【地方創生のススメ】トラクター+男前=?〜若手米農家集団の挑戦〜/小槻 博文
全国各地の地域活性の取り組みを紹介する「地方創生のススメ」。今回は秋田の農業を盛り上げるべく立ち上がった若手米農家集団「トラ男」の取り組みを紹介しよう。
<企画・取材・文>「地方創生のススメ」編集部 ( http://www.pr-startup.com/?cat=20 / https://www.facebook.com/kasseiproject )
全国各地の地域活性の取り組みを紹介する「地方創生のススメ」。今回は秋田の農業を盛り上げるべく立ち上がった若手米農家集団「トラ男」の取り組みを紹介しよう。
===嫌いで離れた故郷だったが・・・===
秋田の若手米農家グループ「トラ男」。その仕掛け人でありプロデューサーの武田昌大氏は、秋田県北秋田市で生まれ育ったが、小さい頃は地元が嫌いで、早く田舎を離れて都会で働きたいと思いながら過ごしていたそうだ。そして大学進学を機に大阪へ、その後大学院進学で東京に上京した。
大学院は夜間制だったので、昼間はモバイルコンテンツ会社やWEB制作会社などで働き、その後ゲーム会社に転職してゲームプランナーを目指していた。しかし2010年正月に転機が訪れることに。
帰省のため高速バスで地元の町に降り立つと、都会とは180度異なる、まったく何もない風景に衝撃を受けたのだ。嫌いで出たはずの故郷、しかしその故郷が元気を失っている。そのときの焦燥感がきっかけとなり、次第に故郷のために何か出来ないだろうかと考えるようになり、色々調べていくうちに秋田の強みは「農業」であることに行き当たった。
秋田県は田んぼの面積や米生産量は全国第3位、そして食料自給率は全国第2位と米の一大産地であるが、農家は高齢化が進んでいて約7割が高齢者の方々だ。今は何とかなっていても、この状態が続けば10年後、20年後には米を作る人たちがいなくなってしまう。そこで若手の農家を盛り上げるプロジェクトを立ち上げようと考えた。
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しかしそれまで農業に一切関わったことがなかった武田氏。そこでまずは3ヵ月間、平日は東京で働きながら、休日は秋田に戻ってのべ100件近くの農家に話を聞いて回った。最初は「農業を知らない奴が来た」と門前払いを食らったことも多々あったそうだが、「話を聞く」よりも「仲良くなる」ことを優先して相手の懐に入り込もうとしていくうちに、泊めてもらったり、一緒に呑んだりしながら、溶け込むことが出来るようになっていったという。
そしてその過程で大きく2点、農業の課題を感じるようになった。農家は朝から晩まで稲作に励んでも時給に換算すると200円にも満たない。そしてそんな状況でも一生懸命作った米も、一般流通に乗せると他の農家が作ったお米と一緒にされてしまい、農家の“顔”が見えなくなってしまう。しかし同じ品種でも、つくった田んぼや育て方、そして何より作り手の想いによって味は全く異なる。そこで既存の流通ではなく消費者と農家とを直接つなぐ流通をつくることで、消費者に直接価値や想いを届けるとともに、報酬の問題も解決しようと考えた。
「ゲームと農業には共通点があり、両方とも人の心を動かす仕事だと思っています。華やかなゲーム業界に憧れて上京したわけですが、実際に農業に携わってみると『土に触れるのが楽しい』『自分で作ったお米を食べるのが美味しい』『人に美味しいって言ってもらえると嬉しい』など、農業もゲームと一緒で人の心を動かす仕事だということに気づきました。」(武田氏)
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===農業のイメージそのものを変える集団をつくりたい===
こうして若手農家のプロジェクトを立ち上げようと考えた武田氏だが、ただ若手農家集団が米をつくっていると言っただけでは誰も振り向いてはくれないのは自明だった。そこでどうせならば農業の負のイメージを変える集団をつくろうと考えて、「夢が持てる」「やりがいがある」「嫁がやってくる」、つまり“3Y農業”を提唱することにした。
そして農業系、男子系のワードをとにかく思いつくだけ列挙して、それぞれを組み合わせながら、どれが3Y農業を謳うのに適しているかを徹底的に検討し、最終的に「トラクター」×「男前」から「トラ男(トラクターに乗る男前)」というプロジェクト名が決まった。
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(画像)若手米農家集団「トラ男」メンバー
こうして若手専業農家3名のチーム「トラ男」を組成し、各メンバーが作った米を販売する「torao.jp」を2010年10月に開設。また最近では米だけでなく、米に合う食材も併せて販売するなど活動領域を広げている。
現在武田氏は、都会と地方の両方を知っている自分が双方の媒介役となるべく、東京を拠点にしながら月の3分の1は秋田へ赴くなど、現在は二拠点居住にて各種プロデュース業務を進めている。
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===生産者と消費者がつながる幸せな関係===
そうしたなかで生産者と消費者とつなぐために、日常的なコミュニケーションとしてSNSを活用するとともに、定期的にイベントを開催するなどリアルコミュニケーションにも力を入れている。
「農家さんたちにやりがいを聞くと「お前が作ったお米は美味しい」と言ってもらえることだと口を揃えて言います。したがって単にお米を販売するだけでなく、農家さんと消費者を直接つなぐために、プロジェクトとしてSNSを活用するのはもちろんですが、個々のメンバーにもそれぞれSNSのアカウントを開設してもらい、そして日々の暮らしぶりを発信してもらいながら、メンバー自身とお客さまとが直接コミュニケーションを取れるようにしています。」
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(画像)メンバー個人のアカウントも開設
「またインターネットだけではなくリアルでもコミュニケーションをとりたいと考えて、都内の飲食店などを利用して試食会やプロジェクト紹介などのイベントを毎月開催しています。メンバーは本業が忙しく毎回は難しいので、基本は私が中心になって進行させていただいていますが、年に数回はメンバーにも上京してもらい、直接お客さまと交流してもらっています。」(同)
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一方でメディアや口コミなどによって秋田県内でも「トラ男」の取り組みが知られるようになっていった。しかし実態が分からず「あいつらは何をやっているのだ」という風に見ていた県内の人たちも多くいたようだ。そこで地元の人たちにも「トラ男」をきちんと知ってもらおうと考えて県内でイベントを開催したところ、多くの農家さんたちが参加してきたという。
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(画像)県内のボーリング場で地元向けのイベントを開催
「参加者の方々とお話をさせていただいたところ、「トラ男を知って俺もSNSを始めた」「俺もトラ男に入れてほしい」という声をいただくなど、「トラ男」をきっかけに県内の農家さんたちが前向きになってくれていることが分かり、冥利に尽きますね。」(同)
地域の取り組みは、地元の人たちにどれだけ理解してもらえるか、どれだけ共感してもらえるかによって成否が変わってくると言っても過言ではない。したがって県外への発信だけでなく、ローカルコミュニケーションも重要と言えよう。
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===基盤づくりの期間を終えて新たなステージへ!===
こうして地方と都会、地域内と積極的にコミュニケーションを図りながら活動環境を整備している「トラ男」だが、今後は北秋田市だけでなく秋田県の他の地域はもちろん、全国各地の農業を含めて元気にしていきたいという。
当初からその想いはあったものの、しかしいきなり手を広げても上手くいかないので、最初の5年はまずは基盤をきちんとつくるべく、あえて手を広げて来なかったと武田氏は言う。
そして今年の秋に5年目を迎えて基盤づくりも順調に進んできたことから、次の展開も考えていく。その一環として都内でおむすび屋を開こうと考えており、現在物件選定を行っているところだ。今まではイベントを開催していたものの常時食べられる場所はなかったが、「トラ男」関連の食材を使ったおむすび屋を開業して気軽に食べられる場を創ることで、定期購入してもらったり、実際に秋田に来訪してもらったりする、そのきっかけにしていきたいと考えているそうだ。
さらに今後は「トラ男」とは別に、農業以外の分野でも地域を元気にするための手立てを打っていきたいと考えているそうだ。
「地域を元気にするためには大きく「知ってもらう」「来てもらう」「住んでもらう」の3段階があると思います。従来は“トラ男”の取り組みを通じて「知ってもらう」「来てもらう」を進めてきましたが、今後は“トラ男”を発展させるとともに、移住・定住につながる施策まで整備することで、地域を元気にするための一気通貫の流れをつくっていければと思います。」(同)
武田氏のように都会で培ったスキルや経験を活かして、地元の発展に寄与する、そんな若手の人たちが増えてくると、都会と地方との共存関係が出来てくるのかもしれない。そんな可能性への挑戦とも言えるプロジェクトであると取材しながら感じた次第だ。
<企画・取材・文>「地方創生のススメ」編集部 ( http://www.pr-startup.com/?cat=20 / https://www.facebook.com/kasseiproject )
全国各地の地域活性の取り組みを紹介する「地方創生のススメ」。今回は秋田の農業を盛り上げるべく立ち上がった若手米農家集団「トラ男」の取り組みを紹介しよう。
秋田の若手米農家グループ「トラ男」。その仕掛け人でありプロデューサーの武田昌大氏は、秋田県北秋田市で生まれ育ったが、小さい頃は地元が嫌いで、早く田舎を離れて都会で働きたいと思いながら過ごしていたそうだ。そして大学進学を機に大阪へ、その後大学院進学で東京に上京した。
大学院は夜間制だったので、昼間はモバイルコンテンツ会社やWEB制作会社などで働き、その後ゲーム会社に転職してゲームプランナーを目指していた。しかし2010年正月に転機が訪れることに。
帰省のため高速バスで地元の町に降り立つと、都会とは180度異なる、まったく何もない風景に衝撃を受けたのだ。嫌いで出たはずの故郷、しかしその故郷が元気を失っている。そのときの焦燥感がきっかけとなり、次第に故郷のために何か出来ないだろうかと考えるようになり、色々調べていくうちに秋田の強みは「農業」であることに行き当たった。
秋田県は田んぼの面積や米生産量は全国第3位、そして食料自給率は全国第2位と米の一大産地であるが、農家は高齢化が進んでいて約7割が高齢者の方々だ。今は何とかなっていても、この状態が続けば10年後、20年後には米を作る人たちがいなくなってしまう。そこで若手の農家を盛り上げるプロジェクトを立ち上げようと考えた。
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しかしそれまで農業に一切関わったことがなかった武田氏。そこでまずは3ヵ月間、平日は東京で働きながら、休日は秋田に戻ってのべ100件近くの農家に話を聞いて回った。最初は「農業を知らない奴が来た」と門前払いを食らったことも多々あったそうだが、「話を聞く」よりも「仲良くなる」ことを優先して相手の懐に入り込もうとしていくうちに、泊めてもらったり、一緒に呑んだりしながら、溶け込むことが出来るようになっていったという。
そしてその過程で大きく2点、農業の課題を感じるようになった。農家は朝から晩まで稲作に励んでも時給に換算すると200円にも満たない。そしてそんな状況でも一生懸命作った米も、一般流通に乗せると他の農家が作ったお米と一緒にされてしまい、農家の“顔”が見えなくなってしまう。しかし同じ品種でも、つくった田んぼや育て方、そして何より作り手の想いによって味は全く異なる。そこで既存の流通ではなく消費者と農家とを直接つなぐ流通をつくることで、消費者に直接価値や想いを届けるとともに、報酬の問題も解決しようと考えた。
「ゲームと農業には共通点があり、両方とも人の心を動かす仕事だと思っています。華やかなゲーム業界に憧れて上京したわけですが、実際に農業に携わってみると『土に触れるのが楽しい』『自分で作ったお米を食べるのが美味しい』『人に美味しいって言ってもらえると嬉しい』など、農業もゲームと一緒で人の心を動かす仕事だということに気づきました。」(武田氏)
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===農業のイメージそのものを変える集団をつくりたい===
こうして若手農家のプロジェクトを立ち上げようと考えた武田氏だが、ただ若手農家集団が米をつくっていると言っただけでは誰も振り向いてはくれないのは自明だった。そこでどうせならば農業の負のイメージを変える集団をつくろうと考えて、「夢が持てる」「やりがいがある」「嫁がやってくる」、つまり“3Y農業”を提唱することにした。
そして農業系、男子系のワードをとにかく思いつくだけ列挙して、それぞれを組み合わせながら、どれが3Y農業を謳うのに適しているかを徹底的に検討し、最終的に「トラクター」×「男前」から「トラ男(トラクターに乗る男前)」というプロジェクト名が決まった。
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(画像)若手米農家集団「トラ男」メンバー
こうして若手専業農家3名のチーム「トラ男」を組成し、各メンバーが作った米を販売する「torao.jp」を2010年10月に開設。また最近では米だけでなく、米に合う食材も併せて販売するなど活動領域を広げている。
現在武田氏は、都会と地方の両方を知っている自分が双方の媒介役となるべく、東京を拠点にしながら月の3分の1は秋田へ赴くなど、現在は二拠点居住にて各種プロデュース業務を進めている。
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===生産者と消費者がつながる幸せな関係===
そうしたなかで生産者と消費者とつなぐために、日常的なコミュニケーションとしてSNSを活用するとともに、定期的にイベントを開催するなどリアルコミュニケーションにも力を入れている。
「農家さんたちにやりがいを聞くと「お前が作ったお米は美味しい」と言ってもらえることだと口を揃えて言います。したがって単にお米を販売するだけでなく、農家さんと消費者を直接つなぐために、プロジェクトとしてSNSを活用するのはもちろんですが、個々のメンバーにもそれぞれSNSのアカウントを開設してもらい、そして日々の暮らしぶりを発信してもらいながら、メンバー自身とお客さまとが直接コミュニケーションを取れるようにしています。」
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(画像)メンバー個人のアカウントも開設
「またインターネットだけではなくリアルでもコミュニケーションをとりたいと考えて、都内の飲食店などを利用して試食会やプロジェクト紹介などのイベントを毎月開催しています。メンバーは本業が忙しく毎回は難しいので、基本は私が中心になって進行させていただいていますが、年に数回はメンバーにも上京してもらい、直接お客さまと交流してもらっています。」(同)
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一方でメディアや口コミなどによって秋田県内でも「トラ男」の取り組みが知られるようになっていった。しかし実態が分からず「あいつらは何をやっているのだ」という風に見ていた県内の人たちも多くいたようだ。そこで地元の人たちにも「トラ男」をきちんと知ってもらおうと考えて県内でイベントを開催したところ、多くの農家さんたちが参加してきたという。
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(画像)県内のボーリング場で地元向けのイベントを開催
「参加者の方々とお話をさせていただいたところ、「トラ男を知って俺もSNSを始めた」「俺もトラ男に入れてほしい」という声をいただくなど、「トラ男」をきっかけに県内の農家さんたちが前向きになってくれていることが分かり、冥利に尽きますね。」(同)
地域の取り組みは、地元の人たちにどれだけ理解してもらえるか、どれだけ共感してもらえるかによって成否が変わってくると言っても過言ではない。したがって県外への発信だけでなく、ローカルコミュニケーションも重要と言えよう。
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===基盤づくりの期間を終えて新たなステージへ!===
こうして地方と都会、地域内と積極的にコミュニケーションを図りながら活動環境を整備している「トラ男」だが、今後は北秋田市だけでなく秋田県の他の地域はもちろん、全国各地の農業を含めて元気にしていきたいという。
当初からその想いはあったものの、しかしいきなり手を広げても上手くいかないので、最初の5年はまずは基盤をきちんとつくるべく、あえて手を広げて来なかったと武田氏は言う。
そして今年の秋に5年目を迎えて基盤づくりも順調に進んできたことから、次の展開も考えていく。その一環として都内でおむすび屋を開こうと考えており、現在物件選定を行っているところだ。今まではイベントを開催していたものの常時食べられる場所はなかったが、「トラ男」関連の食材を使ったおむすび屋を開業して気軽に食べられる場を創ることで、定期購入してもらったり、実際に秋田に来訪してもらったりする、そのきっかけにしていきたいと考えているそうだ。
さらに今後は「トラ男」とは別に、農業以外の分野でも地域を元気にするための手立てを打っていきたいと考えているそうだ。
「地域を元気にするためには大きく「知ってもらう」「来てもらう」「住んでもらう」の3段階があると思います。従来は“トラ男”の取り組みを通じて「知ってもらう」「来てもらう」を進めてきましたが、今後は“トラ男”を発展させるとともに、移住・定住につながる施策まで整備することで、地域を元気にするための一気通貫の流れをつくっていければと思います。」(同)
武田氏のように都会で培ったスキルや経験を活かして、地元の発展に寄与する、そんな若手の人たちが増えてくると、都会と地方との共存関係が出来てくるのかもしれない。そんな可能性への挑戦とも言えるプロジェクトであると取材しながら感じた次第だ。