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車名はヴィークロスからビークロスに

1997年3月24日、いすゞから1本のリリースが発行された。それは新タイプのRV車『ビークロス』の発表を記したもので、同年4月26日より全国一斉に発売するというもの。このビークロスこそ、いすゞRVのイメージを牽引すべく登場した1台だった。

【画像】SUV全盛の今なら結果は違った?約30年前の大胆すぎたRV『いすゞビークロス』 全24枚

『ビークロス(VehiCROSS)』とは英語の『Vehicle』(乗り物)と『Vision』(未来像)、そして『Cross』(交差)を合わせた造語で、オンロードとオフロード、日常と非日常のクロスオーバーを表現し命名された。


1997年に発売された『ビークロス』。いすゞRVのイメージを牽引すべく登場した1台だ。    平井大介

それまでいすゞは『ビッグホーン』をはじめ個性的なRVを市場に展開しており、さらに市場の活性化を見据え次世代RVを模索し、コンセプトモデルを複数発表。その1台が1993年の第30回東京モーターショーに出品された、『ヴィークロス』というコンセプトモデルだ。

ヴィークロスは、3代目ジェミニ(760系)4WDのプラットフォームをベースに開発され、量産化も検討。しかし、いすゞがモノコックボディを採用した乗用車事業からの撤退を決定したため、実現には至らなかった。

しかし、このコンセプトモデルのスタイリングが高く評価された。そこでこのデザインを生かした新ジャンルのRVを創ろうという提案が、プロジェクトのひとつとして立ち上がった。

大きな特徴は『小回り開発』

これが、量産型ビークロス誕生のきっかけになった。ちなみに車名がヴィークロスからビークロスに変更されたのは、運輸省への認可申請の際、ヴィークロスという発音が分かりにくいとのことで、より覚えやすく親しみやすい名称に改めたからだ。

コンセプトは『オールラウンドリアルスポーツ』とされ、スポーティでダイナミックなデザインと、オンロードからオフロードまで路面を選ばない高い走行性能を実現したいという思いが込められている。


ビークロス(VehiCROSS)は、英語のVehicle(乗り物)、Vision(未来像)、Cross(交差)を合わせた造語。    平井大介

ビークロス開発での大きな特徴は『小回り開発』と呼ばれるものだ。

ビッグホーンやミューといったクロカン4WD、RVモデルの系譜を受け継ぎつつ、スペシャリティSUVとしての商品企画、デザインから、生産技術、市場展開までを一貫して少人数チームで実現。これが小回り開発だ。

この小回り開発グループは、機動力を生かしたスピード開発と低投資による実現を前提としており、外板パネル類には、試作工程に近いセラミック(コンクリート)型工法を採用。通常よりも大幅に型投資を削減しながら部品を製作した。

また、社内で利用可能な既存コンポーネントを積極的に流用するとともに、社外部品も多数採用することで、コスト抑制と独自性の両立が図られた。

アメリカではかなりの台数を販売

例えばシャシーやパワートレインは当時のビッグホーン・ショートのものをベースとし、エンジンはビッグホーンの改良版で、2代目ウィザードに搭載予定だった3.2LのV型6気筒(6VD1)を先行採用。

さらに、型投資が大きくなりがちな灯火類、例えばヘッドライトはマツダ・オートザムのキャロル、フロントターンレンズはダイハツ・オプティ、サイドウインカーはマツダ・ロードスター(NA)などを調達し、デザイン上の個性を保ちながら開発コストを大幅に低減した。


国内ではおよそ2000台販売され、海外、特にアメリカはかなりの販売台数を記録した。    平井大介

その結果、国内ではおよそ2000台販売されたが、海外、特にアメリカはかなりの販売台数を記録できたことで、投資に見合う収益を上げることができたそうだ。

また、日本では295万円が販売価格(東京)だったが、これは「ビークロスを販売すること自体が宣伝と踏まえていましたので、バーゲンプライスで買えた思います」と、当時を知るいすゞ広報部コミュニケーション企画グループの中尾博氏はコメントする。そして、「RVのイメージリーダーとすべく作ったクルマが、このビークロスでした」と位置付けた。

当時の最新式メカニズムを搭載

デビューしたビークロスは、MOMO製ステアリングホイールやレカロシートを装着するとともに、ビークロス専用チューンの246/70R16インチタイヤと7J×16インチの5本スポーク軽量アルミホイールによりスポーティさを演出。

搭載されたエンジンは3.2LのV6DOHCで、ベースとなった6VD1型ガソリンエンジンよりもパワー、トルクともにアップする一方、各部のコンパクト化や軽量パーツの使用により、約10%の軽量化に成功。最高出力は215ps/5600rpm、最大トルクは29.0kg-m(約284Nm)/3600rpmであった。


MOMO製ステアリングホイールやレカロシートを装着するインテリア。    いすゞ

また、アルミ製モノチューブ別対タンク式ショックアブソーバーを倒立でマウントしたほか、電子制御トルクスプリット4WDを搭載。様々な路面状況、走行状態に応じて前後輪のトルク配分を無段階制御するなど、当時の最新式メカニズムを搭載していた。

117クーペの時代みたいに

中尾氏は、「手押しラインで1台1台手作りの状態で、まさに117クーペの時代みたいに、ハンドメイドといってもいいぐらいの工程で製造されていました」と明かす。

これはいすゞ伝統のハンドメイド技術を応用した生産ラインで、曲線を多用したボディデザインに対応し、上下で素材特性の異なるパネルの精密な合わせを可能にした。さらに、塗装工程では顧客の多様な要望に応えるため、小循環塗装ラインを導入。1997年10月に5色の基準色を含む計25色ものカラーバリエーションを実現し、カスタマイズ性も高めていた。


1997年10月には、5色の基準色を含む計25色ものカラーバリエーションを実現した。    いすゞ

今見ても約30年前のデザインとは思えない大胆さだが、それが古臭く感じられないのは、奇抜さだけを求めていないいすゞならではの普遍性があるからだろう。SUV全盛の今、こういったスペシャリティなSUVがあってもおかしくはないと感じる。