ヤクルト・山田哲人の快進撃が止まらない。7月30日現在、ここまでの成績を見てみたい。

打率.334(リーグ1位)
本塁打24(リーグ1位)
打点62(リーグ3位)
得点80(リーグ1位)
出塁率.418(リーグ1位)
得点圏打率.358(リーグ1位)
長打率.609(リーグ1位)
盗塁20(リーグ1位)

 日本屈指の強打者にふさわしい数字が並ぶ。だが、開幕1カ月は不振に陥(おちい)っていた。ボールを待ちきれずにスイングし、ポップフライの凡打も目立った。5月6日には打率が.242まで下降するなど、本来のバッティングには程遠い内容だった。杉村繁チーフ打撃コーチは、山田の春先の不振についてこう説明してくれた。

「去年、シーズン193安打を打って、日本人右打者の年間最多安打を記録したけど、プロの世界は甘くないからね。去年とまったく違う配球をされ、それに昨年12月に扁桃腺の手術をしてオフに満足な練習ができなかったことも響いた」

 しかし、5月9日からの秋田遠征で「右サイドの壁を作る」「ボールを上からしっかり叩く」「打席での始動を早くする」という3つのポイントを修正すると、そこから打撃成績は急上昇していった。

「秋田での試合からヘッドをきかせた強いライナーが出るようになった。これで大丈夫だろうと思っていたら、今の成績ですよ(笑)。厳しいマークの中で一度ダメになって、その険しい山を越えた。その対応力は本当に素晴らしい。打者としてひと皮むけたように思うね。ホームランも飛距離が出ているし、内容はバレンティン並みだよね(笑)。技術的には変わっていないんだけど、ヘッドスピードがさらに速くなっているし、去年の経験もあるんでしょう。すべての部分で伸びていますよ」(杉村コーチ)

 後半戦に突入すると、山田は9試合で打率.579、5本塁打、14打点と爆発。3番打者としてチームの7連勝に大きく貢献。山田本人は自身の状態について、いつもなら「普通です」「良くはないです」など、控えめなコメントが多いのだが、7月26日の中日戦の後は「結果も出ているので、調子はいいかなと思います」と、珍しく手応えを口にした。

 打撃に注目が集まる山田だが、今年は守備、走塁の成長にも目覚ましいものがある。現在、セカンドの守備率はリーグ1位で、盗塁もリーグトップ。山田の守備は力強く攻撃的だ。たとえば、走者一塁でセカンドゴロ。「これは二塁で刺すのは厳しいかな」と思うようなタイミングでもセカンドに強い送球をして、アウトにする場面を何度も見た。三木肇作戦兼内野守備走塁コーチは言う。

「結果的にアウトになったのではなく、打球が飛んでくる前から予測ができているので、ギリギリのタイミングとわかっていてもトライできるんです」

 三木コーチと山田は、春のキャンプで「野球脳をしっかり身につける」「ダブルプレイに強いセカンドになる」というテーマを掲げ、徹底的に練習に取り組んだ。

「なぜミスになったのか。なぜアウトにできたのか。プレイの中にある色々なことに気づいていこうという話をしました。ダブルプレイにしても、ゴロを捕ってセカンドベースに送球することもそうだし、どうすれば素早く、力強い送球ができるのか。そういう中で、本人がいろいろ考え、コツを見つけていますよね。そして、そこで得たものが枝葉のように分かれて、他のプレイにも生きてくる。今も守備についてよく話をしますが、その言葉からも成長が伝わってきます。それに並行して技術やフィジカル面も上がっています」(三木コーチ)

 ある時、練習で汗を流す山田を見ていて、ふと思ったことがある。現在、山田は高卒5年目の23歳。そこで23歳のシーズンに圧倒的な成績を残した選手は誰がいたのを調べていたら、その偉大な顔ぶれに驚いてしまった。

王貞治(巨人)/打率.305、40本塁打、106打点
秋山幸二(西武)/打率.262、43本塁打、94打点、38盗塁
清原和博(西武)/打率.307、37本塁打、94打点
イチロー(オリックス)/打率.356、16本塁打、80打点、49盗塁
松井秀喜(巨人)/打率.298、37本塁打、99打点

 山田がこの調子でシーズンを終えれば、この偉大な5人の選手に見劣りしない数字を残すことになるだろう。杉村コーチも山田の成長に目を細める。

「この5人に比べて体力的に落ちるけど、数字を見れば、偉大な選手たちの足もとにはいるのかな。これから体が大きくなった時が楽しみだよね。今年、ホームラン王になってしまったら......現時点ではヒットの延長がホームランのような打者なんだけど、この先、どういう方向性でいくのか。本当にどんな選手になるのか楽しみだよね。でも、5人の名前を見ているとそれぞれタイプが違う。それに山田も"○○二世"とか呼ばれる選手じゃなく、もう山田哲人というカテゴリーの選手なんだよね」

 さて、日本において二塁手の概念とはどんなものだろうか。大まかに言えば、小回りがきいて、スケールの大きさは他のポジションよりもやや劣ってしまうといったところだろうか。過去にメジャーでは、カル・リプケン(※)が登場し、「華麗で俊敏性のある」というショートの概念を覆(くつがえ)した。そのリプケンに憧れたデレク・ジーター(※)、アレックス・ロドリゲス(※)、ノマー・ガルシアパーラ(※)といった選手がショートを目指し、メジャーは"大型ショート"の時代となった。
※カル・リプケン...オリオールズに在籍し、メジャー屈指の大型遊撃手として82年5月30日から98年9月20日まで2632試合連続出場の大記録を達成。83年、91年にはア・リーグのMVPを獲得した。

※デレク・ジーター...95年のメジャーデビューから14年に引退するまで、ヤンキース一筋でプレイ。新人王、シルバースラッガー賞5回など、数々のタイトルを獲得した。

※アレックス・ロドリゲス...94年にマリナーズでメジャーデビューし、その後、レンジャーズ、ヤンキースでプレイ。ア・リーグMVP3回、首位打者1回、本塁王5回、打点王2回など、メジャー史に残る成績を残したが、昨年は禁止薬物の使用により全試合出場停止の処分を受けた。

※ノマー・ガルシアパーラ...レッドソックス時代の99年、00年に2年連続首位打者を獲得。04年のシーズン途中にカブスに移籍し、その後、ドジャース、アスレチックでプレイ。09年に現役を引退した。

 近い将来、日本ではセカンドが内野の花形になる――山田の登場は、そんなことまでも思い起こさせるのである。

「これまで、いい二塁手というのは(山田)哲人もそうですが、元々ショートだった人が多く、生粋のセカンドはあまりいませんでした。小さい時はいろいろなポジションをやるべきだと思いますが、今は哲人に憧れる子どもたちも多く、生粋のセカンドが出てくるかもしれないですね。哲人には『奥が深いなあ』と思わせるプレイができる選手になって欲しいです。少しずつ近づいている感じですね。まだ23歳、本当に楽しみですよ」(三木コーチ)

 猛暑の神宮球場。室内練習場にある小部屋で杉村コーチの取材をしていると、ドアをノックする音があった。振り返ると、バットを手にして山田の姿があった。早出練習のティーバッティングのパートナーである杉村コーチを探していたのだ。

「山田とは3年間、つきっきりで練習しようと話しました。今年がその2年目で、いずれ離れる時が来るんだけど、もうひとりになっても大丈夫でしょう。練習の取り組み方もそうだし、自分が何をすべきかを理解してきている」

 ティーバッティングが始まると、山田は時おり「暑い!」と天を仰ぎながら、いつものように黙々とバットを振り続けていた。その姿は去年とまったく同じだった。「練習で流した汗は、嘘をつかないし裏切らない」――山田を見ていると、その言葉がぴったりと当てはまるのだった。

島村誠也●文 text by Shimamura Seiya