『ゾンビ襲来: 国際政治理論で、その日に備える』ダニエル・ドレズナー(著),谷口 功一,山田 高敬(翻訳)/白水社
解説「ゾンビ研究事始」の「3. 人間対ゾンビごっこ」ではエキレビの記事「アメリカで大流行のマヌケな遊び、ゾンビと人間の鬼ごっこの裏に!?」も取り上げてもらっています。(関連リンク参照)

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ゾンビが立てば、国が倒れる。たいていのゾンビ映画では、ゾンビが出たらみるみるうちに行政や警察が麻痺して社会が崩壊、あっというまにゾンビや暴徒が外をうろつき始める。だからゾンビ対策といえば、ケガや病気をふせぐ緊急救護か護身術がメイン。個人か家族、広くても地方自治体レベルで、国がどうなるかなんて誰も気にしていない。そんな風潮に、ほんとにそうなんですかね? と疑問を呈したのが『ゾンビ襲来: 国際政治理論で、その日に備える』だ。

著者のダニエル・ドレズナーは国際政治学者。それも、アメリカの政策決定に影響を与える評議会のメンバーも勤めている一流の研究者だ。そんなドレズナー先生が国際政治の理論を使って、ゾンビが出たら世界がどうなるか国家レベルで考えていく。たとえば、ものをいうのはパワーだ、というリアリズム理論にのっとってゾンビの影響を考えた場合、きわめてシンプルな結論になる。

彼らリアリストにとって、アンデッドは過去にも存在した伝染病や災害の繰り返しにすぎない。(59ページ)

つまりインフルエンザと変わらない。パワーがある国家はあらかじめ整った安全保障体制やインフラを活用して損害を抑えられるが、そうでない国家は大きく影響を受ける。国家間の力関係にも大した変化は無い。ただし、ゾンビが増え続けていったら新しいパワーになるから、同盟を結ぼうとする人間の国家が出てきたり、ゾンビが国連に加盟したっておかしくはないと予測する。

いや、おかしいだろ! とは思うのだけど、それがリアリズム理論を突き詰めた結果なのだから仕方ない。こんなふうにゾンビを使ってちょっと極端な例で説明してくれるおかげで、リベラルやネオコン、構成主義など、アメリカのニュースでたまに見かけるけど詳しくは知らない国際政治の用語でも、実感をもって理解できる。ただ、ドレズナー先生はそこで止まらない。

蘇った屍体が存在する状況における、人間の協力の失敗は、ゾンビの基本原則を貫く共通のテーマだ。それはちょうど、リアリストの歴史解釈を貫いて繰り返し現れる「国際協調の不毛さ」と同じである。(58ページ)

最も重要なリベラルの洞察は、ゾンビ研究における最も大きな謎に対する解答であり、それは、食屍鬼が他の食屍鬼を攻撃できないということである。(76ページ)

いつのまにか国際政治から、ゾンビ映画のテーマやゾンビが共食いしない理由の話になってしまう。さらには、

彼らは常に大きな群れでいる。彼らは究極のエコを実践している。ゾンビは、どこにでも歩いて行き、オーガニック食材(人肉)しか食べない。このような記述は、多くの社会において変革の主体であるところの、典型的な大学生のライフスタイルの特徴を正確にとらえている。(102ページ)

と言い出したり、先生、脱線しすぎです! といいたくなるくらいに国際政治とゾンビの話が入り乱れて、どちらがメインか分からなくなる。それもそのはず、ドレズナー先生は、ジョージ・A・ロメロ監督も名を連ねるゾンビ研究学会の諮問委員も勤めている。つまり国際政治学者としてもゾンビ学者としても一流。どちらも愛しているのだ。

その愛にあふれた国際政治とゾンビの話の向こうに見えるのは、ゾンビが出ても世界は大して変わらない、という穏やかな絶望だ。後半では国際政治と相互作用する国内政治や官僚政治にも触れて、関連省庁の縄張り争いや標準化された手続きに足を取られて政府の対応が後手後手に回る様子や、ゾンビ発生直後は被害者に強く同情していてもそのうち関心を持ち続けていくことに疲れてしまう大衆の姿を、911後のアメリカの対応やアダム・スミスの『道徳感情論』から予測する。

ゾンビを不況や震災に置き換えればそのまま日本の話になりそうだし、本書によれば、アメリカではベトナム戦争でも、それから40年経った9・11後のテロ対策でも、やはり同じような状況になっている。昔から変わらず人間はどうしようもなくて、だからゾンビで世界が終わるなら、とっくの昔に終わっているはずだ。でも、これからもずっと続くであろうどうしようもなさをあきらめずに、調べたり楽しんだりするのが、国際政治でありゾンビだ。だからドレズナー先生は、両方を同じくらい愛しているのだと思う。

巻末に加えられた翻訳者、谷口功一の解説「ゾンビ研究事始」も、ドレズナー先生に負けないくらいに愛にあふれた力作だ。本編の約3分の1に相当する50ページに、国際政治学の補論、ゾンビに関わる哲学・医学・生命科学のトピックに加えて、アメリカだけでなく日本で開催されているゾンビのイベントにも触れた社会文化史から、国会で「ゾンビ」という単語が使われた回数(民主党が22回で一番多い)、谷口先生がゾンビを愛好するに至った経緯、お薦めのゾンビ映画までがっつりと詰め込んでいる。これによって、国際政治理論とゾンビの魅力だけでなく、昨今のゾンビシーンから、一人のゾンビ愛好家の熱い主張まで読める充実した内容になっているので、ゾンビに少しでも興味がある人はぜひ読んでほしい(公式サイトから、本編の一章と「ゾンビ研究事始」の一部が読めます)。(tk_zombie)