連載怪物・江川卓伝〜安打製造機・篠塚和典を育てた2本のヒット(前編)>>過去の連載記事一覧篠塚和典(1992年途中まで登録名は篠塚利夫)に名球会入りを期待していたと告げると、即答でこう返ってきた。「オレも2000本打てると思っていましたよ」やっぱりそうでなくては、と妙に納得したものだ。嫌味でもなんでもなく、これこそが天賦の才を持つ所以だと思った。日本人はすごい人を見ると、すぐに「天才」と騒ぎ立てる。