【櫛田 泉】北海道「かにめしの聖地」に広がる異様な光景…朽ちかけた廃墟店舗が並び、一部ではゴーストタウンの様相に
「かにめしの聖地」現在の姿
全国に名だたるカニの産地として有名な北海道長万部町。かつて長万部駅の駅弁として販売されていた「かにめし」も全国に広く知られた存在だ。
そんな長万部駅では現在、北海道新幹線の札幌延伸に向けて新駅建設が進み、真新しい新幹線の高架駅が姿を見せつつある。
その一方で、長万部駅前の商店街では、シャッターが降ろされた店舗も多く、駅前は閑散としている。
さらに、駅から少し離れた国道5号沿いには、「かにめし」と書かれた朽ちかけた廃墟ドライブインが軒を連ねている。地域の関係者によると最盛期には、10件ほどのドライブインが営業をしていたが、今でも営業を続けているのは5件ほどだという。
町には小綺麗な新築住宅が建ち並ぶエリアはあるものの、人口減少が続いている。一部はゴーストタウンのような様相を呈しているのが現状だ。
シャッター商店街や朽ちかけたドライブインが軒を連ねる長万部町の中心部で新駅の建設が進む北海道新幹線は、長万部の未来を救うのか。そんな長万部の町を取材した。
長万部駅前のシャッター商店街
北海道長万部町は、札幌と函館を結ぶ鉄道の要所にあり、長万部駅には同区間を結ぶすべての特急列車が停車する。さらに、今や世界的な観光地として発展の進むニセコリゾートエリアへの玄関口となる倶知安駅(くっちゃん)や、北海道屈指の観光地である小樽方面に向かう路線が分岐している。
長万部駅には、札幌駅から函館行の特急北斗号に乗車すると2時間30分ほど、北海道新幹線の現在の終着駅である新函館北斗駅からは札幌行の特急北斗号に乗車すると1時間強で到着する。
駅の北側では、北海道新幹線の新駅の建設工事が進み真新しいコンクリートの柱がいくつも立ち始めていた。その一方で、現在の長万部駅は国鉄時代からの三角屋根の木造駅舎が改修を重ねながらそのまま使用され続けており、そのギャップに驚く。
駅前では、いくつかの飲食店は営業しているが、大半の店舗でシャッターが降ろされており、いわゆるシャッター商店街となっていた。
駅から函館方面に少し離れた国道5号沿いに行くと、今度は「かにめし」と書かれた朽ちかけたドライブインが軒を連ねている。寂れた一帯とは対照的に国道の交通量は多く、国道の横では新幹線の高架橋が姿を見せ始めていた。
2026年6月末時点での長万部町の人口は4573人となっている。2020年の5109人から約10%減少している。長万部町史によると1943年(昭和18年)の町制施行時には1万6446人の人口を擁したものの、昭和の高度経済成長期以降、町の人口は一貫して減り続けてきた。
長万部町は、一体どのような歴史を歩んできた町なのか。
江戸時代はアイヌの領域だった
ある長万部町民が次のように教えてくれた。
「江戸時代は、長万部町の隣町となる八雲町に日本最北の関所がありました。こうしたことから、八雲までが和人地で、その先にある長万部は主にアイヌが住んでいた印象です。長万部が栄えることになったのは明治以降で、鉄道の開業が大きなきっかけになりました。長万部には機関区(蒸気機関車の車両基地)が置かれ、これが鉄道の町として発展する原動力となりました」
江戸時代の北海道は南部の渡島半島に松前藩が置かれ、和人地を形成していた。長万部の地に松前藩の支配が及ぶのは1604年のことだ。その後、1669年には、松前藩に対してアイヌが蜂起したシャクシャインの戦いが起こり、長万部町内にある国縫地区では、鉄砲隊を主力とする松前藩がアイヌを迎え撃ち、松前藩がアイヌに勝利している。
1773年になると、長万部にはアイヌとの交易拠点となる番屋が建てられたほか、飯生神社も創建された。そして、1801年には、八雲に「山越内関門」が設置され、ここが日本最北の関所となった。
長万部の発展の契機となった鉄道が開業したのは1903年(明治36年)だ。
函館と札幌を結ぶ北海道鉄道(現JR函館本線)が函館側から順次延伸し長万部に到達したのである。そして、1923年には国有鉄道長輪線(現JR室蘭本線)の長万部―静狩間の開業に先立って、長万部駅の構内が拡張された。
長万部町史によるとこの拡張により、従来10名ほどだった駅員が50余名に増えることになったという。これをきっかけに、長万部は、鉄道職員とその家族で人口を伸ばすことになり、鉄道の町として発展することになったのである。
しかし、莫大な赤字を抱えた国鉄改革が急務となった1980年代には、国鉄の大規模な合理化が長万部の町を襲うことになる。長万部駅から日本海側の瀬棚駅まで運行されていた国鉄瀬棚線の廃止や、駅に併設されていた機関区や貨車区の合理化により、駅の機能が大幅に縮小。多くの鉄道職員が町を離れたことも人口減少の大きな要因となった。
高速道路の延伸で廃墟に
北海道では、国鉄末期の1983年から1989年、加えて国鉄分割民営化によって誕生したJR北海道の経営問題が表面化した2016年から2026年にかけて、2度にわたり大規模な鉄道路線の廃止が行われた。それと引き換えるような形で行われているのが、道内各地で進められている高速道路の延伸工事だ。
しかし、この高速道路の延伸が長万部町の国道沿いで営業していたドライブインに大打撃を与えた。
札幌方面から函館方面に向かって延伸工事が続いていた道央自動車道が長万部インターに達したのが1997年のこと。その4年後となる2001年には函館寄りの国縫インターまで延伸され、高速道路が長万部の町を通過するようになったのだ。ある関係者はその内実を次のように話してくれた。
「国道沿いで営業していたドライブインは、貸切バスでやってくる団体の観光客を対象としていました。旅行会社のあっせんによりお客さんを入れてもらっていたのですが、高速道路の延伸で貸切バスがわざわざ長万部のドライブインに寄る理由がなくなり経営が傾いた形です。旅行会社も先を急いでいますからね。
それまでも、閉店に追い込まれたドライブインは、旅行会社に支払う手数料のほかに、お客さん1人につき500円とか1000円のキックバックを行っていて、客取り合戦でそれぞれを潰し合っていた。高速道路の延伸が彼らにとどめを刺しました。
現在も営業を続けているドライブインは、集客を旅行会社頼みにせず、自分のお店にお客さんを付ける経営努力を怠らなかったところです」
また、別の町民は、高速道路の延伸後に廃墟ドライブインが増えた現状を次のように嘆いていた。
「高速道路を作るまでは行政も誘致活動を一生懸命やっていました。けれど、高速道路ができた後にどうやって長万部町に人を呼び込むかまでは考えていなかった。これが今の結果を招いているように感じられます。
現在は、新幹線の駅を一生懸命作っていますが、一番大事なのは開業後にいかにしてこの町の新駅で降りてもらうかです。ここをきちんと考えなければいけない。でなければ、また同じような結果を招くことになるんじゃないでしょうか」
では、北海道新幹線の長万部駅開業後について、長万部町役場は一体どのようなビジョンを描いているのだろうか。
ソフト面のビジョンは不透明?
長万部駅から500mほどの場所に長万部町役場はある。庁舎前には「祝・新幹線長万部駅高架化決定」のポールが建てられており、庁舎内に入るとロビーには新幹線新駅の模型を飾る北海道新幹線の展示スペースが設けられている。
実際に、町新幹線推進課の担当者に話を聞くことができた。
「現在、長万部駅前では土地区画整理事業を実施中で、駅前の建物は基本的には解体される予定です。商店街には空き店舗が多いですが、新幹線の工事関係者がこうした空き店舗を寮代わりに使用している事例もあり、すべてが空き家になっているわけではありません。
北海道新幹線の札幌延伸については、当初は2030年度を予定していましたが、トンネル工事などの遅れにより開業が2038年度末に延びました。しかし、区画整理事業自体に遅れは生じておらず予定通り進めています。一方で、新幹線の開業に伴って整備する駅西口広場とアクセス道路については、完成時期が後ろ倒しになる見込みです。
新幹線の開業に向けて、町としては、まず住民の生活拠点としての防災対策を含む機能整備を最優先にし、観光や産業振興についても並行して力を入れていきたいと考えております。
区画整理事業の後には、民間資本の進出を期待しており、大手のビジネスホテルチェーンの長万部駅前への出店などをイメージしています」
長万部町として、区画整理事業といったハード面の整備には意識が向いているようだ。しかし、町民が懸念する新幹線の開業を町の発展にどのように活かしていくのかというソフト面の施策について、担当者から具体的なビジョンが語られることがなかったのは残念だった。
2016年に開業し現在は北海道新幹線の終点となっている新函館北斗駅は、開業から10年以上が経過しても駅前には多数の空き地が残る状況が続いている。駅前の区画整理などハード面の整備は行ったものの、それが地域の観光や産業振興に大きく結びついていると言い難い状況だ。
北海道新幹線の札幌延伸後は、北海道庁が主導する並行在来線対策協議会によって、函館―長万部―小樽間の在来線を廃止することを前提にさまざまな計画が進められている。
長万部駅は、新幹線と洞爺や登別方面への特急列車の乗り換え駅になる予定だが、そもそも新幹線や特急列車は沿線住民が日常使いするには料金が高すぎる。さらに、在来線を廃止した後の代替バスについても、地域のバス会社がドライバー不足を理由に、代替バス路線の引き受けに難色を示している。
このまま計画通りに在来線を廃止すると地域の公共交通そのものが消滅しかねない状況だ。
こうした中で、長万部町にはソフト面の具体的なビジョンがない。新幹線の開業を住民の生活拠点や観光、産業の活性化に本当につなげることができるのだろうか。
つづく記事〈ゴーストタウン化が進む北海道長万部で奮闘「かにめし発祥店の凄み」…他の販売店は次々と廃墟に〉では、長万部町で奮闘する「かにめし本舗かなや」に焦点を当てる。

