試合を決定づける4点目を決めた佐藤。お立ち台でのヒーローインタビューで、思わず男泣きをした。写真:小倉直樹(サッカーダイジェスト写真部)

写真拡大 (全3枚)

[J1・1stステージ16節]サンフレッチェ広島4-2浦和レッズ
6月18日/エディオンスタジアム広島
 

 広島の森保一監督が2枚目の交代カードを切る。61分、森崎和幸と交代して佐藤寿人がピッチに登場――。エディオンスタジアムを埋めた大観衆からのこの日最大の拍手が、背番号11を迎え入れる。
 
 スコアは1-2。広島が浦和に1点リードを許していた。しかも主将の青山敏弘が負傷により、40分に退いていた。

 状況は極めて厳しい。ただ、このスコアのまま試合が終わる気配はあまり感じられず、なにかが起きそうな期待のほうがスタンドを占めていた。
 
 だから抜群のタイミングで、佐藤が投入されたとも言えた。

 期待が大きければ大きいほど、それをパワーにしてしまう。ベンチスタートの悔しささえも発奮材料にする。彼がやってのけたのは、まさにエースの仕事だった。
 
 布陣は3-4-2-1から3-5-2(アンカー+2シャドー+2トップ)に変更。背番号11が前線の高い位置でボールの収まりどころとなったことで、P・ウタカも、浅野も、柴崎も、攻撃のギアを上げて、思い切り前線へ繰り出す。
 
 仲間からのパスが背番号11に集まり、背番号11からも仲間の特長を引き出すパスが供給される。「正」のスパイラルがチームに推進力を与え、64分、CKから塩谷が驚愕のスーパーボレーを突き刺し、67分、柴崎のポスト直撃弾のこぼれ球を再び塩谷がねじ込む。

 瞬く間に、広島が3-2と逆転に成功した。
 
 とはいえ、広島の守備もまだ安定せず、攻撃的な陣形にしている。ワンプレーで状況ががらりと一変しかねない――。両チームともに疲労度も極限に近づく、ひりつくような展開のなか、途中出場でまだ体力を余している佐藤が、浦和の集中の切れた一瞬を見逃さなかった。
 
 西川がペナルティエリア前にいた柏木にショートパスをつなぐ。プレスを受けた柏木はリベロの遠藤にバックパスを送ったが――その若干弱かったパスに猛烈なスピードで詰めたのだった。
 
 ボールをかっさらった広島のエースは、GK西川を振り切り、左足で無人のゴールネットにシュートを突き刺す。2点差に広げるとともに、浦和の反撃の意欲を完全に削ぐ(もっと大きなダメージを与えたかもしれない)、意味を持つ一撃となった。
 
 そして試合後、ヒーローインタビューに答えるため、佐藤がメインスタンド前のお立ち台に上がる。
 
 期待に応えたエースに、スタンドから再び惜しみない拍手が改めて送られる。佐藤は深く息をして、あいさつをする。
 
「有難うございます……」
 
 佐藤は声を詰まらせ、目じりに浮かんだ涙を拭った。男泣きをしていた――。

 実に14試合ぶりのゴール。サポーターの期待に応えられず、家族には辛い想いをさせてきた。そんな気持ちをサポーターの前で話すと、インタビュアーの女性も声を震わせ、もらい泣きをしそうになっていた。
 
「とにかく皆さんのため、家族のために頑張ります」
 
 エースは胸を張って、声援に応えた。
 
 そのあと、ゴール裏で拡声器を持ったエースは、涙の理由のひとつである息子とのエピソードを明かした。
 
「ベンチにいる自分を見ていた中学1年の息子が、『移籍をすればいいんじゃないか』と言っていたことがあった。でも、それは絶対にないと言った。悔しい想いをしている家族の気持ちに応えたかった」
 
 さらに、ロッカールームで着替えたあとにメディアの取材に応じた際、一つひとつの試合中の出来事についてより具体的に振り返っていった。
 
 ピッチに立つ際に触発されたのが、青山の負傷によりスクランブル出場していたボランチ丸谷拓也の奮闘ぶりだった。