鈴木貴博(すずき・よしひろ)●株式会社鈴生社長。1976年、静岡県生まれ。九州東海大学工学部を卒業後、山梨の生産法人にて約2年間、農業研修を経験する。その後両親から鈴木農園を継ぐ。2008年に株式会社鈴生を設立。レタスの作付面積拡大に積極的に取り組んでいる。鈴生>> http://oretachinohatake.com/

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人と作物が育つ農業を実践する株式会社鈴生。農業の産業化を目ざし、予め作物の価格と数量を決めた契約取引を行っている。レタスを大量に納めるモスバーガーから品質の良さを高く評価されている一方で、農業界が直面する「六次化」「国際化」「補助金」「IT化」「レギュレーション」などの問題にはどう対応しているのだろうか。鈴木貴博社長の本音に耳を傾けよう。

■「余るから六次化」はナンセンス

――先ほどバリューチェーンを広げるお話が出ましたが、どこまで領域を広げるのか。一次産業である農業に二次産業、三次産業を加える「六次化」も盛んに議論されていますが、どうお考えですか。

【鈴木】餅は餅屋、安易に六次化には手を出すな、と言っています。むしろ、分業化に着目したい。農薬なら農薬会社、収穫なら収穫会社。分業化したくて、二年前から農薬の散布機を散布会社に貸して委託しています。とはいえ、やっぱり農業は人が資本です。作業は分担できるけど理念は分業できない。最近は自社の社員を分業先に出向させてでも理念は浸透させたいと思っています。

――事業領域の話とも関わりますが、海外への輸出。グルーバル化についてはどうでしょう。肯定、否定、いろいろ意見が入り乱れていますが。

【鈴木】六次化に関しては、六次化のために作物を作るなら僕は大賛成。でも作物が余るから六次化はナンセンス。ジャムをつくるためにイチゴを作るのは用途が定まっていて、大賛成です。輸出も同じ。日本でキャパが多くなったから海外に出そうというのと、海外マーケットを狙って作るのでは全然違う。海外の長粒種のコメ市場に向けて、前もって日本で長粒種をつくって「日本人が作った長粒種だ」と輸出するのなら日本ブランドを生かす意味で非常にわかりやすい。訴求力もあります。

――国内のものを何も考えずに海外に出すやり方はもう……。

【鈴木】利益が出ないと思います。個人的には海外への輸出は、日本のインフラごと持って行って、海外で生産して日本の農業のパイを増やしたほうがいいと思います。アメリカの人に枝豆を食べてもらうために作りに行けばいい。根拠をはっきりさせたいですね。

――それは、品目や商品の選定にも関連してきます。多くの生産者は、転作を含めて悩まれていますが、以前のミカン、お茶からレタス、枝豆へ品目を転換した理由は何ですか。

【鈴木】レタスは、まず貯蔵がきかないので輸入が限りなく少ない。つまり自由化のダメージが小さい。その上で、僕は外食産業のために作っています。決まったマーケットに向けて作物をつくれば、非常に価値の高いものが生まれる。褐変が少なく、肉厚なレタスを作ってほしいと言われれば、それに特化した品種も作れます。

■農家はメーカーです

――仮にマーケットから白くて太いネギを作ってほしいと言われて、売値が合えば作りますか。将来的にレタスがマーケットのニーズに合わなくなれば、変えますか。

【鈴木】はい。変えますね。農家はメーカーです。自分が作りたいものを作っているうちはメーカーではないです。単なる受注発注制ではメーカーではない。メーカーである以上、自分たちの商品は自信を持って出さなきゃならない。注文と違うものを納めたら、否定されます。

――見込み生産ではなく、受注生産だ、と。

【鈴木】そうですね。僕は、メーカー小売り希望価格で出しています。これでなければうちの採算は合わないって。ただ、一度に200ケース買ってくれるなら、少し、おまけしてもいい。それが農家のありかたになっていくんじゃないでしょうか。自信は大切ですよ。

――よくわかりました。では、生産上の課題は何でしょうか。

【鈴木】そうですね。品種のすべてを種苗メーカーに握られているということが、一番のリスクかな。種をずっと買い続けなければいけないというのが課題です。だから、小さくても種子会社は立ち上げたいですね。他の種苗メーカーさんとのジョイントベンチャーでもいいから、レタスの自分たちだけの品種は作ってみたい。

■天災への保険がほしい

――では、販路の選定基準については、どうでしょう。こういう販路とは付き合えないというような基準はありますか。

【鈴木】「おいしさを求めて」という理念が共有できないところは途中で外させてもらいます。そのシーズンはつきあっても、次はゴメンナサイです。

――農業界は他の産業に比べると補助金が手厚いですね。生産法人として、補助金はこうであってほしいという考えをお聞かせください。

【鈴木】何より、天候災害リスクに対する補助金というか、保険のような仕組みがほしい。僕たちも、もともと取り組む予定だった事業に合致するような補助金が存在していれば使わせていただいています。例えば今回、加工業務用野菜の生産者に対する補助金が出たのですが、僕たちのような加工野菜を栽培している農家には大変有用だと思っています。あとは先ほど申し上げたような、大きなリスクを軽減してくれるような仕組みがあるとありがたいですね。

――コメには共済のような形がありますが、生鮮野菜ではないですね。

【鈴木】積立式の保険でも何でもいい。昨年の台風で僕らの農地は川が氾濫して水没しました。毎年浸水するので騒ぎにならないのですが、非常に苦しい。水田の裏作でレタスを作っていますが、水田は川が溢れたときの水の逃げ道です。国は水田のフル活用を奨励していますが、それを裏作でやれば必ず水没します。水に浸かったときにリセットできるだけの金額でリスクを担保したい。

――補助金というよりは災害に対しての保険ですね。

【鈴木】それがあれば災害からも早く再生産に取りかかれます。

――現実には、災害リスクにどう対応していますか。

【鈴木】会社経営で補うとすると、台風リスクが高まった場合、一緒に責任を負ってくれる会社さんを探して、それを引き受けてくれた分は植えます。浸水したら小さな葉のレタスになりますが、それを買ってくれますか。OKです、となれば植える。そして災害でも全力を尽くして作ります。そういう形でリスク回避は行いました。補助金については、施設整備のためにはもらったことはありません。施設は全部、実費でやってます。施設の補助金は採択されるまでに1年、2年かかる。待てません。出荷に困るのですぐ建てたい。先にやっちゃいます。

――逆に事後申請も認めてくれるようであれば。

【鈴木】絶対に申請しますよ。もともと自己責任で建てているのだから、後で認めてくれればOKです。全然、問題ありません。

――スピード感が求められるプロの農家は、補助金を待っている時間がなくてどんどん進める。そういう人に還元するには事後申請の承認が必要なのですね。

【鈴木】補助金が半分出るからと施設を建てている農家は、たぶんうまくいってない。自己資金で建てているところは黒字じゃなきゃダメです。銀行からお金を借りていますから。

――補助金をもらうと、それをベースに全部使うためのスペックになりがちです。

【鈴木】余分に背伸びをします。自己資金の半分を事後的に出してくれる形になれば、すごくいい農業ができると思います。

■離職者はゼロに

――人材の確保には、どう取り組んでおられますか。どこも悩んでいますが……。

【鈴木】まず、労働時間ですね。以前は農閑期、農繁期でめちゃめちゃでした。暇なら休むスタイル。現在は週1回必ず休んでプラス1日の休日。隔週で土日休のような形。休日が平日になることもありますが、シフト制を採用しました。社内レクリエーションも増やしました。社員旅行に月1回の食事会、バーベキュー大会、野球チームにゴルフ部と。

――そういう工夫して、離職者が減ったのですね。

【鈴木】いまは離職者ゼロです。先日も新人が、こんなに丁寧に優しく教えてくれる会社は初めて、ここなら成長できる、頑張りたいと皆の前で言ってくれました。すごくありがたい。食事会やバーベキューを頻繁にしているのは、下からの声が聴けるから。皆言いたいことを僕に言います(笑)。

――では、ITの活用についてお尋ねします。鈴生は電機メーカーとも組んでいろいろ試しておられるそうですが、どんな見通しをおもちでしょうか。

【鈴木】今はデータだけ蓄積している段階です。それを活用するのが本当のICT。まだデータが少ない。いろんなネットワークを使って集められれば、いずれ宝になります。

――生産者側の状況データと外食や小売のキャンペーンの連動がうまくいかなくて、作物のない時期にキャンペーンを張るミスマッチも起きていますね。

【鈴木】僕らは、たとえばレタスの収穫時期に焦点を当てたデータ化を考えています。品種、栽培時期にもよりますが、レタスの収穫時期は、生育期間の平均気温の累計が1400度に達した頃と言われています。気象データをもとに1400度から気温を前倒しに引いていけば、あと何日後で収穫できると分かるはず。そのデータをお客様が見て、先々のメドが立つ。しかし実際は1350度で獲れるときもあれば、1450度のときもある。なぜ、そうなったのか。日射量か、地温か、気圧か、と追っていくには僕らだけでは限界があります。

――サンプル数を増やさないといけないのですね。

【鈴木】はい。そうです。そこができれば収穫適期が読み取れるでしょう。ぜひ、それをやりたいんですけど、現段階では無理ですね。

――実際の相場の変動にはどう対応しておられますか。

【鈴木】契約栽培なので、一定の金額でどんな災害時も出荷し続けていますが、お客様には月報と2週間先の収穫情報を出しています。生育場所の写真付きで状況を説明して、この時期にはこうなります、と。生の情報を渡して、契約を守れない可能性があるとしたら、前もってお知らせします。

――鈴生はJGAP(日本版GAP(農業生産工程管理))を取得されていますが、レギュレーションへの対応はいかがですか。

【鈴木】さまざまな基準を統一してくれたら楽ですけどね。それが世界基準なのか日本だけなのか非常に見分けが難しい。僕はオリンピックに作物を出したいのでJGAPでは出せないとなれば、GGAP(グローバルG.A.P、ドイツの非営利機関による農産物安全認証)を取りに行きます。Gを取る準備はできています。ただ、何のためのG取得かというと、2020年の東京五輪に作物を出したい。その程度のレベルなんです。一つメリットをあげると、グループ内で鈴生のマニュアルはJGAPだと伝えれば、作り方が共通化できます。独立して畑を持っても鈴生に納めたければタバコを吸いながら収穫できないし、トイレの後は手を洗うとか、当たり前のルールが浸透します。理念を伝える社内、グループ内のルールになっていきます。

(鈴生完)

(鈴木貴博(鈴生)、大和田悠一(有限責任監査法人トーマツ)=談 山岡淳一郎=聞き手、文・構成)