20分の1近くまで構成員数が減った組も…暴力団が46年間で”ここまで衰退”したワケ
かつて20万人もの構成員を擁した暴力団。
覚せい剤の輸入や賭博、みかじめ料の徴収で莫大な収益を上げ、1980年代の年間収入は推計8兆円に達したと言われる。だが平成に入って以降、暴対法の制定や警察の行き過ぎた捜査、メディアによる批判的な報道が原因となり、暴力団は衰退の一途をたどってきた。
では、暴力団が社会から消えていくことは、我々一般国民にとって「良いこと」だけなのだろうか?しばし「必要悪」として語られてきた“やくざ”の実態を、『やくざは本当に「必要悪」だったのか』より一部抜粋・再編集してお届けする。
抗争しても衰退する
山口組が起こす抗争は他団体と争うものであっても、自派が分裂し互いに争うものであっても、その理由、原因を問わず、山口組対一和会抗争までは、組の膨張と勢力の拡大をもたらしてきた。
だが、2025年、一方的な声明とはいえ一応終結した分裂抗争では、山口組が実質的に勝利を収めても、山口組の勢力が衰退した。これはどうしてなのか。
考えられることは、今や暴力団は構造的に衰退の過程にあり、抗争を展開しても衰退の趨勢を食い止めることはできない。それどころか、抗争そのものが暴力団をより衰退させる一因になっているのではないか、と疑われる。
現に他の抗争をしていない暴力団も同じように構成員数を減らしている。『警察白書』昭和53年版と令和6年版で主な暴力団の構成員数を比較対照してみよう。
住吉連合系 6194人→住吉会約2200人
元極東愛桜連合会系 5881人→極東会約310人
稲川会系 4475人→約1700人
松葉会系 2559人→約300人
やくざ・暴力団の衰退
いずれの団体もこの46年間で3分の1から20分の1近くまで構成員数を減らしている。暴力団は構造的といいたくなるほどの不調、不振にあり、それはほとんど消滅を間近にする末期の姿といって過言ではない。
さて暴力団の抗争は昔でいえば侍が行う立ち合い、チャンバラであり、周りを見物の野次馬が取り囲む。場合により、その立ち合いは親や主君の仇に報復する仇討ちだったかもしれない。返り討ちになる可能性もあるのだが、ともかくチャンバラにはある程度大義名分があったほうが見物人の興味は増す。西部劇や日本の時代劇に見るとおり、やくざの抗争でも一定の大義名分、あるいは真剣な理由づけが必要なのかもしれない。
2025年終結の山口組分裂抗争はそれ以前の抗争に比べて人気が薄く、一般人の興味をあまり引かず、抗争後に構成員数が伸びないどころか、逆に減少した。
そこには山口組の分裂に大義名分や、やむにやまれぬ理由づけなどが薄かったことが影響しているのではないか。もちろんその前に、やくざ・暴力団はすでにオワコンという構造的な不人気要因が横たわっているのだが。
【後編を読む】パチンコ業界すら「暴力団の利権」から「警察の天下り先」に…警察が暴力団へ下す「徹底した経済制裁」
