないとも言えない。そこで獺祭が目を付けたのが、遠心分離機でした」(麺屋武蔵・伊都木社長)
遠心分離器によって高速回転させ、酒と酒粕を分離させる。中は真空状態なので、鮮度が保たれる。最もダメージを与えない方式と言えるでしょう。この酒粕が、今回のラーメンには使用されています

獺祭が作られているのは、山口県岩国市。今回、この酒粕に合わせる食材として、同じ山口県の名産品であり、いま一番の旬を迎えている「ふぐ」が選ばれました。獺祭の製造元「旭酒造」御用達のふぐ料理専門店「栄ふく」から、極上の虎ふぐを仕入れています。
「旭酒造の桜井社長は地元の名士で、山口県のあらゆるおいしいのを体験されています。どんなお偉いさんがいらっしゃっても、桜井社長はこのお店でお食事されるそうですよ」(伊都木社長)

スープに使っているのは「水・昆布・ふぐ」のみ


話を聞けば聞くほど、期待値は高まる一方。今回、記者は特別に発売前の『獺祭酒芳河豚ら〜麺』を体験させていただきます。

まず、オーダーすると以下のような和紙がテーブルに敷かれます。ラーメンの解説がここには記されており、ラーメン到着まで読み込むも良し。敢えて読まずに、食べるも良し。


ちなみにお箸は、刀みたいな形状でした。もちろん、テーブルに置いてある割り箸で食べてもOKです。


白子に火を入れる工程があるので少し待ちますが、この時間がドキドキを喚起するじゃないですか。


というわけで、出来上がりました!



見てください、金のどんぶりで運ばれてきましたよ!

まず香りからして、既存のラーメンとはワケが違う。ちゃんと、酒粕とふぐが融合した形で届いてきます。じゃあ、いただきます!


かぁ〜、言葉が出ない。麺もスープもおいしいわ。しょっぱさはえげつないものではなく、素材の旨みがしっかり引き出されています。それもそのはず。このラーメン、スープに使用されているのは「水・昆布・ふぐ」のみだそうです。『獺祭酒芳河豚ら〜麺』を開発した、高田馬場店の橋本俊介店長に伺いましょう。
「元々、日本酒とふぐの相性ってすごく合うんです。あまり下手な小細工が必要ないんですね。酒の旨みと風味を相乗効果のような形で表現できるよう意識しました」(橋本店長)
「スープをとる時に玉ねぎや生姜などの香味野菜を入れることがよくありますが、その目的は豚や鶏などの獣臭さを消すためなんですね。素材として良いふぐを使ったならば、初めから生臭くない。もともと香りがいいので、他のものを入れて紛らわす必要がないんです」(矢都木社長)
しかもラーメンに使用するのは、お酒ではなく酒粕。液体ではなく個体なので、スープの旨みは薄まりません。それでいて、いい香りがラーメンにしっかり付く形に。

ではそろそろ、白子の方にも行ってみましょう。
「このサイズの白子は、この値段では絶対出ないでしょうね。ウチから原価がいくらだとは言わないですけど、もう食べていただければわかると思います」(矢都木社長)


うめぇ〜! 正直、ふぐをこんなにおいしいと思ったのは初めてかもしれないです。
「スープをとってる時は、贅沢なふぐ鍋ができるくらいの工程ですよ。そのまま、このふぐとってポン酢に付けて食べたらウマいだろうなって思うくらい(笑)」(矢都木社長)

麺を食べても、白子を食べても、スープを飲んでもおいしい。特にこのスープ、酒粕とふぐの相性の良さを存分にアピールしています。……っていうか、酒粕ってこんなにおいしかったんのか!
「そうなんですよ。この酒粕は香りが立ちますし、スイーツでも使われているそうです。僕も“酒粕ショック”を受けて、イメージがガラリと変わりました」(橋本店長)

この『獺祭酒芳河豚ら〜麺』は、一日に10食しか提供されない数量限定メニュー。仕事帰りに食べたい贅沢ラーメンですが、そんな悠長なことも言ってられないのか? それにしては後味が料亭の帰りみたいで、異常な余韻と満足感なんですが……。

“コストの壁”を突破した先の味


今回のこのラーメン、まともに考えたら2000円という値段設定は有り得ないそうです。なぜこんな破格値かと言うと、今年は麺屋武蔵創業20周年イヤーだから。
「今までのラーメンって、作る時にまず値段から入っちゃうんです。わかりやすく言うと、1000円以下にしようと。そうすると、ある程度材料が限られてきます。本当は肉でとった方がおいしいスープをとれるのに、鶏や豚の骨を使ったり。でも、それだと1000円じゃ売れなくなっちゃうんです。実は、誰もが突破できない“コストの壁”があるんです」(矢都木社長)
その壁を一度取っ払い、大胆に次の世界へ行けるラーメンを創造したのが今回。このチャレンジで獲得した要素は、通常のメニューにも落とし込まれていきます。
「車で言えばF-1なんですよね。F-1があるから、乗用車も技術革新していきます。今までのラーメン界にはF-1がありませんでした。値段という壁に抑えられ、ずっと軽自動車を作ってたわけです。もちろんその中での技術革新もあるんですが、ブレイクスルーが無いんです。だから、一度凄いのを作ってようと。一回枠を外してチャレンジすると、新しいものが見えてくる。その要素を、ドンドン定番に落とし込んでいきたいと思っています」(矢都木社長)

今年は「麺屋武蔵」の20周年ということで、各店の店長が毎月代わる代わる大胆な特別ラーメンを期間限定で開発していくそう。コスト度外視のラーメンを金のどんぶりによそり、各店が一律2000円で提供していきます。
(寺西ジャジューカ)