どうやら、ガンバ大阪長谷川健太監督は、考えを固めたようだ。遠藤保仁のFW起用について、である。

 J2で戦った昨シーズン終盤に採用したFW宇佐美貴史と遠藤の2トップを、J1に復帰した今シーズンも引き続き「ファーストチョイスとして考えている」と明かしたのだ。

 宮崎・綾町キャンプの最終日となった2月15日、ヴァンフォーレ甲府との練習試合でも、前線には"日本代表のボランチ"の姿があった。

 遠藤がガンバで前線に入ったことは、過去にもあった。印象深いのは、西野朗監督に率いられ、アジアチャンピオンズリーグを制した2008年だ。このシーズンの途中、遠藤はボランチからトップ下にコンバートされ、1トップのルーカスの近くでプレイ。相手DFの裏に飛び出し、フィニッシュへと持ち込む姿は、それまでにないものだった。

「ヤット(遠藤)はシュートがうまい。それをゴールの近くで生かしたいんだ」

 ときの指揮官には当時、そんな思惑があった。

 そこで、長谷川監督である。現指揮官の狙いも、そこなのか。いや、遠藤をFWで使う理由は、別のところにあるようだ。

「狙いは前線でポイントを作ること。ヤットはいい位置でボールを受けて、起点になるのがうまいから」

 相手DFの間にポジションを取って、味方からボールを引き出し、DFが食いつく瞬間にさばいて、ラインに生じたギャップを突く。バイタルエリアに潜り込んだ選手に絶妙なタイミングでボールを入れる側だったのが、巧みなポジション取りとタイミングで顔を出し、ボールを引き出す側に回った。優れたパスの出し手は、優れたパスの受け手でもあるわけだ。

「居心地が良かったですね」

 遠藤と2トップを組んだ宇佐美の、昨シーズン終了後の感想だ。

「ヤットさんはフラフラしているようで、ここで顔を出さなアカンっていうときには、必ず顔を出してくれる。僕が得点することに専念できたのも、ヤットさんが側にいてくれたおかげ」

 パスを出せて、ポジショニングも巧みで、キープ力もある。おまけにシュートも上手い選手を、相手にとって最も危険な位置で起用するのは、当然のことだろう。

 とはいえ、何かを得るには、何かを犠牲にすることもある。

 遠藤のFW起用で失うもの――。それは、当たり前の話だが、ゲームメーカーとしての「ボランチ遠藤」だ。主力同士が戦った甲府戦の最初の90分間、ガンバは攻撃をほとんど組み立てられなかった。

 ガンバの選手たちに疲労が溜まっていたのも要因だろうが、5バックを敷く甲府のタイトな守備の前に、遠藤までボールがなかなか届かない。遠藤はときおり中盤まで下がって来たり、サイドに流れたりしてボールを要求。ときには囮(おとり)になったり、裏に飛び出してみたりして揺さぶりをかけたが、残念ながら、この日は奏功しなかった。遠藤は言う。

「このポジションは我慢が必要になる。まあ、リズムが作れなければ中盤に降りればいいし、その辺りの判断は任されているんで。もちろん、相手のディフェンスラインにプレッシャーをかけ続けるという意味では、降り過ぎるのはよくないことだから、その辺りのバランスには細心の注意を払っていますけどね」

 遠藤をFWで使えば、中盤の構成力が下がるのは避けられない。

 もっとも長谷川監督は、それも織り込み済みのようである。4人の中盤の顔ぶれを確認すれば、遠藤のFW起用の、もうひとつの狙いが見えてくる。

 甲府戦でボランチに入っていたのは、日本代表でセンターバックを務める今野泰幸と、2年前までセンターバックが本職だった内田達也。2列目の左には守備意識が高まり、昨シーズンは攻守両面でチームを支えた倉田秋、右にはサイドバックの加地亮が攻撃参加した際に、カバーやフォローを欠かさない大森晃太郎が起用されている。いずれも守備力や守備意識が高く、献身的な選手たちなのだ。

 遠藤をボランチに戻したり、ベテランの二川孝広を2列目で起用したりする気はないだろうか――。そんな問いかけに対し、「それは試合の途中からでもできるから」と答えた指揮官は、きっぱりと言った。

「攻め勝つガンバと言うけれど、2年前、攻め勝てなかったから降格したわけで、3点取らなければ勝てないというのでは、長いシーズンは戦い抜けない。ベースの部分をしっかりさせておかなければ、いくら攻撃が売りと言っても、勝ち点は取れないと思っています」

 かつてのガンバには「4点取られても、5点取ればいい」という美学があった。言うまでもなく、ヨハン・クライフの哲学である。あるいは、2−0、3−0でリードしていても、追加点を狙いにいった。その結果、カウンターを浴びて点差を詰められる試合もあったが、その危うさ、スリルも含めて、ガンバの魅力だった。

 だが、今シーズンは1−0で勝ち切るゲーム、逃げ切るゲームが増えるかもしれない。少なくとも、それを狙う試合が、以前より増えるのは間違いないだろう。遠藤は言う。

「以前のサッカーとは変わりつつあると思う。失点しないという意識の割合が強くなったというか。それは、監督が第三者としてガンバを見ていて感じた弱点を修正しようとしているということ。もちろん、攻撃的な姿勢は常に持っていたい。そのうえで失点を減らし、勝負強くなれたら、より強いチームになると思う」

 長谷川監督のスタイルがガンバの新しいカラーとして定着するかどうかはわからない。ただ、確実に言えるのは、今シーズンは、ガンバが再び強豪クラブに返り咲けるかどうかを左右する、重要な1年になるということだ。

 J2で戦った2013年に、何を積み上げ、何を研ぎ澄ませてきたのか――。2014年は、それが問われるシーズンになる。

飯尾篤史●文 text by Iio Atsushi