羽田空港国際線発着枠を巡る血みどろの戦い

2013年10月上旬に決定される約40枠の羽田国際線発着枠を巡り、自民党、日本航空(JAL)、ANAホールディングス(ANA)の思惑が交錯している。

発着枠とは、航空会社が飛行場に便を発着する為に取得が必要な権利のことで、人の流れの多い羽田空港から、どれだけの便を、どれだけいい時間帯に発着できるかがビジネスの成否を決める、航空会社にとってはまさに生命線。特に、2014年4月に拡張される羽田国際線の昼間帯発着枠は、1枠獲得するごとに17億〜18億円の増益があるとされる。国土交通省航空事業課は「現時点でまだ何も決まっていない」とするが、その配分比率を巡り、JALとANAが水面下で熾烈な争いを繰り広げている。

そもそも国際線の発着枠の配分は、これまで議論の対象になってこなかった。発着枠をJALとANAの2社に均等に配分することが、就航地の異なる2社のネットワークを活用し、アクセス利便性を最大化する観点からも、理にかなっているとされてきたからだ。実際、これまでの羽田の国際線の発着枠は全て均等配分され、JAL・ANA間できれいに8枠ずつを分けあっている。

航空行政に詳しい早稲田大学・戸崎肇教授は「JALが破綻した結果ANAが独占した路線では、客単価が上昇している。路線はJALとANAの両社が参入していたほうが、価格競争、サービス競争が起きる。国民の利益を守るために、発着枠は平等に配分すべきだ」と語る。

しかし、今回の羽田国際線発着枠の配分においては、そうしたこれまでの考え方が変更される可能性が出てきている。ANAがJALへの公的支援を不公平とし、発着枠の傾斜配分による是正措置を求めているからだ。

「(羽田国際線発着枠国内航空会社向け20枠を)できればすべて欲しいと申し上げている」。ANAホールディングスの伊東信一郎社長は8月8日の定例会見でこう述べた。伊東社長はこれまでもJALの再建過程で生じた競争力の格差を不公平として発着枠の配分で是正を主張してきた。

ANAの主張は、こうだ。JALが受けた公的支援により、JALとANAには自助努力では埋まらない格差が生まれた。JALは、公的支援を受けたにも拘わらず、繰越欠損金制度を用い、税金を払っていない。こうしたゆがみや格差を是正する為に羽田国際線発着枠の傾斜配分を求める。ANA広報部は「私たちが問題と考えているのはJAL再生にともなう『仕組み』についてである。発着枠によって、この格差が是正されることを期待している」とする。

対するJALはこう反論する。JALの収益改善の大部分は、人件費水準をANAよりも平均1割低く抑える等といった自助努力によるものだ。繰越欠損金制度については、ANAも含む約7割の企業が活用する一般的な制度であり、加えて、全ての税金が免除されるわけではない。実際、過去3年の納税額はANAを130億円上回る。

JAL広報部は「そもそも公的支援や税額控除が問題なのであれば、その制度を通した是正措置を検討すべきであり、直接的な関連がない枠配分で足かせをはめることは公平性を欠く上、税額控除など期限が存在する措置の是正手段として、枠配分という無期限の権益の傾斜配分を行うことは、理にかなっていない」という。

■なぜ、自民党はJALを目の敵にするか

このとおり両社の主張は平行線のため、最終的には、行政が両社の主張を踏まえた上で、国民便益を最大化する判断を下すしかないが、政治家の思惑も事を複雑にしている。

前政権の間に公的支援を受け、再上場も果たしたJALに対し、批判的な意見を持つ現政権の議員が一部存在する。JAL再建を担った稲盛和夫JAL名誉会長は、民主党応援団とされたのもその大きな要因だ。これまで通りに「均等配分」とは素直にいかない可能性がある。

こうしたJALとANAを巡る議論について、ある航空関係者はこうため息を付く。「日本経済を牽引していってほしい両社がいがみ合ってばかりいる。まるで、相手を叩けば自分が得する『ゼロサムゲーム』にあるかのようだ。新型機ボーイング787が本格始動しつつある今、両社は批判合戦を止め、国益の観点から外に向けての発信をしてほしい」

国内のこうした動きは海外からの注目も大きい。アライアンス(航空連合)の競争力に大きく関わってくるからだ。JALとANAの羽田と成田を合わせた国際線の昼間帯便数は、それぞれ49、53と拮抗しているが、それぞれが加盟するワンワールドとスターアライアンスで見ると、64と93と現時点でもスターアライアンスが有利になっている。これが、仮に今回配分される羽田国際線発着枠が全てANAに配分されるようなことがあれば、64対113と差は大きく開き、ワンワールドが極めて不利な状況に追い込まれる。自国の航空政策に少なからぬ影響を与えるこの政策判断の行方に、米国を始めとした各国の政府は神経をとがらせており、採られる措置の内容次第では、各国との関係にも影響を与えかねない。

■国交省に告ぐ!

枠配分の現在の議論は、国民の注目をあまり集めないまま進められている。このままでは国民不在の決着もありうるだろう。前出の戸崎教授は、こう話す。「行政は競争の起こるような路線を増やす観点から判断をすべき。国際線のネットワークの問題をみても、枠の配分に偏りがあると利用者が不便になるのは明らか。黒字化したJALに不採算路線を押し付けようとする動きもあるが、これもおかしい。不透明なやり方をせず、欧米の事例にならって『離島路線については補助金をだす』などの明確なシステムをつくるべきだ」

いずれにしろ、この発着枠配分のルールについては、厳しい説明責任が問われてしかるべきだろう。不透明で恣意的な判断により利用者の利益を損なうことは断じて許されないのだ。

(宮上徳重=文)