“ボール直撃”の事故から野球選手を守るには…“軟式球”の導入、投手の“スピード違反”を取り締まるといった提案を“笑い話”で終わらせてはならない
プロ野球だけでなく、アマチュア野球でもボールが選手に直撃する、痛ましい事故が続いている。事故が起きた直後は報じられるが、まるで、“時の流れの中に埋没させるのが賢明”との暗黙の了解でもあるかのように、続報は途絶え、事故の根絶に向けた議論を始める動きにはならないのが現状だ。
今日も日本中の野球場で硬式野球が行われている。いつまた事故が起きても不思議ではない。危険な状態が放置されているのだ。【小林信也/作家・スポーツライター】
【写真】バットが直撃で負傷…今も懸命な治療が続く「川上拓斗球審」が母校の生徒に送ったエール
高校生の死亡事故も
最近もプロ野球で事故が起きた。9月15日(火)に神宮球場で行われたヤクルト対広島での出来事だ。サンケイスポーツは次のように報じている。

「広島のドラフト3位・勝田成内野手(23)=近大=が頭部に死球を受け、担架で運び出された。6-4の六回1死。ヤクルト・石原が投じた直球がヘルメットを直撃。ヘルメットは弾き飛び、勝田は右手で頭部を抑え、そのまま倒れこんだ。石原には危険球による退場処分が告げられた。勝田は自らのもとへ謝罪に来た石原の言葉に反応する様子を見せたが、その後、周囲をブルーシートで囲われた中、担架で運び出された」
交代後、勝田は自力で歩行できる状態で、病院では「右側頭部打撲」の診断を受けたという。頭部に激しい衝撃を受けたのだから後遺症も含め、引き続き慎重な観察が必要だろう。
同じく15日、DeNA対巨人では、DeNAの先発投手・東克樹の右足首付近に巨人の打者・鈴木大和の打球がワンバウンドで直撃。東は続投し勝利投手になったが、投手の球速も打球速度も速くなる傾向の中で、投手の危険度は従来以上に増大している。
高校野球では3年前、福岡の高校生投手が練習試合中、ピッチャーライナーを胸に受け、死亡する事故が報告されている。
自打球も危険だ。7月22日の中日戦で、ヤクルトの中村悠平がバントを試みた際に自打球(ファウルチップ)を顔に受けた。「右眼球打撲」「右眼窩内側壁骨折」と診断され、直後の報道では「右眼の光が失われている」と伝えられ、選手生命が案じられた。日常生活にも支障を与える重大なケガ。それが起こりうるのが硬式野球なのだ。
これだけの事故が起きているのに
MLBでは7月20日の試合で、アスレチックスの23歳の新人クロダ・グラウアーが自打球を下腹部に受けた。「グラウアーは痛みをこらえ、脂汗を流しながらプレーを続け安打も放った。しかし途中で退場。検査の結果、睾丸破裂の重傷とわかった」という深刻な事故も起きている。
今シーズンだけでも危険な事故は片手で数えきれないほど頻発している。
4月16日に起きた川上拓斗球審へのバット直撃事故の衝撃はいまも胸の奥を暗くする。懸命な治療が続いていると伝えられるが、川上審判が意識を回復した報せはまだ届かない。球審にヘルメット装着を義務付ける、打者の危険スイングに罰則規定を設けるなどの対策は講じられたが、それで事故の心配が一切消えたわけではない。
5月10日の中日対巨人でも、中日の打者のバットが巨人の大城捕手の頭に直撃する事故が起きた。
しかしなぜか当事者もファンも、「現在の野球のルールそのものを見直す必要がある」という発想には至らない。これだけの事故が起きているのに、まるで見て見ぬふりをするかのように、野球界がこれを放置する理由は何だろう?
これらのケガは、現行の野球ルールで試合をすれば避けられない必然だ。対策にも限界がある。つまり、徹底的にケガの根絶に取り組めば、現在の風景を根底から変えるルールや用具の変更をする必要があるからだろう。野球ファンの多くは、劇的な変更を望まないようだ。
例えば投手の安全を確保するためなら、打撃練習と同様、公式戦でも投手の前に防球ネットを立てる方法が考えられる。だが、そんな提案を歓迎する者は根っからの野球ファンにはいないかもしれない。あるいは投手もヘルメットを着用する。一部少年硬式野球で義務付けられているように、心臓震盪対策のプロテクターをユニフォームの下に装着するなど。だが、大半の投手たちは、重装備でマウンドに上がることを歓迎しないだろう。
投手の「スピード違反」
だが、深刻な事故が頻発する事態を放置すれば、野球そのものができなくなる恐れだってありえるだろう。
暑さ指数が一定の数値に達したら屋外スポーツは避けるという了解が日本でも常識になりつつある。だが、“夏の甲子園”という一大イベントを守りたい野球界はこれに目を背けてきた。これももう避けられないし、野球界がそのような野蛮な慣行を貫くなら、野球を志す子どもや応援する親たちも激減するだろう。現にその傾向は明らかだ。
私は、劇的な用具やルールの変更を、覚悟を決めて検討すべきだと提案する。今こそ、《野球を安全にする国民会議》を始めるべきではなかろうか。
例えば、試合でもマウンドの前にネットを立てる。もしくは、プロ野球や高校野球でも、硬式に近い性能に改良された最新の軟式球(M号)の採用を真剣に検討すべきだと私は本気で提案する。国際的にも、より安全性の高い軟式球をオリンピックの使用球にすれば、スタジアムを持たないアジア・アフリカの国々でも普及が容易になるだろう。
自動車は便利だが危険と背中合わせだ。これは誰もが知っている。交通事故を根絶するため、自動車メーカーはエアバッグを義務付け、自動安全制御装置の開発などにも懸命に取り組んでいる。法的にはスピード制限など様々な規制が講じられている。
これを野球に置き換えて考えてみてはどうだろう? 近年の野球事故の要因のひとつは、投手の投げるボールの高速化だ。打球速度も同様だ。ならば、投手のスピード違反を取り締まる発想はどうだろう? 「そんなバカな」と笑われそうだが、「投手が速い球を投げない」のは有効な安全対策の一つだ。元々野球は、打者が「ここに投げてね」と投手に要求して始まるゲームだったと聞かされている。投手が剛球を投じて打者を抑えにかかろうとし始めたころから、野球のおおらかさが失われたのかもしれない。
野球の楽しみの本質は「打つこと」
私も投手出身だから、投手の球速を否定するのは抵抗があって長い間逡巡した。が、やはり国民の娯楽としての野球復活、さらなる繁栄を夢想すると、これは決定的に有効な策ではないかとの考えに至った。
アメリカで草野球がわりに人気を博すソフトボールは、この私の考えを体現している。スローピッチと呼ばれ、投手は山なりの球しか投げてはいけないのである。かつて野球は三振を取る競技ではなかった。打って始まるゲームなのだ。これを守備側がどう守るか、そこに面白みがある。
以前、日米のプロ野球で審判を務めた平林岳氏の講演で聞いた興味深い話がある。
「なぜ、ビジターが先攻なのか?」
平林さんは聴衆に問いかけた。そこにいた全員が野球の指導者と現役の中学生選手たち。おそらく大半の人が、「後攻の方が有利だから、ホームチームが後攻で、ビジターを先攻にするのだろう」と答えを想像したのではないだろうか。ところが、答えは違った。
「野球って、打つのが楽しいゲームでしょ。だから遠くから来てくれたビジターチームに、『どうぞお先に打ってください』と、それでビジターが先攻なんです」
それを聞いて、「そうか、野球は打つことが楽しいゲームなんだ、抑えることは野球の元来の楽しみを削ぐ間違った姿勢なのだ」と、えらく感銘を受けた記憶がある。
だから、投手が速い球を投げない、という基本姿勢は決して暴論ではない。
スポーツライター・小林信也
デイリー新潮編集部
