荒木伸二さん。ずっとおしゃべりをしていました(笑)。

https://twitter.com/SHINGObySHINJI
荒木伸吾のツイッターアカウントで書いているのも伸二さん。


・荒木伸吾回顧展『瞳と魂』
会場:3331 Arts Chiyoda B104
会期:2012年11月14日(水)〜2012年12月10日(月)
開催時間:12:00〜19:00(※木曜日は21時まで。最終入場時間は閉館の30分前)
料金:無料
住所:〒101-0021 東京都千代田区外神田6丁目11-14
※休館日:火曜日

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家に帰ってくるといつも興奮して僕に言うんですよ。「聖闘士星矢」をやっていたときくらいかな、「わかったぞ、伸二!  どうやったらパワーのある殴り方になるのかわかった!」とかね。当時、聞いていてもよくわからなかったので、「はあ。そうですか」って(笑)。今思うと、もうちょっと聞いておけばよかったです。

11月13日夜、翌日にオープンを控えた会場を訪れると、直前の慌ただしさのなか、きびきびとスタッフの指揮をとる荒木伸二さんの姿があった。旧練成中学校を改良したアーツ千代田3331の地下にある一室。東京都千代田区外神田、銀座線末広町駅から徒歩1分。荒木伸吾回顧展『瞳と魂』の会場だ。荒木伸吾。「あしたのジョー」(1970年)、「キューティハニー」「バビル2世」(1973年)、「ベルサイユのばら」(1979年)、「聖闘士星矢」(1986年)、「リングにかけろ1」(2004年)などの作画監督、原画、キャラクターデザインを手がけたアニメーター。2011年12月、72歳で亡くなった。

オープンの前日に行われた内覧会で、荒木伸吾さんの息子さんでもあり、この回顧展の責任者、荒木伸二さんに、展示を見ながらお話を聞くことになった。


見てよかったら、褒めてあげて欲しいです

――(入り口から時計回りに作品発表順の展示を見ながら)伸二さんはどのあたりからテレビで見ていたんですか?
荒木  「バビル2世」をすごく観ていた記憶があります。父のものでは一番好きです。「あしたのジョー」もかなり観ていた記憶があるんですけど、こうやって改めて見ると0歳とかで見てた事になる(笑)。多分、再放送で見ていたのでしょう。
――僕は1987年生まれなので、リアルタイムで荒木さんの作品を観ていたのは90年代半ばなんですよ。展示されている作品だと、「ゲゲゲの鬼太郎」(1996年)とか、「金田一少年の事件簿」(1997年)とか。「聖闘士星矢」(1986年)はあとから観ていきました。「聖闘士星矢」の展示はちょっと多めですね。
荒木  僕はちょうど親離れしていた時期だったので(笑)、「星矢」はあとから観ましたよ。クロニクルなんでバランスはとってますが、「星矢」と「ベルばら」は多いです。この回顧展は、「このアニメが好きだから」というファンの方にはもちろん観にきて欲しいんですけど、特にどの作品にも興味ない、アニメも好きじゃないって人にも来て欲しい。そして、こういった現場の途中段階のものを皆さんがどういう風に感じるのかには興味がある。
――ふつうに美術館に絵を見にくるように。
荒木  技術的なことは僕にはそんなには分からないけど、父よりも単純に絵の上手な人はたくさんいると思うんですよ。
――そうなんですか?  荒木伸吾さんの絵は迫力があるなあ、これが目力だなあと改めて引きこまれてました。
荒木  父もよく言っていたんですけど、引かなきゃいけない線を、最初にサっと見つけられるのが、絵の上手な人たちだと。(「聖闘士星矢 天界編 序奏〜overture〜」ポスターの原画を指さして)見て下さい。何本も線を引いて探している。
――たしかに、同じ所にいくつも線を引いてるからすごく濃くなっている。これは引かなきゃいけない線を見つけるためのものだったんですね。
荒木  サラっとうまい絵を描く人ではなかったと思います。小手先で書くというよりは、気合だったり心だったり、魂を込めて書いていた。絵を描くことによって、なにかを主張したり、自分のことをわかってほしかった人だと思うんですよ。褒められるのが大好きな人でした。だから、回顧展を見に来てくれた人が父の絵を見て、褒めてくれるのが理想ですね(笑)。

荒木伸二さんの取材の直前、エキレビ!ライターの大山くまおさんと話す機会があった。大山さんは、今年の3月に出版された『アニメーション監督  出崎統の世界』という本の企画編集者だ。出崎統は「あしたのジョー」「ベルサイユのばら」などでも組んで仕事をしていた。「荒木伸吾さんといえば?」大山さんに聞いてみた。「まず、注目するのはまつ毛。そして美形キャラ。当時、アニメーションで美形キャラクターといえば荒木伸吾さんが描いたキャラクターのことでしたね。女性が2次元の男子に恋をするきっかけをつくったのが荒木伸吾さんです」


あれは僕と妹です

――荒木伸吾さんといえば美形キャラクターのイメージがありました。でも、「あしたのジョー」の丹下段平のようなおじさんキャラにも驚きました。力強い線でじゃがいもみたいな頭をこんなに丹念に表現されている。
荒木 僕もびっくりしました。そんなに丹下が好きだったのか? って(笑)。父は小さいときに戦争で父親を亡くしているので、父性とか大人の男というものに関してよくわからなかった部分が多々あったと思います。ここで追求しているのは、リアリティーじゃないですよね。丹下とかこんなおじさん、ふつういないじゃないですか。「バビル2世」のヨミとかもそう。この辺は「こんなやついない」な面白さだと思う。
――荒木伸吾さんの絵はアングルやパースが独特ですよね。「聖闘士星矢 天界編 序奏〜overture〜」のインタビューのときに、〈自然に描いても(ある程度は)狂うけど、意識して狂わせて描いている〉とおっしゃっていて、わざとやっているのかあって思った記憶があります。
荒木  分かりません(笑)。絵のすんごい細かい事を聞いてくる人もいるんですけど、さっぱり分かりません(笑)、僕は荒木伸吾じゃないんで。ただなんとなく分かっているのは、当時、アニメにお手本はなく、父は「こういうアングルで描いてみたらどうだろう」「こうしたらいいかなあ」と方法論から自力で探してそれを見つけ出した人。そしてさらに探し続けて見つけ出し続けた人。(アニメーターの)姫野(美智)さんや海外のファンとかよく父を「先生」って呼びますが、父の世代にはまだ「先生」がいなかったんじゃないかな。手塚治虫さんのことは「先生」って普通に呼んでましたけど。
――漫画の他に、なにか影響を受けた作品とかがあったりするのでしょうか?
荒木  わかりやすい王道が好きでしたね。画家だとゴッホとかピカソとか好きだったと思います。映画は西部劇と戦争もの。男らしい映画をよく観ていましたね。ジョン・フォードとかクリント・イーストウッドとか大好きだったと思います。
――へえー、いっしょに観たりも?
荒木  「駅馬車」(1939年)とか「リオ・ブラボー」(1959年)とか、おかげでそんなのを繰り返し見る渋い小学生でした。「リオ・ブラボー」は100回くらい観たかなあ。あ、そういえば、家にはおびただしい数の写真があるんですよ。
――写真?
荒木  そのころってまだビデオなんてなくて、作品を記録するメディアがないので、テレビ画面を撮影するわけです。
――あー!
荒木 自分の作品も記録できないから、「UFOロボ グレンダイザー」(1975年)とかの写真もいっぱいありますよ。で、1975年にベータが出てきて、すぐにデッキを買いに行ったみたいです。テープも1本3000円とかもっとしたんと思うんですけど、泣く泣く秋葉原で買ったりしてましたね。
――アニメの話を一緒にされたりとかは?
荒木  僕が小さいころは、よく「アニメは嫌い」って言ってましたね。映画の話ばかりでした。
――子ども向けの作品だから、なにかコンプレックスとか理由が?
荒木  いやー、どうなんだろう。子どもに言うことですからね、照れがあったのかも(笑)。あ、でも「魔女っ子メグちゃん」(1974年)に子どもがふたり出てくるじゃないですか。
――あ、メグの人間界でのホームステイ先の子どもたちですね。いたずらっ子の、ラビとアポ。
荒木 そうそう。あれはね、僕と妹なんですよ。
――そうなんですか!
荒木  「愛してナイト」 (1983年)で横浜観光をしているシーンで、突然僕と妹と母親が出てきたり。よくそういう遊びをしていましたね。
――それどうやってわかったんですか?
荒木 自分で言ってたから(笑)。一緒に観ながら「これは伸二だぞー」って。こういうことって、すごい特別な体験ですよね。素直に嬉しかった。ただ、みんな例えば「魔女っ子メグちゃん」を知っていても荒木伸吾を知っているわけではない。すごいんだぞ、知って欲しいなと思って友達に言ったりもするんだけど、なんか親の自慢って自分じゃないし照れくさいところもあった。照れくさいどころか格好悪いでしょ、うちのとーちゃんすごいんだとか言うのって。でもなんか伝えたいなあというのもあった。もうこれは大人になってもずっとそうで、アニメ好きです詳しいですとか言ってるけど、一字違いの僕の名前見てピンと来ないのかなあ、この人とかね(笑)。でも言ったら言ったでなんか自分の事でもないのに格好悪いなあって。今、人生で唯一と言うか初めてと言うか素直に親父を自慢しています。それって実はアニメーターの地位をあげるってことなんだよなあ、と近頃では思います。

荒木伸吾回顧展『瞳と魂』入り口には、若いころの荒木伸吾さんの写真パネルが飾ってある。「魔女っ子メグちゃん」の展示を指さす伸二さんの横顔に、それがだぶって見えた。
(加藤レイズナ)

後編につづく