静岡県三島市に出現した深夜のだがし屋さん。探偵ごっこで大失敗した僕と店主の、奇妙であたたかい「業務連絡」

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読者からのおたよりにコントを添えて答える「読むラジオ」(https://x.com/kugatsu_readio)でもお馴染みのピン芸人・九月さんによる群像Webオリジナル連載「旅する芸人」。第11回の舞台は静岡県三島市です。

連載第1回はこちらからお読みいただけます。

→「「東京に住んでいても◯◯に行ったことがないなんて!」地方出身の僕が上京して衝撃を受けた「東京あるある」のギャップ」

前回の連載はこちら。

→「家庭教師も中華料理屋もクビに…大阪のショーパブで過酷な下積みを送った芸人の「今だから言える話」」

樋口さんという人

樋口さんという人がいる。長らくお世話になっているが、詳しいことはよく知らない。「細かいことはわからないが助かっている」という意味では、漢方とかBluetoothに近い。どういう仕組みでそこにあるのかも、どういう機序で作用しているかもわからないが、助かる。世の中にそういうものは多い。太陽もそうかもしれない。水と酸素もそうかもしれない。僕はそういうものに囲まれて生きている。誰かにとって、僕もまたそうかもしれない。

とりあえず確実に言えることは、樋口さんが静岡県三島市でだがし屋さんを営んでいることだ。「駄菓子屋さん」ではなく、「だがし屋さん」と表記したくなるような、昔懐かしいお店である。ここ3年ほど、僕はそこで定期的にコントライブをしており、そのたびに樋口さんと会う。それならお互いのことがだんだんにわかりそうなものだが、意外と内容のある会話をしていない。

「またライブしに来ました! 今回もお願いします!」

「はーい!」

「ライブが終わりました! またお願いします!」

「はーい! お気をつけて!」

毎回これくらいのもんである。これより話すこともないし、これより話さないこともない。長く付き合っているしお世話にもなっているけれど、意外と業務連絡しかしない相手が、あなたにもいるのではなかろうか。樋口さんと僕のコミュニケーションはそういう感じである。

樋口さんと初めて出会ったのは、2023年の秋だった。東京は渋谷で行った新ネタライブに樋口さんが来ていて、ライブ終わりに声をかけてもらったのだ。そのとき、樋口さんにまつわる一通りの情報を知った。三島市で駄菓子屋を営んでいること、いつか三島市でもライブをしてほしいこと、その際には店を使っていいこと、だがし屋を開く前には祥伝社という出版社に勤務していたこと。

話を聞きながら、ピンと来た。祥伝社といえば、僕がその時期に出版したエッセイ集『走る道化、浮かぶ日常』の出版社である。すると、そのツテがあってライブに来た見込みが高い。きっとそうだ。

探偵モード

初対面の人と会話するときのみ、僕はときたま探偵モードになる。これは善悪で分類するならば悪癖であり、要するに『名探偵コナン』の読み過ぎである。探偵モードになった僕は、コナン世界に出てくる高校生探偵・工藤新一と、その父・工藤優作の中間くらいの表情を作る。自分の年齢がそれくらいだからだ。顔の作画を青山剛昌絵にする。立ち方はちょっとだけ斜め。手はポケットの中。頭の中では推理シーンの神妙なBGMが鳴っている。僕は名探偵特有のタメを意識し、もったいぶった口調で言う。

「───樋口さん」

「はい?」

樋口さんがこちらを向く。推理ショーの始まりだ。論理の旋律を奏でるのだ。

「───あなたは静岡県三島市からわざわざライブに来た。そして三島市でのライブを提案してくださった」

「ええ」

「───おかしいと思ったんですよ。これほど協力的な人間は珍しい」

「はあ」

「───そして、あなたは、以前祥伝社に勤務されていたという」

「ええ」

「───点と点が、線になりましたよ」

「はあ」

「あなたがここに来たのは、僕の担当編集である〇〇さんからの連絡があったからだ! 違いますか樋口さん!?」

樋口さんは目を大きく見開いている。さあ、白状するんだ。「なぜそれを……」と言うんだ。そして僕のことを卓越した洞察力の持ち主だと認めるんだ。樋口さんが口を開く。

「───んと、誰のことです?」

外した。自分の作画が、みるみるうちに青山剛昌絵からさくらももこ絵に移り変わる。僕は名探偵じゃなかった。ポケットから手を出し、立ち姿を斜めから正面に戻した。そういえば僕の担当編集はかなり若い方だったので、樋口さんとは入れ違いだったのだろう。

「───あなたは静岡県三島市からわざわざライブに来た。そして三島市でのライブを提案してくださった」

このとき、樋口さんは僕のことをどう思ったのだろう。「なんか急にゆっくり喋り始めたな」とか思ったんだろうか。

「───おかしいと思ったんですよ。これほど協力的な人間は珍しい」

かわいそうに、とかだろう。

今日に至るまで、僕が樋口さんについて詳しいことを知らないのは、この出来事のせいである。僕は初対面の相手に推理を披露したがるくせに、ひとたび推理ミスをしてしまうと、以降は恥ずかしくなってしまい、プライベートに踏み込んだ話ができなくなるのだ。かくして僕は業務連絡マシンと化す。完全な悪癖である。誰にもメリットがない。

なにせ人間関係は、ある程度まで映し鏡だ。こちらが業務連絡しかしなくなると、相手も業務連絡しかしなくなる。この性質によって深められず御蔵入りとなった人間関係が、僕の過去には無数にたゆたっているはずである。心当たりのある方は、今からでも連絡してみてほしい。業務的にお返事したらごめんなさい。

業務連絡の仲でもライブはできる

こうして推理は失敗に終わったが、三島市でのライブは御蔵入りにならず、無事に日程が決まった。ライブの開催に必要なのは業務連絡であり、それなら僕にも可能だからだ。

そしてライブ当日、僕は初めて静岡県三島市に降り立った。思ったよりも東京から近いことや、思ったよりも大きな街であることに驚いた。三島市は人口でいうと10万人とちょっとで、僕の地元の八戸市よりも小さい。しかし、隣の沼津市と双子のような都市圏を形成していることや、東京からほど近いために大学や企業の誘致が進んでいることなどによって、人口規模以上の活気があった。

教えてもらっただがし屋さんの住所は、三島駅から徒歩10分程度のところ。向かうついで、僕は中心商店街を散歩してみた。中心街には街の顔がある。そして僕は驚く。三島はチェーン店よりも個人店の方が多く、というかチェーン店がイオン系列のスーパーくらいしか見当たらないのだ。

あまり街歩きをしない人はピンと来ないかもしれないが、「個人店だらけの商店街がある」というのは、物凄いことである。一番多いのは、商店街が維持されず、郊外のショッピングモールに取って代わられているパターン。次に多いのは、なんとか商店街は維持されているけれど、並んでいるお店を見れば全国チェーンばかりのパターン。

しかし、三島市は違う。個人店がバリバリに営業している。それも八百屋さんや中華料理屋さんのみならず、家具屋さんとか、おもちゃ屋さんとか、真っ先になくなってしまいそうなお店がいっぱい並んでいる。これは物凄い。なんだか30年くらい前の町並みが保存されているみたい。僕は目をきらきらさせて歩く。せっかくだから、どこかには入りたい。

ふと目についた、喫茶店に寄り道してみる。純喫茶然とした佇まいに、よい店だけが持つ何らかの説得力のようなものが滲んでいる。扉を開けると、あちこちにアルフォンス・ミュシャの絵が飾ってある! なんて素敵な店なんだ! こういう店が残っているということは、この街がまだこの街だということだ。

そして、だがし屋さんに着く。この素敵な街にあるのも頷ける雰囲気の良い店で、それがまたこの街を作ってもいる。出迎えてくれた樋口さんに「お願いします」と業務連絡すると、「お願いします」と業務連絡が返ってきた。ここに至るまでに見かけた三島市のよいところを樋口さんに話したくて仕方なかったが、うまく喋れない。探偵に二度目はない。

ライブスペースは二階にあった。案内されるまま階段を登っていくと、そこは狭いけれど雰囲気の良い場所だった。動きの多いネタには向かないけれど、「話芸」然としたネタを披露するには適していそう。噺家の方が行う落語会イベントのポスターを見て、「確かに向いてそうだな」と思う。そしてライブが始まる。5時間にわたってコントをやり続ける内容だった。想定より集客も良く、「次回はオールナイトのライブをしてみたい」と思った。

冷たい中華丼

さて、そんな初回のライブから半年が経った頃、僕は樋口さんにメールをした。「まただがし屋さんでライブをさせて頂きたいです、もしよろしければオールナイトでやってみたいです」という業務連絡である。樋口さんからは「いいですよ」と返ってきた。探偵に二度目はないが、ライブが上手くいった芸人には二度目がある。

そして行われたオールナイトのライブは、目論見通り盛況となった。どの時間帯にもお客さんが万遍なく存在していて、1時間見て帰る人もいれば、朝まで全部見てやろうというお客さんもいる。様々な楽しみ方に開かれたイベントだった。もちろんここはだがし屋さんなので、ライブの合間に一階に降りてだがしを買うことも可能である。お笑いライブでありながら、ある種の滞在型イベントや、部活動合宿のような気配もある、他になさそうなイベントだった。

僕が二階で声を張り上げている間、樋口さんはずっと一階で店番をしていた。そういう仕組みになるとは僕も聞いていなくて、驚いた。てっきりお店の閉店時間になったら、「後はお願いします」とか言われて放置されるものだと思っていた。

かくして、この日に限っては静岡県三島市にオールナイト営業のだがし屋が現れた。そんな店なんて、東京にも大阪にもないだろう。二階でコントをしながら、時折一階のドアが開く音を聞いた。だがし屋にお客さんが来ているのだ。時計の針が頂点で出会った後の地方商店街でだがし屋が開いているのだから、通りかかった人も「これは何だろう?」と思うわけだ。

深夜にだがし屋が開いているのは、僕がここにいるからなんだぞ、と妙に誇らしく思う。それと同時に、「樋口さんは無理していないのかな?」とも思う。仮眠を取るとか、何かしら手段があったらいいのだけど。オールナイトのお店が珍しいのは、それがなんせ大変だからだ。個人営業ならなおさらそう。

ライブは最後の最後までトップスピードで、駆け抜けるように朝になり、お客さんがぞろぞろ帰っていくと、樋口さんが「お疲れ様です」と業務連絡をしながら二階に登ってきた。僕は「ありがとうございます」と業務連絡をする。どっと疲れて眠たい目を向けると、樋口さんの手には、弁当があった。「中華丼です、よかったら温めて召し上がってください」と言う。

受け取ったプラスチックのどんぶりはとても冷えていて、フタにはたくさんの水滴がついていた。この中華丼は、いつ、どこで、どうやって準備したものなんだろう。前もって準備しておかないと、このように水滴だらけにはならないはずだ。

ということは、樋口さんは僕が翌朝おなかを空かしていることを見越して、中華丼を準備したんだ。そしてこれを渡すタイミングを、深夜の一階で、ずっと待っていてくれたんだ。この冷たさには樋口さんの温かさがある。僕が恥ずかしがって業務連絡しかしない間にも、樋口さんは僕に、こんなにも温かな眼差しを向けてくれていたんだ。

僕は泣きそうになった。泣きそうになりながら、感謝とともに思った。この推理を言いたい。心の底から言いたい。さすがにこの推理は当たっている気がする。当たっている気がするから探偵をやりたい。探偵やりたい探偵やりたい探偵やりたい探偵やりたい探偵やりたい探偵やりたい。探偵をやって超かっこよく三島遠征を終えたい。でも、探偵をやれない。二度目はないからだ。僕は泣く泣く「ありがとうございます」と、心からの業務連絡をした。

それからというもの、樋口さんのご厚意のもと、年に2回か3回くらいのペースで、僕は三島市でオールナイトのライブをしている。楽しそうなライブだと評判になり、今では関東や東海や関西からのお客さんも訪れるようになった。三島駅には東海道新幹線が停車するし、だがし屋さんは三島駅から徒歩圏内なので、遠方からの交通の便がいいようなのだ。

「旅芸人」らしい活動をするようになってから、色んな街でライブしてきたし、そのぶん色んな街にファンができたけれど、日本地図上に僕の活動勢力図を描いたなら、その重心は意外にも静岡県三島市なのだと思う。そんなこと、芸人人生を何回やり直しても実現しなさそうで、だからこそこの一回きりの人生が嬉しくて、とても気に入っている。

それにしても、樋口さんはどうしてあの日、渋谷のライブに来てくれたのだろう。会社のツテじゃないなら、どこで見つけてくれたのだろうか。見当がつかない。僕は名探偵じゃないから。かといって、樋口さんに聞くこともできない。業務連絡を超えるから。

第12回(最終回)は10月20日公開予定です。

これまでの連載

第1回:東京

「東京に住んでいても◯◯に行ったことがないなんて!」地方出身の僕が上京して衝撃を受けた「東京あるある」のギャップ

第2回:札幌

北海道のお客さんと友達になろうとした結果、気づいたらアメンボに知性を与えたい科学者になっていた話

第3回:北九州

九州の北にあるから「北九州」?直球すぎる街の名が物語る、昭和の大合併と歴史の分岐点

第4回:青森県五所川原市金木町

「書く側になりたい」者の前に立ちはだかる壁・太宰治。そんな青森出身の僕が、ファンの聖地「斜陽館」でコントライブをすることに?!

第5回:名古屋

「名古屋に負けた」ウケなくても客が3人でも「夢が叶わない人代表」になりかけても、名古屋でのライブを諦めなかった執念の結果

第6回:兵庫県三田市

「ぜひうちの店でライブを」二つ返事で向かった先に待っていた衝撃の光景…兵庫県三田市で目撃した愛すべきカオス

第7回:群馬県高崎市

見渡すかぎりベンチだらけの老若男女にやさしい街・高崎。4万いいねを獲得した「伝説のベンチ」にもう一度座るため、僕らのドラクエが始まった

第8回:愛媛県松山市

深夜に食べた松山名物・骨付き鶏が美味しすぎて…ライブ前夜の「宿なし芸人」無限ループの大迷走

第9回:福井県池田町

何をするかは「行ってから考えましょう」!福井の古民家での共同生活を経て気づいた「旅」の意味

第10回:大阪

家庭教師も中華料理屋もクビに…大阪のショーパブで過酷な下積みを送った芸人の「今だから言える話」

九月(くがつ)

芸人。全国各地でのコントライブと各媒体での執筆を中心に活動。エッセイ集に『走る道化、浮かぶ日常』(祥伝社)がある。群像Webにて紀行エッセイ「旅する芸人」を連載中。

【前回の連載】家庭教師も中華料理屋もクビに…大阪のショーパブで過酷な下積みを送った芸人の「今だから言える話」