「広い家なんて必要なかった…」〈年金月15万円〉78歳女性、3年前に行った「築50年の建て替え」を後悔するワケ
人生100年時代、長年住み慣れた「我が家」が、老後の安心を約束してくれるとは限りません。愛着による実家の維持、加齢に伴う身体機能の変化、そして災害時の避難リスクなど、高齢期の住まいを取り巻く課題は多様化しています。今回はある女性の事例から、高齢期の建て替えについて考えます。
「家族が泊まるから」残した4LDK、数年後には使われなくなった部屋
東京都郊外で暮らす高橋洋子さん(78歳・仮名)は、夫を亡くしてから一人暮らしを続けています。
物価高が叫ばれているなか、洋子さんが受け取る年金は月15万円ほど。手取りにすると月14万円ほどで、特に生活に困ることなく、平穏な毎日を過ごしています。
そんな洋子さんは3年前、築50年になった自宅を建て替えました。その際、建築会社から提案されたのが「減築」でした。
一人暮らしなら、以前と同じ部屋数は必要ない。建物を小さくすれば建築費を抑えられる可能性があり、完成後も掃除や修繕などの維持管理の負担を減らせますよ--そんな提案に対して、洋子さんは以前と大きく変わらない、4LDKを維持しました。1階にリビングのほか、もうひとつの部屋、2階に3つの部屋という間取りです。
「息子たち家族が帰ってきたときに、泊まる部屋があったほうがいいと思ったんです」
当時、孫は小学生。家族がまとまって帰省し、実家で過ごすこともありました。だからこそ、減築して部屋を減らすことには踏み切れなかったのです。
ところが、建て替えて数年が経つと、状況は大きく変わりました。
中学生になった孫は、夏休みも部活動や合宿などの予定が入ります。家族全員のスケジュールを合わせることが難しくなり、帰省できても短期間。ある夏に帰省したのは、長男家族からも、次男家族からも、長男と次男だけ。いわゆるセパレート帰省でした。
そしてある年の正月休みは「近くに宿をとった。そのほうがお互い気をつかわないだろう」と、泊まることはなかったといいます。
国立社会保障・人口問題研究所『第9回世帯動態調査』(2024年)によると、5年前は子どもと同居していた世帯の19.8%が子の独立により「夫婦のみ世帯」へと移行しています。また70~74歳女性で18歳以上の子と同居する割合は37.8%にとどまり、6割以上の高齢者が子どもと別居しています。
現代では帰省時もホテルに泊まるなど互いに気を使わない距離感が好まれる傾向があり、たまの宿泊を想定して広い間取りを維持した建て替えは、結果として無駄な空き部屋を生むことになります。洋子さんの場合も、2階の部屋を使う機会はほとんどありません。普段の洋子さん自身の生活は1階で完結しています。居間、台所、浴室、寝室。すべてが1階にあり、2階にあがる必要はまったくないのです。
高齢期の「広い持ち家」は、本当に資産なのか
問題は、使わない部屋も「家」である以上、維持しなければならないことです。掃除や換気、設備の確認など、暮らしていない空間にも手間はかかります。年齢を重ねれば、階段の上り下りそのものが負担になることもあります。
建て替えのときには「家族のため」と考えた広さが、家族の暮らし方が変わったことで、本人にとって維持するだけの空間になりつつありました。
「私たちの感覚だと、家は広いほうがいいというのがあるじゃない。でも最近は違うのね」
子どもが独立する前は、複数の個室が必要でした。家族が帰省すれば、泊まるための部屋も必要です。しかし、子どもが家庭を持ち、孫が成長すれば、その前提は変わります。
「家族の成長も考えたらよかったですね」
建て替えの際、1階については必要最低限のバリアフリーを実現しました。ただ2階については、客間のみという構成で、普段は使わないことがわかっていたので、バリアフリーである必要はないと考えました。そもそもすべてにバリアフリーを施すことは、予算的にも難しかったためです。結果、必要なくなった2階は、余計に使われることなく、洋子さんにとっては完全にお荷物になってしまったのです。
国土交通省「大規模な住宅団地に居住する住民に対する意識調査」(令和7年度)によると、世帯構造は「夫婦のみ」(39.3%)や「ひとり暮らし」(14.3%)といった少人数世帯が過半数を占めています。さらに地域が抱える課題として、三大都市圏の14.4%が「自宅の維持管理が難しい住民の増加」を挙げています。
居住人数に見合わない広い家は、加齢に伴い掃除や管理の大きな負担となりかねません。将来の家族構成や暮らし方の変化を見据えた適正な住宅規模の選択が求められています。
高齢期の住まいを考える際には、今現在だけでなく、「5年後、10年後のライフスタイル」まで見据えて決めたいもの。洋子さんのように、家族のために残した部屋が家族の成長とともに必要なくなり、負担でしかなくなる--誰にでも十分に起こり得ることです。

