(※写真はイメージです/PIXTA)

写真拡大

東京都産業労働局が2026年3月に発表した『令和7年度 カスタマーハラスメントに関する実態調査』によると、過去1年間でカスタマーハラスメントの被害にあった、または見聞きしたと答えた従業員は全体の40.9%にのぼります。度を越えた要求や暴言は、真面目に働く人々の心身を削り、時に休職や退職にまで追い込む深刻な社会問題となっているのです。32歳女性の事例を紹介します。

開庁と同時に息つく暇なく…〈月収34万円〉32歳区役所職員の過酷な日々

都内の区役所で働くアヤノさん(仮名・32歳)の1日は、毎朝開庁と同時に息つく暇もなく始まります。業務中、電話のベル音が途切れることはありません。

安定した仕事で地域に貢献できることに魅力を感じ、新卒で区役所に入庁したアヤノさん。しかし現実は過酷でした。現場は常に人手不足にあえいでおり、1人あたりの業務量は増える一方です。住民から複雑な手続きについてひっきりなしに質問を受け、ときには理不尽な要求を突きつけられることも日常茶飯事でした。

それでもアヤノさんは決して適当に聞き流すことはせず、「自分が丁寧に説明すれば理解してもらえるはずだ」と信じ、どんな相手にも真摯に受け答えを続けてきました。

昼食をかき込む時間すら確保できない日々のなか、残業代を含めた月収は約34万円。周囲からは「安定した職業だ」といわれますが、精神的な負担を考えると決して見合っているとは思えませんでした。

「少しは融通を利かせろ!」…フロア中に響く、来庁者の罵声

そんなアヤノさんの心が完全に折れてしまったのは、ある日の窓口対応での出来事でした。その日、60代の男性が持参した申請書類には記入漏れや不足書類があり、そのままでは受理できない状態でした。

「申し訳ありません。指定の書類をお持ちいただかないと、規則により手続きを進めることができず……」

アヤノさんは言葉を選びながら、何度も丁寧に説明を繰り返しました。しかし、男性は「少しは融通を利かせろ!」としだいにイライラを募らせます。アヤノさんが「特別扱いすることはできかねます」と頭を下げた瞬間、男性はカウンターを強く叩き、フロア中に怒鳴り声が響き渡りました。

「いい加減にしろ! 俺の税金から給料出てるんだろ!」

『令和7年度 カスタマーハラスメントに関する実態調査』による被害の具体的な内容を見ると、「継続的な(繰り返される)、執拗な言動(頻繁なクレーム等)」が61.6%、「威圧的な言動(大声で責める等)」が55.0%と、それぞれ半数を超えています。

周囲の視線が集まるなか、アヤノさんはただひたすらに「申し訳ございません」と頭を下げるだけ。真面目な性格ゆえに、「説明の仕方が悪かったのかもしれない」と自分を責め続けてしまいました。

カスハラで休職へ…社会に求められる「現場を守る仕組み」

その日を境に、アヤノさんの心の糸はぷつりと切れてしまいました。数日後、出勤しようとすると涙があふれ、動悸が止まらなくなり、区役所へ向かうことができなくなってしまったのです。心療内科を受診したところ、過度なストレスによる心身の不調で、しばらくの休養が必要と診断されました。アヤノさんは診断書を提出し、休職することを選びました。

「同僚に迷惑をかけるのではと悩みましたが、あのまま窓口で理不尽な言葉を真っ向から受け止め続けていたら、本当に自分が壊れていたと思います」

アヤノさんのように、カスハラによって心身を病んでしまうケースは少なくありません。しかし、たとえ休職を選んだとしても、決して自己責任ではありません。東京都産業労働局による調査でも、カスハラ被害を受けた従業員の心身への影響として「怒りや不満、不安などを感じた(84.3%)」「仕事に対する意欲が減退した(52.1%)」「眠れなくなった(13.7%)」といった声が挙がっており、実生活に支障をきたしていることがわかります。

また、カスハラを受けたにもかかわらず「なにもしなかった」と答えた人のうち、半数以上(54.9%)が「なにをしても解決にならないと思ったから」と回答しており、被害を受けても諦めてしまっている実情が伝わってきます。

真面目な従業員が一人で理不尽な要求を抱え込み、孤立して潰れてしまうのを防ぐためには、組織としての対策が不可欠です。同調査の企業向けアンケートによれば、被害に遭った従業員のケアとして「上司や同僚によるサポート(91.2%)」や「現場における対応の引き継ぎ(82.1%)」、「相談できる窓口の整備(79.7%)」といった取り組みをすでに多くの企業が実施しています。

同時に、従業員が行政に求める支援策として「社会全体や企業等に対する啓発や教育(70.2%)」がトップに挙げられているように、「お客様(住民)だからなにをいってもいい」という社会の風潮自体を変えていく必要があります。

理不尽な要求には組織全体で毅然と対応し、傷ついた従業員をサポートする「現場を守る仕組み」づくりが、すべての事業者に求められています。

[参考資料]

・東京都産業労働局「令和7年度 カスタマーハラスメントに関する実態調査」