「Sアミーユ川崎幸町」で起きたもうひとつの事件(写真はイメージです)

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 川崎市幸区の老人ホーム「Sアミーユ川崎幸町」で、入所者3人が相次いで転落死した問題で、3人が転落した日にいずれも夜勤を担当していた元職員の男性A(23)。Aは入所者の金を盗んだなどして、今年5月、神奈川県警に窃盗容疑で逮捕され、同施設を懲戒解雇となっている。この窃盗罪の公判が横浜地裁川崎支部で行われていた。9月10日に開かれた審理と、24日の判決公判の様子をリポートする。

 起訴されているのは3件の窃盗。今年1月〜5月にかけ、施設内の入所者居室において、現金や貴金属を盗んだというものだ。現金は11万6千円、指輪など4点の貴金属は時価68万円相当となる。24日の判決公判で忠鉢孝史裁判官はこれらを事実と認定した。

19件の窃盗で200万を超える被害額

 9月10日に行われた審理の日、横浜地裁川崎支部1号法廷に現れたAは保釈されていた。チェックのシャツに濃い色のズボン、白いスニーカー。スポーツ刈りにメガネ……と真面目そうな目立たないタイプに見える。この日の審理では追起訴分の起訴状読み上げと情状証人である母親の証人尋問、そして被告人質問が行われた。

 Aの手口は、職員室においてあるマスターキーを持ち出し、入所者らが部屋を留守にしている間にマスターキーで忍び込んで、現金や貴金属を盗む、というものだ。Aは逮捕後、3件を含む合計19件の窃盗を自供しており、その被害総額は200万円を超えるのだが、そのうち16件について示談が成立しており、合計218万円の示談金を支払っている。

 この示談金を準備したという母親は恰幅がよく、Aによく似た顔立ち。窃盗を知り「とてもショックでその日は時間が止まったように思った」と語る。

弁護人「被告人はどんなお子さんですか?」
「おおまかに言えば優しい子です」
弁護人「示談金は?」
「私一人ではとても無理。親戚の力を借りています。今回、コンサートにたくさん行くとか、生活態度が派手になっているとこもあったので、そこは厳しく追及して行きたいと思ってます」

 示談金全額を実際に用立てたのは母親ではなく親戚だったという。そして、金の使い道については以下のようなやり取りがあった。

検察官「コンサートはいつ頃から?」
「よく行くなと思い出したのは平成26年の12月頃からです」
検察官「被告人の話では盗みは昨年9月頃から始めたと。ホテルに泊まったり野球観戦にも使っていたといいますが、お母さんは被告人が家に帰らなくなったと気づいてました?」
「帰らないという連絡はその都度受けていました。すごく帰らなくなったという感覚は……それほど帰って来ないとは思ってなかった」
検察官「金遣いが急に荒くなったことに気づいた?」
「自分の分しか出していないと思ってたので……一緒に行った人の分も出してると思ってなかった。給料の範囲内で出来ることをしていると思っていたので、荒くなったとは認識してなかった」

 なんとAは貧しさから金品を盗んだのではなかった。盗んだ金はコンサート、ホテルのデラックスルーム宿泊、野球観戦など娯楽にあてられていたのである。それも同僚らを誘い、彼らの分も負担していた。なぜそんなことをしたのか? 続く被告人質問では一連の窃盗の動機が語られた。

「自分を良く見せたい、見栄を張りたい、そういう気持ち……お金を取ることや、入居者さまのものを取ること、当時は抵抗が少なかった。ものや金を取った被害者の皆様はもちろん、施設の管理者、いまもいる現場の職員、母、親族などに多大なご迷惑をおかけし反省しています」

 Aは羽振りのよい理由について『副業をしているから』とウソをついていたという。しかし見栄を張りたいからという一点で、自分の働き口や将来、勤務先の信用までも失墜させるようなリスクの高い行為に及ぶことについては、違和感をぬぐえない。

 検察官は、盗みを繰り返した理由をさらに追求した。

検察官「『罪悪感が薄くなってた』からといっていましたが、それは盗みそのもの? それとも、おじいちゃんおばあちゃんから取るということ?」
A「いえ、人のもの、お金やものを取ることへの抵抗や恐怖心が薄れていきました」
検察官「一度見つかりそうになっていますね。このとき危ないとおもったのにその後も続けている。なぜ?」
A「見つからなければいいや、と。見つからなければいいという気持ちはありましたが、施設から何か聞かれたりとかそういうこと一切なかったので、バレなければいいと、当時思っていました」

 裁判官はくだけた語り口で、“そもそもバレる犯行”にいたった理由をしつこく聞いた。

裁判官「入居者の財布から金を抜いたり、部屋から貴金属を盗んだりね、その部屋の人が鍵をして外に出ているときはマスターキーを持ち出して入ってる……。あのー。1回や2回、出来心でとっちゃいました、で終わってれば、記憶違い、勘違いってことで被害自体なかったということにもなるかもだけどね、これだけやってさ、マスターキーは誰でも手に入るものじゃないし、そんなの内部の犯行だと疑われるに決まってんじゃん。職員の誰か、その中を絞っていけば。盗みが始まってから金遣いが荒くなる人、そういないのですぐに分かりますよね?」
A「はい、それは分かってました」
裁判官「なのになぜ?」
A「見栄をはりたい、良く見せたい気持ちが先行して、その方々の気持ちを当時は考えていませんでしたので、そのままずっと犯行を続けてしまいました」

 また、なぜ同僚の分も驕っていたのか、やはりしつこく尋ねる。

裁判官「コンサート、野球と、なぜ他の人の分まで払うの? 同僚とかじゃないの?」
A「そうです」
裁判官「みんな、給与大体分かるでしょ?」
A「そうです」
裁判官「金をばらまいて遊ぶことが出来る理由は説明したことがあるんですか?」
A「したことあります。他のところでも、介護施設でないところでも働いているとウソをついていました」
裁判官「あなたに驕られてた人たちさ、驕られる理由とくにあるの?」
A「とくにありません」
裁判官「単にたかられているとは?」
A「当時は思っていませんでした」

 Aは「施設から何か聞かれたりとかそういうこと一切なかった」と語ったが、施設も入所者らから被害実態の聞き取りなどを行っていなかったのだろうか? 約半年の間に入所者の金品が次々と消えるのである。何か勘付いていた入所者家族や入所者本人もいたことだろう。

 閉廷後、Aや弁護人は囲み取材に応じることもなく、裁判所から立ち去った。3人が転落死した件についての捜査はいまだ進展をみせていない。

著者プロフィール

ライター

高橋ユキ

福岡県生まれ。2005年、女性4人の裁判傍聴グループ「霞っ子クラブ」を結成。著作『霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記』(新潮社)などを発表。近著に『木嶋佳苗 危険な愛の奥義』(徳間書店)