テレビやインターネットでみかける最近の事件はどれも気が滅入るものばかり。ところが100年前の新聞の三面記事はどうだろう。まるで落語の世界のような、「こんなことって本当にあったの!?」と思うような出来事が掲載されていたのだ。

そんな明治から昭和初期にかけての三面記事を紹介しているのが『100年前の三面記事』だ。この本の中から気になった記事を紹介してみよう。

まるで昼ドラのような記事も



【下帯だけは絶対取らない又次郎。その正体は……】
神戸の左官業・喜伊八のところに弟子入りをした又次郎がある日、突然姿を消してしまう。心配した喜伊八は警察署に届けを出したところ、又次郎を巡査が発見し警察署で身体検査を行った。そこでなんと、正真正銘の女だと発覚したのだ。

男として生きてきた又次郎は声も動作も男そのもの。この記事は"今後、どう生きるべきか本人も悩んでいる"と締めくくられている。又次郎は一体どう生きることにしたのか、余計なお世話だが気になってしまった。

【父親に嫁を寝取られる】
神田に住む義雄は、おろくを嫁にもらい、父・半佐衛門と3人で生活を始める。すると、なにやら父とおろくが怪しい関係になっているではないか。一度は離縁を決意した義雄だが、不倫の当事者である父から仲裁を受け思いとどまった。
しかし、半佐衛門とおろくは駆け落ちをし、心中を図るも失敗。結局義雄とおろくは離縁をしたが、その後も半佐衛門とおろくの縁は切れておらず、心中を図るがまたもや失敗して事件は収束した。

昼ドラのようなつっこみどころ満載の事件である。実の息子の嫁だぞ、親父! 仲裁したにもかかわらずなぜ駆け落ちした、親父!

「100年前の事件はこんなにも牧歌的だった」


本書の編集を担当された谷村さんに印象に残っている記事をたずねると、【極寒の海を泳いで投票!】だそうだ。高知県の孤島に住む猟師50人は、船で選挙の投票所に向かっていた。その途中で雨風が強くなり上陸不可になってしまったが、2月の寒い海に素っ裸で飛び込み投票に向かったという記事だ。

「ストレートに情景が浮かび、かつ劇的でした。懐の深い時代性や当時の人の"人間力"がよく出ています。ほかには、泥棒・軽犯罪ネタも多いのですが、たとえば【拘留所でお産を手伝った囚人たち】のように"ワル"であっても、皆、性根は腐ってなく根は温かい。同じ悪人でも現代のように動機の読めない冷酷な悪人ではなかったことがうかがえます」

他にも現実に起こったのかと驚く事件から人情味のあるあたたかい事件まで、数多く紹介されている。谷村さんは「凶悪で殺伐とした事件ばかりが起こる現代とは異なり、100年前の事件はこんなにも牧歌的だったんだ、というところに注目して読んでいただきたいです。しばらく読み進めていると感覚が麻痺してきて、これらの出来事が"事実"であったことをつい忘れてしまいます。それほど"嘘のような本当の話"集です」と話してくれた。

また記事を読んでいると、長屋、遊郭、バケモノ退治といった昔話のような文化と、銀行、警察などの現代でもいきている文化が混在していて興味深い。
「文明開化と大正ロマン、江戸文化と西洋化がカオス状態、そして世界大戦も勃発…と、当時を生きた人にとっては動乱の世だったでしょうが、このもみくちゃな時代の中から出てくるニュースはなんと多彩なことか! そしてそんな激動の最中にありながら、他人のことも気にかけるような寛容さがあり、当時の人々の心の豊かさが三面記事から読み取れます」

本書は4月で終了する30年続いたTBSラジオの番組「大沢悠里のゆうゆうワイド」の人気コーナーをまとめたもの。まえがきには"何の役にも立たないけど(笑)、心の薬にはなる。心の薬でクスリと笑ってください"という大沢さんの言葉がある。リスナーも、そうでない方もクスリと笑い、人って面白くてあったかいんだということを思い出してほしい。
(上村逸美/boox)