5月30日に行われた日本対イングランド戦の、後半13分だった。イングランドのベンチのすぐ前で、大久保が倒れた。接触プレーで顔をはたかれた、というアピールだった。

 メインスタンドのイングランドサポーターから罵声が飛ぶ。テクニカルエリアに出ていた敵将ファビオ・カペッロも(この試合の彼は、前半からほとんどベンチに座っていなかった)、苛立ちを隠さない。同じくテクニカルエリアで戦況を見つめていた岡田監督に向かって、両手をひろげて大声でアピールをした。

 およそ5メートルの距離で、二人の指揮官が激しくやりあう。カペッロが声を張り上げ、岡田監督が怒鳴り返す。一歩も引かなかった。世界的な名将に臆することなくぶつかっていった監督の姿勢は、チームを鼓舞するものであったはずだ。試合の流れとは関係のないものだが、これもまたゲームを構成する要素のひとつだと思う。

 対照的に残念だったのは、サブメンバーの静かさである。ピッチ上でおきている現象に対して、ベンチの反応はまだまだ鈍い。得点シーンでも、立ち上がって喜ぶような選手は見当たらなかった。相手のファウルにベンチから飛び出して抗議をしたり、決定機に思わず立ち上がる選手も。闘莉王がチームメイトを怒鳴りちらす声は何度も聞こえてきたが、ベンチからの熱は伝わってこなかった。僕を含めたメディアは、ベンチのすぐ裏側に座っていたのだが。

イングランド戦を控えた紅白戦では、控えチームが先発組を上回るパフォーマンスを披露していたと聞く。そして、ベンチの熱量はいまひとつである。レギュラーと控えに精神的な壁のあったドイツW杯を思い出すのは早計だが、チームの一体感に不安を覚えてしまう。 

 先頭を切るのは川口になるが、彼ひとりに任せていいはずはない。ドイツW杯のメンバーだった稲本や玉田だけでなく、中村憲も矢野もベンチの盛り上がりが大切なのは充分に理解しているはずだ。

 このチームが初めて一体感を見せたのは、およそ一カ月でW杯3次予選を集中的に消化した08年6月だった。豊田でのキリンカップを出発点に横浜、マスカット(オマーン)、バンコク(タイ)、埼玉と転戦した日々で、中村憲と矢野は川口とともにチームを後方支援した。小さなサプライズを呼んだ矢野の代表入りも、途中交代のカードという戦略的な意味合いはもちろん、サブの一員としての彼を岡田監督が記憶に刻んでいたからだと個人的には考えている。

 ここから先は、チームの勝利が何よりも優先される。チームが勝ち上がっていけば、控え選手が試合に出場できる可能性も高まる。ワールドカップのメンバー入りが決まった瞬間の気持ちを、チームの勝利に貢献しようという思いを、選手はいまいちど思い出してほしい。