「懐かしい」宮城凱旋を喜ぶ板倉滉、引退発表のFW小林悠に感謝「若かった自分にバチバチ来いと言ってくれた」
北中米W杯で日本代表のキャプテンを務めた29歳が、飛躍の地・宮城に帰ってきた。キリンチャレンジカップ・ウルグアイ戦を翌日に控えた23日、キューアンドエースタジアムでの練習を終えたDF板倉滉(ボルシアMG)は「仙台にいた頃よりも成長できていると思うので、それを見せられれば」と意気込みを語った。
川崎F U-18出身の板倉はトップチームで出場機会を得られなかったプロ4年目の2018年、当時J1在籍だったベガルタ仙台に期限付き移籍。東京五輪世代の活動でたびたびチームを離脱しながらも、年間通して主力を担ってJ1リーグ戦25試合に出場し、クラブ史上初の天皇杯準優勝も成し遂げた躍進の1年を支えていた。
板倉は翌19年から欧州移籍を果たし、仙台はまさにキャリアを大きく飛躍させた場所。これまでも自身が主催するチャリティー活動のサッカー教室を宮城で開催するなど、積極的な恩返しに励んできたが、今回は初の日本代表戦とあって大きな感慨とともにやってきたようだ。
「嬉しかったですね。新幹線から仙台駅に降りた時に懐かしいなという思いがあった。東口から5分くらいのところに住んでいたんで、今日は東口からバスが出て、すごく嬉しいなと思いましたね。自分は1年間しかいなかったけどベガルタ仙台というチームも、仙台という街も今でも好きなので、日本代表として久々に来られて嬉しかったです」
またこの日は川崎Fで共にプレーした大先輩のFW小林悠が現役引退を発表。板倉は移動のバスで記者会見の配信をチェックし、さまざまな思いを抱いていたという。
「自分が高校生の時からいた先輩で、その時からバリバリ日本代表でやっていて、得点をめちゃくちゃ決めていて、憧れの存在だった。非常にショックではあるけど、サッカーの世界は今までもそう。(中村)憲剛さんが引退したり、今回は悠さんが引退して、自分も気づけば若くない。まずはお疲れ様でしたということと、ケガをしながら戦っていたと思うので、フロンターレのいちファンとして本当にありがとうございましたという気持ちが大きいなと思います」
共に出場した試合はそう多くはなかったが、練習では日々マッチアップしていたといい、「悠さんはすごくて、若かった自分に対して『バチバチ来い』と言ってくれて、バチバチ行って怒られることもたくさんあったけど(笑)、すごく愛があった」と思い出も振り返った板倉。最後は「若手のお手本だったのを今でもすごく覚えている。まずはお疲れ様でしたということと、頑張っているところを見せられれば」と自らの活躍を誓っていた。
(取材・文 竹内達也)
川崎F U-18出身の板倉はトップチームで出場機会を得られなかったプロ4年目の2018年、当時J1在籍だったベガルタ仙台に期限付き移籍。東京五輪世代の活動でたびたびチームを離脱しながらも、年間通して主力を担ってJ1リーグ戦25試合に出場し、クラブ史上初の天皇杯準優勝も成し遂げた躍進の1年を支えていた。
「嬉しかったですね。新幹線から仙台駅に降りた時に懐かしいなという思いがあった。東口から5分くらいのところに住んでいたんで、今日は東口からバスが出て、すごく嬉しいなと思いましたね。自分は1年間しかいなかったけどベガルタ仙台というチームも、仙台という街も今でも好きなので、日本代表として久々に来られて嬉しかったです」
またこの日は川崎Fで共にプレーした大先輩のFW小林悠が現役引退を発表。板倉は移動のバスで記者会見の配信をチェックし、さまざまな思いを抱いていたという。
「自分が高校生の時からいた先輩で、その時からバリバリ日本代表でやっていて、得点をめちゃくちゃ決めていて、憧れの存在だった。非常にショックではあるけど、サッカーの世界は今までもそう。(中村)憲剛さんが引退したり、今回は悠さんが引退して、自分も気づけば若くない。まずはお疲れ様でしたということと、ケガをしながら戦っていたと思うので、フロンターレのいちファンとして本当にありがとうございましたという気持ちが大きいなと思います」
共に出場した試合はそう多くはなかったが、練習では日々マッチアップしていたといい、「悠さんはすごくて、若かった自分に対して『バチバチ来い』と言ってくれて、バチバチ行って怒られることもたくさんあったけど(笑)、すごく愛があった」と思い出も振り返った板倉。最後は「若手のお手本だったのを今でもすごく覚えている。まずはお疲れ様でしたということと、頑張っているところを見せられれば」と自らの活躍を誓っていた。
(取材・文 竹内達也)

