【清水 芽々】【港区女子の末路】不特定多数の男性と交際し、妊娠が発覚…ブランド品を売り払って「田舎で力仕事」の日々

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「港区女子」という言葉が広まってから、すでに10年近くが経った。都内屈指の高級エリアで遊び、その豪華なライフスタイルをSNSで発信していた女性たちは、港区を“卒業”した後、どんな人生を送っているのだろうか。元・港区女子に取材した。

現在、新潟県某所で1歳の子どもを育てている中島優梨さん(仮名・29歳)は、22歳の頃、港区で派手に遊んでいたという。

体目当ての男性との交際に疲れた優梨さんは、港区界隈のパーティで知り合った会社経営者のK氏と結婚。だが、羽振りの良さそうに見えたK氏の会社の経営は、実は火の車だった。

節約生活に嫌気が差した優梨さんは再び港区界隈のパーティに足を運ぶようになり、「パパ活」を繰り返すように……。

前編記事『カネ目当ての交際を繰り返し、気づけば「枕接待要員」に…!「港区女子」のメンタルを崩壊させた「富裕層男性の言葉」』より続く。

妊娠が発覚…

K氏とも離婚することになった優梨さん。離婚後、都内で新生活をスタートさせたが、予期せぬ出来事が起きた。妊娠が発覚したのだ。

不特定多数の相手と関係を持っていたため、誰が父親かわからない……。悩んだ優梨さんは、K氏に連絡をとった。

K氏は意外にも、「責任はとる。今後のことは追って連絡する」と優梨さんに告げて電話を切ったという。

数ヵ月後、彼女が安定期に入った頃、K氏から連絡が来た。それは、

「子どもが生まれたらDNA鑑定をして、自分の子どもだとわかった場合は養育費等の支払いに応じる。しかし、他人の子どもだと判明した場合は、婚姻中に不貞行為があったとして、逆に慰謝料を要求するから、そのつもりでいて欲しい」

というものだった。

「『責任は取る』というKの言葉を聞いて産もうと思ったのに、想定とはまったく違うことを言われ、目の前が真っ暗になりました」

港区時代のブランド品を売り払った

優梨さんに出産以外の選択肢はなかった。

実家に戻って出産。生まれたのは彼女にそっくりな女児だった。優梨さんは悩んだ末、DNA鑑定はしないことにした。

彼女がK氏にそれを伝えると、

「気が変わって鑑定をする気になったら、2年以内なら対応する」

との返事があったという。

優梨さんは地元の新潟で、シングルマザーとして生きて行くことにした。

「子どもをおんぶして田んぼや畑に出ています。かつてはベンツやレクサスを乗り回していたのに、今や軽トラが愛車です。両親をはじめ、親戚や近所の人が助けてくれるので心強いです。私と子どもを温かく迎え入れてくれて、感謝しかありません」

優梨さんは、生活のためにブランド品や貴金属をすべて売り払ったという。

「5年くらいは余裕をもって暮らせそうです。港区女子時代に手に入れたものばかりで、高価なものが多かったんです」

港区を卒業し、地方でシングルマザーとして生きる道を選んだ優梨さん。酸いも甘いもかみ分けてきた彼女だけに、港区女子時代のエピソードをあっけらかんと語る様子が印象的だった。

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