【映画評】「映画ちいかわ 人魚の島のひみつ」何が平和な島を変えたのか、見据えたくなる…かみごたえのある夏の大冒険物語
「ちいかわ、見ました?」と、このところよく尋ねられる。
7月下旬に公開されて大ヒット中の「映画ちいかわ 人魚の島のひみつ」(原作・脚本=ナガノ、監督=及川啓)のことだ。「なんか小さくてかわいいやつ」(略称ちいかわ)をはじめとするキャラクターたちの夏の大冒険を描いた作品で、配給の東宝によれば、公開から20日(8月12日まで)で興行収入80・7億円、観客動員数563万人を突破。自分は見逃していたのだけれど、既に見た人の反応はかなり好意的。いわゆる“イヤミス”のような後味で面白いと言う人も多々。気になって見てみると、ちいかわたちのストーリーに現実世界のあれこれを重ねずにいられなくなった。何で平和でいられないのか。自然に見据えさせる映画でもある。(編集委員 恩田泰子)
「ちいかわ」は、ちいかわと、親友のハチワレら個性豊かな面々が繰り広げる“楽しくて、切なくて、ちょっとハードな日々”の物語。イラストレーターのナガノが自身のSNSで連載を開始した漫画「ちいかわ なんか小さくてかわいいやつ」(「人魚の島のひみつ」は原作屈指の長編エピソード「セイレーン編」の映画化)を基に、ショートアニメの放送・配信、グッズ展開や企業とのコラボレーションが大々的に行われている。もちろん漫画そのものの書籍化も。
世にあふれるファンシーなキャラクターたちは大抵夢の国に住んでいるが、ちいかわたちは一味違う。ファンタジーだけど、どこか身につまされるものがある。
その日常は、ほのぼのとしてユーモラスだが、不条理なこと、大変なこともいっぱい。文字通りの「草むしり」や、モンスターを退治する「討伐」などといった仕事で「報酬」(資格検定にパスすれば増額されるらしい)を得て暮らしている労働者でもある。ちいかわは草むしり検定5級合格を目指して勉強中。ハチワレは討伐ランキング1位に輝くラッコから特訓を受けている。
そんな日々に「疲れちゃう時あるよね……」とちいかわ(声・青木遥)とハチワレ(声・田中誠人)がまったりしていたところに、友だちのうさぎ(声・小澤亜李)があるチラシとともにやってきて、今回の映画の物語は動き出す。
<特別な島>への招待とうたうチラシには、<カンタンな討伐で100倍の報酬>がもらえて、<限定島ラーメン>や<限定スイーツ>も食べられると、闇バイトの誘い並みに魅惑的な言葉が並んでいる。最初は怪しんでいたラッコ(声・内田雄馬)も、大の甘党ゆえつい釣られ、一同、「島合宿」気分で船へ。その他大勢ともども到着早々、島民たちから大歓迎を受ける。
ちいかわたちは、親切な島民ヒトハ(声・寺澤百花)とフタバ(声・鈴代紗弓)の案内で楽しい時間を過ごしていたが、夜、伝説の生物であるセイレーン(声・鈴木みのり)と人魚たちに偶然出会い、聞かされる。ある理由で島民を次々と連れ去っていることを。やがて、わかってくる。セイレーンの討伐をしてほしくて島民たちがチラシをまいたことが。だが、それは全然<カンタン>ではない。セイレーンは巨大で、しかもその歌声は不思議な力を持っている。
自分は、この映画で初めて、ちいかわの世界に触れた超ビギナーだが、とにかく親しみやすい。それは、やっぱり主人公のちいかわにすんなり共感できるからだろう。なんというか、価値観や生活レベルが、きちんと普通に現代的。現実を生きる人間たちの大多数と同じように、おいしいものや楽しいことが好きで、友だちと一緒に過ごすつつましい時間を大切にしている。やさしくて、自分の気持ちをはっきりきっぱり言葉にはできないけれど、いろいろ不器用に頑張っている。
そんなちいかわが楽しそうだと楽しくなるし、不安がっていると不安。一緒に冒険しているような気持ちになる。よき理解者のハチワレ、はっちゃけているうさぎとのコンビネーションは絶妙。傍若無人なモモンガ(声・井口裕香)などのクセの強いキャラクターたちの魅力もじわじわしみてくる。
ちいかわたちにとって、普段の討伐は仕事だけれど、今回はちょっと違う。なぜ戦うか、何を守るか、葛藤を残したまま、次々とピンチを乗り越えていかなくてはならなくなる。その状況のリアリティー、そして映像のダイナミズムが観客をのみこんでいく。
バラエティーに富んだ島の風景、美しさと危険が背中合わせの自然の情景、水圧が伝わってくる水中シーン、昆布の香り、そして今作の重要人物の一人、島二郎(声・最上嗣生)の店の不思議と温かいたたずまい……。質感、量感をしかと感じさせる美術、さらには光と影を駆使して、原作漫画のコマの中にぎゅっと濃縮されていた世界を、深く、広く、立体的に見せている。
セイレーンの歌声、それと拮抗(きっこう)するチャーミングかつアバンギャルドなラップが繰り広げられるシーンも、音楽と大胆な映像が相まって出色だ。
見る前、映画館の大きなスクリーンで楽しめるかどうか、疑問に思っていたのは、キャラクターについてだ。余白の多い顔が、大画面いっぱいに広がったらどうなるのか、ちょっと危ぶんでいたのだが、杞憂(きゆう)だった。スクリーンで見るからこそ、ひとりひとりの表情、感情を描出するシンプルな線の魅力が味わえる。見ている間は、そうとは意識させられないけれども。
冒険とアクション、そして、ミステリーをはらんで物語は転がっていく。なぜ、対立の構図が生まれ、討伐が必要になったのか。何が平和だった島を変えたのか。誰が何をしたのか……。すべてが明らかになった後も、実はすっきりとはしないというか、スカッとさわやかにはなれないのだけれど、そこもリアルでいい。現実の世界もそういうものだから。簡単に誰かを断罪するのではなく、自分だったら何をどうしたか考えさせる。その引力が、この映画にはある。
日本の戦争の記憶と、この映画はまったく関係ないけれど、この映画に描かれている構図は、今も紛争、戦争が絶えない人間世界のありようとどこかつながっているような気もする。かめばかむほど味が出る夏の大冒険ストーリーだ。
プロフィル
恩田泰子(おんだ・やすこ) 読売新聞編集委員。2000年代前半に映画担当記者となり、以来、国内外のさまざまな映画人、映画祭、映画賞を取材。現在は読売新聞オンラインを中心に映画評などを執筆。大きなスクリーン、いい音響で、映画を見ることが大好き。劇場に「ちいかわ 人魚の島のひみつ」を見に行き、思いがけず、初めてのボンボンドロップシール(入場特典)を手にし、本当にぷっくり、きらきらしているものだと知った。
