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 最近、オーストリア、フィンランド、スウェーデン、ノルウェー、英国、アイルランド、イタリア、スペイン、ギリシャ、エストニア、スロベニアなどヨーロッパ地域で地下経済をGDP(国内総生産)に算入する国が相次いでいる。

 これは、2014年に欧州連合(EU)がGDP算出の基準を変更したことに基づく措置である(ギリシャなど一部の国はそれ以前から独自に地下経済をGDPに加算していた)。

 耳慣れない人も多いかと思うが、地下経済とはGDPをはじめとする公式統計には現れない隠れた経済活動のことを指す。

 海外では「アンダーグラウンド・エコノミー」「シャドウ・エコノミー」「ブラック・エコノミー」などと呼ばれ、麻薬取引や武器の密輸、売春、脱税、賄賂など非合法の経済活動から成り立つ。

 何を隠そう、筆者のライフワークは、日本の地下経済の算定方法の確立と地下経済がオモテの経済に及ぼす影響の研究である。

 読者は「非合法の経済活動をGDPに含めるのは道徳的・倫理的に問題があるのではないか?」と思うかもしれないが、実は、国際連合のGDP統計作成マニュアル(SNA)には、地下経済をGDPに含めるべきと明記されているのだ。

 というのも、道徳的な判断を抜きにすれば、地下経済も一般の経済活動と同様、市場での取引が行われて付加価値を生み出しており、GDPに含める経済活動に該当するからだ。

 ただ、これまでは実務上、地下経済を正確に把握することは難しいという理由でどの国も地下経済をGDPに算入してこなかったのである。

 EUが加盟国に地下経済をGDPに算入するように求めているもうひとつの理由は、ある国では地下経済であるものが、別の国では地下経済ではないといったケースがあり、それによってEU加盟国間のGDP統計の比較が難しくなっているという事情がある。たとえば、オランダは売春や大麻が合法化されているので、これらの経済活動はもともとGDPに算入されているが、フランスでは売春や麻薬は非合法なのでGDPには算入されていないといった具合だ。

 では、地下経済をGDPに算入すると、GDPの規模はどれだけかさ上げされることになるのだろうか。

地下経済だけで年間600億ユーロ

 早い段階から地下経済をGDPに算入していたギリシャの場合、売春や密輸を含めることで、GDPは年間400億〜600億ユーロも押し上げられることになった。

 一方、英国の場合、英国家統計局が2009年のGDPで試算したところ、地下経済を算入すると、GDPは約100億ポンド(GDPの0.7%)増加したという。このうち麻薬は約44億ポンド、売春は約53億ポンドの押し上げとなった。

 イタリアの場合はどうか。イタリア中央銀行は2012年に麻薬取引や売春がGDPに占める割合は10.9%になるという推計結果を発表している。

 こうした事例を見れば分かるとおり、地下経済をGDPに算入すると、GDPの数字がそれまでと比べてかなり膨らむことになる(どの国も地下経済をすべてGDPに算入するわけではなく、地下経済活動のうち計測や推計ができるものに限って算入している)。EU統計局は、仮にすべてのEU加盟国が地下経済をGDPに算入すれば、EU全体のGDPは2.4%増加すると推計している。 ただ、今回EUがGDP算出の基準を変更したからといって、欧州の全ての国がそれに従うというわけではない。地下経済をGDPに算入するかどうかの判断は各国で分かれており、たとえば、フランスは地下経済をGDPには算入しない方針を固めている。一方、地下経済をGDPに算入することに積極的なのは、「PIIGS(ポルトガル、アイルランド、イタリア、ギリシャ、スペイン)」など財政赤字が大きい国が多い。

 この事実から浮かび上がってくるのは、「地下経済をGDPに算入する国の本来の狙いは深刻化している財政赤字を削減することではないのか?」という疑惑だ。

 というのも、一般に財政赤字の数字は名目GDPに対する比率でみるため、財政赤字の金額が変わらなくても、GDPの数字が地下経済の分だけ大きくなれば、財政赤字のGDPに対する比率は表面上小さくなる。

 EUはマーストリヒト条約で決められた財政協定で、加盟国に毎年の財政赤字をGDPの3%以内に抑えることを要求している。財政赤字が大きく、もともと地下経済の規模が大きかった国が地下経済をGDPに算入するようになれば、この目標を達成しやすくなるのだ。

著者プロフィール

エコノミスト

門倉貴史

1971年、神奈川県横須賀市生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後、銀行系シンクタンク、生保系シンクタンク主任エコノミストを経て、BRICs経済研究所代表に。雑誌・テレビなどメディア出演多数。『ホンマでっか!?』(CX系)でレギュラー評論家として人気を博している。近著に『出世はヨイショが9割』(朝日新聞出版)

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