宇佐美貴史(19歳)のバイエルン・ミュンヘンへの期限付き移籍が決まったというニュースは、ある種驚きを持って迎えられたと思う。

なにしろブンデスリーガの顔とも言っていいバイエルン・ミュンヘンなのだ。長谷部誠、内田篤人、香川真司など、日本代表の選手たちが着々とドイツで実績を残してきているとはいえ、彼らが所属するクラブと比べてもバイエルンは別格。しかも、未来の日本代表のエースと評されるとはいえ、宇佐美はまだまだ成長過程だ。しかし、期限付きでも移籍が実現したのには、若手の有望株で、ロッベンやリベリのバックアップとして使えそうな選手を安い価格で獲得でき、それもドイツで評価が高まる日本代表なら、といういくつかの要素があった。

スポーツディレクターのクリスティアン・ネルリンガーは宇佐美について、「優れた攻撃力を持ち、とても才能に恵まれている」と評価。Jリーグからブンデスリーガへ来るのは大きなチャレンジと認めながら、「時間をかけて慣れてもらう」とも話した。

つまり、若い選手に時間を与える姿勢も見せた。そして、それを象徴するような出来事が4日に起きた。

バイエルン・ミュンヘンは宇佐美よりも1歳若く、代表歴もないほぼ無名の選手をイングランドから獲得することになったのだ。それが、今、英メディアで話題になっている、イングランド3部(リーグ1)トランメア所属の18歳、デール・ジェニングスである。

ガーディアン紙は、「いったいなんでこんなことが起きたんだ?」と、その驚きを率直に表した。

リヴァプール生まれのジェニングスはリヴァプールのユースチームで上の年代にあがれず、15歳でトランメア・ローヴァーズに加入、その後トランメアのユースで技を磨き、昨年9月にトップチームにデビュー。その1カ月後にプロ契約を結んだ。その彼が、6日にバイエルンでメディカルチェックを受け、問題なければ正式契約をかわすのだ。

昨季のリーグワンの最優秀新人賞を受賞したジェニングスをプレミアリーグのスカウトが見逃すはずもなかったが、イングランドに強力なスカウト網を持っていないバイエルン・ミュンヘンがなぜ、この選手に目をつけたのか。そこにはかつてバイエルン・ミュンヘン、ニューカッスル、リヴァプールなどで活躍した元ドイツ代表MFディトマー・ハマンの存在があった。

ハマンは昨季、現役に復帰してMK(ミルトン・キーンズ)ドンズで13試合プレーしたが、イングランドサッカーでの最終戦となった昨年10月の試合の相手はトランメアであり、その試合でジェニングスが2ゴールを決めてハマンの目を引いたのだ。

時を同じくして、ハマンの友人であるネルリンガーがエヴァトンのレイトン・ベインズの獲得を目指して、リヴァプールを訪れていた(獲得は失敗)。その際にハマンから話を聞き、ネルリンガーはそれ以来、ジェニングスに注目してきた。

この1月にはウェストハムがジェニングスにオファーを出したが、トランメアが断った。シーズン終了時にはバイエルンが、ジェニングにトライアルを受けさせたいと申し入れたが、トランメアはそれも断った。しかし、交渉を重ねた結果、ようやく両クラブは4日に合意に至る。

トランメアのレス・パリー監督は、「長い歴史のなかでも、最大の移籍の一つだね。もちろん、金銭的にはもっと大きな移籍もあっただろうが、18歳のイングランドの選手が、ヨーロッパのジャイアントクラブの一つと契約することになったんだ。デールにとってはものすごいことだし、トランメア・ローヴァーズにとっても、イングランドフットボールにとってもすごいことだ」と感激を隠さない。

ジェニングスの成長を見守ってきたユース部門の責任者であるショーン・ガーネットは、次のように語る。
「彼は自分の力でここまでやってきた。拒絶を味わい、そして17歳でトランメアのトップチームに這い上がり、18歳でバイエルン・ミュンヘンと契約するなんて。小さなクラブだって、でっかいことがやれるんだ。デールはエキサイティングな選手で、すぐに才能に恵まれていることがわかる。ピッチで自分を表現したいと思っている。彼の武器は、次にどんなプレーをするのか予測できないことだ」

ネルリンガーによれば、まずはドイツでのプレーと生活に慣らすため、昨季4部に落ち、今期3部昇格を目指す、バイエルンのBチームでプレーさせるという。

そこでまたトップチームに這い上がれば、シンデレラストーリーは完成。誰もが予測できないことを是非ともやってもらいたいものだ。




【野間けい子】