定年後もイキイキした人生を過ごすにはどうすればいいのか。実業家の本田直之氏は「役職定年、定年、独立後の踊り場。これまでの人生で増やしてきたものが、一斉に手元から離れていく瞬間が来る。この局面でつまずく人には、一つの共通点がある」という――。

※本稿は、本田直之『セカンドハーフ戦略 人生後半戦、何を捨て、何を始めるか』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。

■だからお酒との関係を変えることにした

また、やってしまった。

ハワイの朝、目が覚めた瞬間にそう思った。

前の晩、少し飲みすぎた。起きられないわけではない。ただ、頭の奥に薄い霧がかかったようで、何もやる気が起きない。朝一番でトレーニングに行くつもりだった。

海も近いし、天気もいい。それなのに、体が動かない。

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ハワイにいるのに、いったい俺は何をやっているんだ。

そう思う朝が、一度や二度ではなかった。

そんなことは、前からわかっていた。適量で止めた朝はまったく違う。頭が軽く、体も動く。トレーニング後の爽快感もまるで違う。

わかっていたのに、変えなかった。

いいワインがある。楽しい食事がある。もう一杯いける。せっかくだから飲んでおこう。そうやって、その場の楽しさを少しだけ足して、翌朝の自分から時間を奪っていた。

でも、あるとき決めた。

この先、こういう無駄な午前中を過ごすのは、もうやめよう。

大げさな決意ではない。禁酒しようと思ったわけでもない。酒を否定したいわけでもない。ただ、前の晩の自分に、翌朝の自分を邪魔されたくなかった。

そこから、飲み方を変えた。

本当に美味しいものだけを、適量だけ飲む。まだ飲めるかどうかではなく、明日の朝をどう迎えたいかで決める。好きなワインを一杯、好きな日本酒を一合、好きな焼酎をロックで一杯。それで十分だと思うようになった。

不思議なことに、我慢している感じはなかった。むしろ満足度は上がった。たくさん飲んだ夜より、ちゃんと選んで適量だけ飲んだ夜のほうが、翌朝まで豊かさが続く。

出費が減ったかというと、必ずしもそうではない。むしろ一杯あたりのコストは上がっているかもしれない。でも、翌朝の状態まで含めて考えると、満足度は明らかに上がった。

酒の量が変わったのではない。酒との関係が変わったのだ。

■「とりあえずビール」をやめた

僕は最近、この感覚を自分の中で「ノー・フォグ・ライフ」と呼んでいる。頭に霧をかけない生き方。健康優等生になりたいわけでも、禁欲したいわけでもない。

ただ、「とりあえず飲む」ということが、だんだんなくなっていった。酒をやめたのではない。「とりあえず」をやめただけだ。

わかりやすく変えたことの一つが、「とりあえずビール」だった。

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なぜ最初にビールを頼むのか。考えてみると、理由はあまりなかった。習慣で頼んでいる。流れで飲んでいる。誰かが頼んだから、自分も頼む。席についたら、自動的に「とりあえずビール」と言っている。

この「とりあえず」という言葉が、すべてを物語っていた。つまり、考えていないのだ。

もちろん、本当にビールが飲みたい日なら飲めばいい。問題はビールそのものではない。飲みたいかどうかを考える前に、反射的に頼んでいることだった。

僕の場合、最初にビールを飲むと、食欲のスイッチが入りやすかった。一杯のつもりが、次の一杯につながる。さらに揚げ物や炭水化物も欲しくなる。気づけば、食べすぎて、飲みすぎて、翌朝は頭が重い。

だから「とりビ」をやめた。酒を減らしたのではない。思考停止を一つやめたのだ。

今夜は本当にビールが飲みたいのか。ワインなのか。日本酒なのか。あるいは、今日は飲まなくてもいいのか。そういう選択を、自分で意識的にするようになった。

飲む理由を自分で持つ。飲まない理由も自分で持つ。それだけで、食と酒との関係はかなり変わった。小さなことだけれど、こういう選び直しが、「自分は変われる」という感覚を少しずつ取り戻してくれた。

■たくさん持つより、ちゃんと味わう

若い世代ほど、酒を「当たり前に飲むもの」ではなく、「自分で選ぶもの」として見始めている。

睡眠、運動、栄養、ロンジェビティ(健康寿命を延ばすライフスタイル)に関心が集まっているのも、同じ流れだと思う。ただ、僕にとって一番大きかったのは、統計や流行ではなく、翌朝の身体感覚だった。

一度この差をはっきり感じてしまうと、戻れなくなる。

たくさん飲む快楽より、翌朝まで続く快適さのほうが、僕にとっては価値が高くなった。

同じことを感じている人は少なくない。

日本有数のワイン愛好家としても知られる、GMOインターネットグループの熊谷正寿さんも、50歳を過ぎてから酒の量をコントロールするようになったとインタビューで語っている。

理由はシンプルで、アルコールを摂取すると心拍数が上がり、深い眠りに入れないからだ。

ワインが好きで20〜30代はかなり飲んでいたのが、いまは月の半分は一切飲まないという。年齢を重ねて酒との付き合い方を選び直す――これは僕だけの感覚ではないのだと、あらためて思った。

そしてこれは、酒だけの話ではなかった。

食も、仕事も、人間関係も、お金の使い方も、同じことが起きている。

たくさん持つことより、ちゃんと味わえることのほうが大事になってきた。

何かを増やすより、一つひとつの密度を上げる。

ここから、僕の中で「引き算」の感覚が少しずつ変わっていった。

■「足し算の生き方」は限界が来る

ここで言う引き算は、人生を小さくすることではない。余分なものを削いで、本当に大切なものにエネルギーを集め直すことだ。

前章では「版で動く」という話をした。完成してから始めるのではなく、動きながら修正していく。でも、闇雲に増やし続けていいわけではない。新しいことを始めるには、同時に何かを削ることも必要になる。動くためには、スペースがいる。

組み直しとは、何かを新しく足すことだけではなく、前半戦で増やしてきたものを、一度ロッカールームに持ち帰って、置き場所を見直すことでもある。

後半戦は、前半戦と同じ荷物を背負ったまま走る時間ではない。戦い方を変えるなら、まず荷物の置き方を変えたほうがいい。

振り返れば、20代も30代も、僕は足し算で生きてきた。

読む本も、出会う人も、訪れる国も、仕事量も、収入も。とにかく増やすことが豊かさだと信じていた。

実際、その戦略は正しかった。

20代・30代は、足し算が機能する時代だ。知識も経験も人脈も、あればあるほど選択肢が広がる。足し算が、成長の正しい方程式だった。

でも、ある時点で限界が来る。

予定が多すぎて、何一つ深く楽しめない。人間関係が広がりすぎて、本当に大切な人との時間が取れない。仕事を抱えすぎて、一つひとつの質が落ちる。

「せっかくだから」「もったいないから」「断りにくいから」。

そういう理由で積み上がったものが、気づけば人生の大半を占めている。本当にやりたいことのための時間が、どこにも残っていない。

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■「やめること」を自分で選ぶ

何もしなければ、人生は自然と足し算に向かう。予定は増え、モノは増え、人間関係は広がり、仕事も頼まれる。こちらが明確に線を引かないかぎり、人生は少しずつ他人の優先順位で埋まっていく。

だから最近は、「やめること」も自分で選んだほうがいいと思うようになった。何となく減っていくより、自分で先に選んだほうが、気持ちがずっと軽い。

50代に入ると、体力と時間は確実に変わっていく。同じだけのエネルギーを、同じ数の物事に注ぐことが、物理的に難しくなってくる。それでも足し算を続ければ、すべてが中途半端になる。

ここで一度、やり方を変えたほうがいい。

足し算から、引き算へ。

これは諦めではない。衰えでもない。豊かさを知り尽くした人間にしかできない、より高度な設計だ。

選択と集中。ビジネスでは当たり前のこの戦略を、人生にも適用する。成長期は多角化し、成熟期はコアに集中する。

ただ、頭ではわかっても、人生で線を引くのはビジネスより難しい。数字という客観的な指標がないからだ。

しかも、人生後半には、こちらが選ぶ前に、向こうから取り上げられる時期がやってくる。

■肩書きが消えた途端に小さくなる人の正体

ある朝、目が覚めて、予定が何もない。名刺の肩書きが消えた。会社のメールアドレスも、もう開けない。昨日まで自分を呼んでいた電話は、今朝は鳴らない。スケジュール帳の空白が、急に重く感じる。

役職定年、定年、独立後の踊り場。増やしてきたものが、一斉に手元から離れていく時期がやってくる。

この局面でつまずく人を、何人も見てきた。肩書きが消えた途端に小さくなる人。仕事量が減ったことを、自分の価値が減ったことと混同する人。

なぜ、減ることが、こんなにつらいのだろう。

長年「足し算」で生きてきた人間にとって、減ることは、どうしても後退に見えてしまうからだ。「前ほど進んでいない」という感覚につながる。

でも、それは少し違うのではないかと僕は思うようになった。

不幸の正体は、減ることそのものではない。

本田直之『セカンドハーフ戦略 人生後半戦、何を捨て、何を始めるか』(KADOKAWA)

選ばずに減らされた、という感覚だ。

向こうから勝手に取り上げられた。自分で選べなかったという感覚が、喪失感を大きくしてしまうのだ。

だから、人生後半で必要なのは、諦めではない。奪われるのを待つのではなく、先に自分で選ぶことだ。

自分で選んで手放したものには、不思議と後悔が少ない。でも、選ぶ前に失ったものには、喪失感が残る。「減らされた」のか、「減らした」のか。この違いが、人生後半の幸福を大きく左右する。

必要なのは、縮小ではない。選び直しなのだ。

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本田 直之(ほんだ・なおゆき)
レバレッジコンサルティング代表取締役社長
シティバンクなどの外資系企業を経て、バックスグループの経営に参画し、常務取締役としてJASDAQ上場に導く。現在は日米のベンチャー企業への投資育成事業を行い、各社の社外取締役や顧問を兼務する。ハワイと東京に拠点を構えながら日本・海外各地を旅している。著書はレバレッジシリーズなど77冊、韓国・台湾・香港・中国・タイ・ベトナムで翻訳版刊行。明治大学商学部産業経営学科卒、サンダーバード国際経営大学院修了(MBA)。上智大学非常勤講師。「Honda Lab.」主宰。CROSS FM(福岡)でラジオ番組「Pau Hana Saturday」のパーソナリティを務める。
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(レバレッジコンサルティング代表取締役社長 本田 直之)