昨年、大谷翔平、山本由伸を擁する最強軍団ドジャースの前に、1993年以来となるワールドシリーズ制覇の夢をあと一歩のところで断たれたトロント・ブルージェイズ。カナダ国民の「今年こそは」という期待とは裏腹に、今シーズンはいまだ借金生活が続き、地区優勝は難しい状況となっている。

 それでも、ポストシーズン進出をかけたワイルドカード争いでは、デトロイト・タイガースなどと最後の椅子をめぐって熾烈な争いを繰り広げている。33年ぶりの「世界一」への望みは、まだつながっている。

 ブルージェイズファンにとって、「世界初の開閉式ドーム球場」として知られる本拠地ロジャーズセンターは自慢の種だ。テラスから試合を観戦できるホテルまで備える。開場から37年の時を経た今もMLB屈指のスタジアムとして、すぐそばにそびえ立つCNタワーとともに街のアイコンとなっている。


メジャー1年目から存在感を発揮しているブルージェイズ岡本和真 photo by Getty Images

ブルージェイズの看板選手へ】

 そのブルージェイズに今季加入したのが、巨人の主砲だった岡本和真だ。

 現在(現地時間8月16日現在)チームトップの24本塁打を放っており、今やチームの顔として、ファンの注目を一身に集めている。地元ファンでほぼ埋め尽くされたスタンドでは、「OKAMOTO」のネームが入ったジャージを着たファンの姿も目立つ。試合中、彼の名前がコールされると、スタンドからはほかのどの選手よりも大きな拍手が送られる。

「俺は去年、彼を東京ドームで見たんだ。まあ、その時はフィールドにいた選手の誰が誰だかわからなかったけどね。でも、あのジャイアンツから来たんだ。間違いないよ」

 そう話すのは、試合前のスタジアムツアーに参加していたファンのひとりだ。もちろん、身にまとっているのは岡本のレプリカジャージ。球場で販売されているプログラムの表紙を飾るなど、今や岡本はトロントを代表する看板選手のひとりとなっている。

 春にはいったんチームを離れ、侍ジャパンの一員としてWBCを戦いながらも、開幕戦のラインアップに名を連ね、メジャー初安打も記録した。

 少し前まで、日本人選手のメジャー挑戦には、プレー以前に環境やしきたり、文化など、克服すべきさまざまな壁があった。なにより、まずはチームに実力を認めてもらわなければならず、WBCへの出場どころではなかった選手も多い。

 しかし近年、WBCで日本が結果を残したことで、日本野球の実力はメジャーでも広く認められるようになった。NPBで主力を張った選手は、もはや「お試し」ではなく、チームの浮沈を担う「助っ人」のような立場で迎えられるようになってきている。

【打率.227でもまったく問題なし】

「もう最初からチームにはなじんでますよ。言葉なんか全部わからなくても、コミュニケーションはとれますから」

 試合前のバッティング練習でチームメイトと談笑する岡本を眺めながら、そう話してくれたのは、ブルージェイズのチームスタッフ・加藤豪将(ごうすけ)だ。幼少期に一時日本で暮らした経験はあるものの、アメリカ生まれ、アメリカ育ちの日系2世。アメリカ球界から「逆輸入」のかたちで日本球界に身を投じた経験を持つ。

「今はそんなにギャップを感じないんじゃないですかね。僕も日本ハムに入った時は、まあ、少しは戸惑うこともありましたけど、困ったってことはありませんでしたから。和真もそうじゃないですか。キャンプから問題なかったと思いますよ」

 練習もジャイアンツ時代と大きく変わるところはないという。合わせるべきところは合わせ、自己流も織り交ぜながら、メジャーの野球にアジャストしてきた。ここまで順調にルーキーシーズンを送っているようだ。

 ここまで岡本は121試合に出場し、24本塁打、71打点はいずれもチームトップだが、打率は.227。日本の感覚で言えば、本塁打は期待以上に出ているものの、打率はやや物足りないと映るかもしれない。投高打低の傾向が顕著なNPBでさえ、2割2分台となれば「不振」と評されかねない数字だ。

 しかし現在のメジャーでは、打率は打者の力量を測る主要な指標ではなくなっている。ここトロントでも、バックスクリーン上のビジョンに映し出されるラインナップを見ると、選手名の横に表示されているのは打率ではない。そこには、出塁率と長打率を足したOPSが示されている。

 加藤もアナリストの立場から岡本の成績に太鼓判を押し、打率の低さについてもまったく問題視していない。

「チームとしては、打率はまったく気にしていません。それはメディアもファンも同じです。こっちでは、今は打点もそれほど気にされませんから」

 日本では「得点圏打率」によって、その打者がチャンスに強いか弱いかが論じられる。しかし、少なくとも加藤の見解では、打席に立った時に塁上に走者がいるかどうかは、打者自身にはコントロールできないことだ。安打を放った際に走者がいるかいないかによって、打者の力量を測ることに大きな意味はないということだろう。

【OPSで見えてくる岡本和真の存在感】

 その一方で、走者がいる場面では、単打よりも長打のほうがより多くの得点につながる可能性が高い。だからこそ長打率が打率以上に重視される。また、得点するためには、そもそも走者が塁に出なければ始まらない。その確率を示す出塁率も、チームが勝利するうえで打者に求められる重要な指標となるわけだ。

 このOPSは、一般に.700前後がひとつの目安とされている。現在、岡本のOPSは.728。チームの看板選手であるウラジーミル・ゲレーロJr.の.693を上回っている。打率こそ.227だが、それを補ってあまりある長打力を発揮しているというわけだ。

 かつて、日本人打者がメジャーへ渡れば、まず問われたのは「日本と同じように打てるのか」だった。打率が下がれば苦戦とされ、本塁打が減れば「やはりメジャーの壁は厚い」と評された。しかし、岡本のルーキーシーズンを見ていると、そんな見方もそろそろ変える必要があるのかもしれない。

 打率.227という数字だけを切り取れば、決して華々しい成績には映らない。それでも24本のアーチを描き、OPSではチームの主力を上回り、なにより打席に立つたびにロジャーズセンターから大きな拍手を浴びている。その光景こそが、岡本がこの街でどんな存在になったのかを何より雄弁に物語っている。

 岡本は、もはや「メジャーに挑戦する日本人」ではない。33年ぶりの世界一を夢見るトロントで、その行方を左右するひとりの主役として戦っている。

阿佐智●文 text by Satoshi Asa