福田正博フォーメーション進化論

 香川真司がブンデスリーガ最終節、5月24日のドルトムント対ブレーメン戦に先発出場して1ゴール2アシスト。その一週間後に行なわれた5月31日のドイツカップ決勝では、ヴォルフスブルクに敗れたものの先制点をアシストした。シーズン終盤でようやく香川らしい輝きを少し取り戻したといえる。

 香川にとって、ドルトムントに復帰した2014−2015シーズンは、本来ならばシーズンを通して活躍する姿を見せたかったはずだ。香川は、マンチェスター・ユナイテッド移籍2年目の2013−2014シーズンはデビット・モイーズ監督に冷遇され、続くルイス・ファン・ハール体制では構想外になった。その香川にとって、彼を飛躍させてくれたドルトムントのユルゲン・クロップ監督は、"失った自信を取り戻せる"もっともふさわしい指揮官だと私は考えていた。

 だが香川は、ドルトムント復帰初戦(フライブルク戦/2014年9月13日)こそ先発してゴールを決める幸先のいい船出だったものの、それ以降は精彩を欠いた。12月から1月にかけてはベンチ入りしても出場機会のない試合が続いた。

 その後、今年2月には先発に戻ったが、ミスをしないことを最優先にプレーしている印象を受けた。そのため、相手ゴール前で香川がボールを持っても怖さを感じないため、相手DFは強いプレッシャーをかけやすい状態だった。香川はチャレンジできなくなり、さらなる悪循環に陥ってしまったように思う。

 香川にとって痛手だったのが、2013−2014シーズンまでドルトムントにいたFWレバンドフスキーがバイエルンに移籍したことだろう。彼がいなくなったことで、クロップ監督のサッカーがうまく機能しなくなった。それまでのドルトムントは、前線でプレッシングをしてボールを奪った後、レバンドフスキーが前線で起点となって、2列目のMFが攻め上がる時間を作ることができていた。つまり、レバンドフスキーが攻撃の中核を担っていたということだ。その選手がチームを去ったために、FWを追い越してゴールに迫るという香川の持ち味も発揮されにくかった。

 ただ、そうした点を差し引いても、香川ほどの選手でも、失った自信を取り戻すことは非常に難しいということをあらためて感じた。それは、香川が子どもの頃から常に国内で世代のトップに立つ選手だったことと無関係ではないだろう。

 たとえば、本田圭佑は中学時代にガンバ大阪のユースに昇格できない経験をしており、長友佑都は明治大学時代にベンチにも入れず、応援役としてスタンドで太鼓を叩いていた。長谷部誠は藤枝東高から浦和レッズに入団した当初、ほとんど期待されていない存在で、レギュラークラスの選手ではなかった。つまり、この3選手は若い頃に挫折を味わい、その壁を乗り越えた経験を持っている。そのため、ヨーロッパでプレーするようになっても、自分を見失わずに新しい環境で積極的にセルフ・プロモーションをし、プレー機会を手にしてきた。

 それに対して、香川は子どもの頃から常に監督やチームメートから一目を置かれるいわばエリートで、アンダーカテゴリの日本代表にも選ばれ、順風満帆のキャリアを重ねてきた。そういう選手が、世界中のサッカーエリートが集まるマンチェスター・ユナイテッドでサッカー人生初の壁にぶつかった。香川にとって未経験の境遇であり、しかもその壁が非常に大きくて高いものだっただけに、対処することは難しかったのだと思う。

 もうひとつ、香川は必要以上に自分で自分にプレッシャーをかけてしまっているように感じる。選手というのは誰でも、自身の過去のパフォーマンスレベルをよく覚えていて、そのレベルを指標にプレーする。加えて、高いレベルだった頃を覚えている周囲の期待にも応えたいとも思う。そのふたつがあるため、「こんなはずじゃない」、「もっとできるはずだ」と、自らを追い込んでしまいがちだ。

 この傾向は香川のように真面目で繊細な選手ほど強い。「今の力じゃ、こんなもんかな」と開き直ることができれば、精神的にラクになって好転することもあるのだが、簡単に割り切ることはなかなか難しい。

 高い意識と目標設定を持つことは、順調にキャリアを積んでいるときはいいが、ケガや不調からの復活を期すときは、過去にうまくプレーできていた自分にとらわれてしまうと、プレーする喜びまで見失ってしまいかねない。実際、それでスランプになってしまい、そこから抜け出せないままキャリアに終止符を打つ選手もいる。

 香川がドルトムントに移籍した2010年は、すべてが新鮮で、ドリブルやパスなど、あらゆるプレーに喜びを感じていたはずだ。それが、活躍を続けるにつれて、喜べるプレーがゴールにつながるものだけになったのではないだろうか。そして、今はその頃の残像を追い求めながらプレーしているように見受けられる。好調だった頃のようなプレーができれば喜び、できなければうなだれる。

 もちろんゴールにこだわるのは大切だが、プロリーグは世界のどこの国でも、平均してシュートは10本打って1本決まるかどうかというデータもある。シュートを外しても落ち込む必要はない。今の香川にとって重要なのは、勝負に対してプレッシャーを抱え込まず、試合の中で自身がプレーできる喜びを増やすことだろう。

 香川が2015−2016シーズンもドルトムントに残るのか、それとも新天地を求めるのかはわからないが、シーズン終盤で見せてくれた輝きを、新シーズンでも継続して、完全復活してくれることを楽しみにしたい。

 そして、6月16日のシンガポール戦から始まるW杯ロシア大会のアジア予選の長い戦いのなかで、これまで以上に精神的なたくましさを備えた香川が、日本代表を2018年のW杯へと導いてくれると信じている。

福田正博●解説 analysis by Fukuda Masahiro